第2話 死にすぎる勇者
【『死にすぎる勇者』の称号を得とくしました。】
翌朝、ログインすると出てきたポップアップに三光は首をかしげた。ヘルプによるとこのゲームでの称号は進行する上でついてくるものと一定数のプレイヤーに認知されたものがある。
『死にすぎる勇者』
周囲のプレイヤーからバハムートがそう見られているということだ。発売二日目で称号をもつものはやり込み組くらいの中、よもやこんな称号を得るとは三光も夢にも思わなかった。
「死にすぎる勇者って…嬉しくない。」
運営会社が用意したプレイヤー同士の掲示板に開始直後から『バハムートが死ぬところを見た』という書き込みがされていたのを三光は知らない。その書き込みがきっかけで実際行うプレイを見た運営者側が公式に愛称である『死にすぎる勇者』称号として認めたのだ。
こうして勝手についてきた称号が名前の前についてしまい表記が【バハムート】改め【死にすぎる勇者 バハムート】となってしまった。この称号を消したくても新しい称号を手にするまでは変更は叶わず三光は泣く泣くこの称号を受け入れた。
不本意な新しい称号を得たバハムートは今日もスライム狩りへと出かけていく。挑んでは死にの繰返しで二日目にしてもうゲームを手放してしまおうかと思い始めていた頃、横を通りすぎる少女がいた。青空色の髪をポニーテールにした少女だった。
彼女はバハムートの前に出て襲い掛かる大型のモンスターに手裏剣を投げ、そしてモンスターの上までジャンプして大技を繰り出した。
「凄っ!」
『逃げて』
そうメッセージが表示されたのを見てバハムートは銃を収め、少女を見捨てて無言で一目散に逃げ出した。
「…。嫌だ、少女見捨てて逃げるなんてこんなバハムート見たくない…。」
とは言うものの背に腹は代えられなかった。少女の助けで散々苦しめられてきたモンスターから逃げることが出来、スライムとの戦いはようやく幕を下ろした。
罪悪感いっぱいのままバハムートは教官からご褒美を貰い町の薬屋に向かうと先程の少女がいた。
「お辞儀ってどうやんの…。」
一生懸命探すがお辞儀の表示が見つからず、少女の前でただただ突っ立っているだけになってしまっていた。
「これじゃ不審者だよ。」
そしてその状況が嫌だったのか少しの沈黙の後、少女は薬屋から別の場所へと進んでしまった。だがバハムートはそれを許さなかった。必死にバハムートは少女を追いかけ、三光は必死に昨日どこかで見た挨拶表示を探した。ようやく見つけた挨拶でお辞儀をしようとコマンドを押した瞬間、追い続けすっかりストーカーとなり果てたバハムートは少女の前に大の字に倒れた。
「なんでだぁぁぁあ。」
表示を見るとお辞儀の直ぐ下に倒れるというコマンドがあるではないか。三光の理想の男であったバハムートは完全に変人への道を突き進んでいった。
「もう嫌だ。ほら呆れてさっきまで歩いてたマキュアートさん動かなくなっちゃったよ。」
少女の名前はマキュアート。先程助けてくれた雲の模様が入った青空の髪の少女だが、その少女は先程から微動だにせず、クローバーが入ったピーコックブルーの瞳が淡々とバハムートの奇行な行動を眺めるばかりであった。
「痛い!痛いよ!!その視線が痛い。」
慌てて何度もお辞儀をするもそれでもマキュアートはただ見続け、そしてようやく話し出した。
『先程のお礼でしょうか?』
「うわ、文字!?どうやって?このチャット機能か!」
『うん』
「もっと気が利いたこと言おうよ。キーボードつなげばいけるか?」
慌ててキーボードを取り出し接続すると予想通りキーボードで文字入力できるようで急いでお礼の言葉を打ち込んだ。
『ありがとうございました。』
『初期の子なので問題はありません。でもその装備だとまだここは早いと思いますよ。』
『でも次のミッションがここで。』
『ソロですか?』
『ソロでやってます。』
『先に進めるのであればパーティーに入った方が良いかと。』
以前はパーティーを組んでいたこともある。だがパーティに入れてもらえないほど三光が弱いのだ。初心者歓迎のパーティにも何度か入ったことがあるが、必ずといってもいいほど次のイベントまでパーティに残っていたことがなかった。いつの間にか削除されてしまうのだ。だがいつの間にか削除されるのはまだ良い方で、時には酷いことを言われて削除されたこともあった。ネトゲの世界から足をあらったのもそれが理由だった。だから一般ゲームがオンラインになった今でも未だにパーティーは気乗りしない。
『大勢の人とやるの苦手で。』
『でも死にすぎる勇者でしょ?称号ついちゃうくらいの。』
『そうですけど…。』
『ごめん、口出すことじゃないよね。』
『いえ、お陰様でランク2になれたので違うクエストやりながら慣れていきます。』
『そう。頑張って。』
別れ際笑顔で手を振る姿はまさに天使のようだった。あの時置き去りにしたマキュアートがどうやってあのモンスターを倒したのか三光は知らない。一人で倒したのかそれとも足止めだけして逃げたのかそれすら分からない。分ったのは称号がないということともう一つ。
「マキュアートさん課金勢だ…。」
まだイベントも防具屋もないこの段階で初期設定以外のものを持っているということは、三光のピアスのように課金したものだという証拠だ。髪色や目のカラーもそうだが付けているピアス一つ一つ全てカスタマイズでないと無理なものだった。その総額はゲームの購入額を余裕で上回っていてマキュアートがガチ勢だということが容易に分るものだった。
「また会えるよね。」
この時はまだマキュアートがトップランカーだということをパーティーにも入らず掲示板の存在すら知らないバハムートは知る由もなかった。
マキュアートの援護でようやくレベル2に成長したバハムートは採取をメインにして貯金に励んだ。そこで少しずつ銃の使い方を覚え、あれだけ苦労していたスライムをノーダメージで倒すことが出来るほどに成長した。十分懐も潤い銃も手に馴染んできた頃、レベル2になりようやく解放された防具屋に出かけた。だが予想もしていなかったことが起きた。
「なに!?この素材…。お金は沢山あるのに…。もう素材もお金で売ってよ。」
両手にお金を抱えて防具屋に行ったものの見慣れない名前の素材を要求されたのだ。バハムートは知らなかった。上級者ならともかく普通の初心者は釣り人や農家などの素材を集めるところから始める。ゲーム付属の説明書にも書いてあるが初心者はまずそこから始め、次に防具屋になり一通り装備が揃ってから冒険に出ることを推奨されていた。だが三光はそもそもの説明書を読んでいなかった。
こうして勝手に自分で難易度をあげたバハムートは周囲のプレイヤーが換装している中一人初期装備の状態でレベル2のボスモンスターと戦うことを余儀なくされた。
「皆いつの間にそんな材料ゲットしたの!?ご褒美になかったよね?」
泣く泣く初期装備のままボスと戦ったバハムートだが謎の運気が回ってきて逃げ回っているうちに小型のモンスターの毒が何度もボスに当たり一度も銃を抜くことなくボスを倒すことに成功した。
「今日は祝杯かなッ!!」
そしてレベルは3に上がり嬉しい新機能が加わった。その機能とはスマホアプリと連動してアプリで収穫した素材だけでなく歩数で経験値も稼げるというものだった。もちろんお金も貯金できるからアプリで遊べば遊ぶほど家に帰ってキャラが育っているということになる。早速連動させバハムートをスマホにお迎えするとなんとなんとバハムートの声がいつでも聞けるようになった。謎の勝利と今日お迎えしたばかりのバハムートに感動して三光は明日の仕事も忘れゲームのBGMを聞きながら一人祝杯をあげた。
翌日久しぶりに鳴り響くアラームを鬱陶しく思いながらとめ、久しぶりの仕事に向けて支度をした。髪を整えネイルをしてサブスクのブランド服を着ながら、ゲームならボタン一つで身支度ができるというのに現実はなんて面倒なのだろうと溜息をついた。だが今日からは面倒なリアルに楽しみが増えた。変化のない日常は変わらないが、アプリと連動してくれたお陰で休憩中やランチにちょこまか収穫が出来るのだ。
帰宅後ゲームを立ち上げると今日一日のアプリで得た報酬が表示された。予想以上の収穫と現金で、なんといつの間にか手に入れたもので幸運にもフル装備を作ることが出来た。だがやっと作れた初めてのフル装備に感動し他プレイヤーに見せびらかせたくてその姿で出歩いたバハムートだが、直ぐに自分の部屋に戻ることとなってしまった。
上には上がいたのだ。
他のプレイヤーを見るとフル装備は当たり前でもはや基本装備で出歩いている人など誰一人いなかった。他のプレイヤーは自分で色々な装備を組み合わせたりカスタマイズで色調を変化させたりと本当におしゃれでバハムートの作ったばかりの装備があまりに恥ずかしくて帰ってきてしまった。
落ち込んだまま収穫クエストに向かったバハムートだがマキュアートの姿を見つけそんな気持ちは直ぐに吹っ飛んだ。マキュアートはレベル3のボスだろうレッドドラゴン相手に一人で連続技を繰り出していた。久しぶりに会う姿に嬉しくてダメージを受けにくい岩陰に隠れてマキュアートの戦う姿を初めて観察した。蝶のように舞い蜂のように刺すまさにその例え通りの動きで華麗にドラゴンからの攻撃をかわし確実に攻撃を決めていった。
「流石マキュアートさん!」
先日と違い狐面を被った華麗なマキュアートに見惚れていると、突然辺り一面に閃光が走り画面がホワイトアウトして次の瞬間バハムートはゲームオーバーになっていた。
「なにあれ!!レベル3であのドラゴンを倒さなきゃいけないの??あの閃光どうしろと。」
バハムートは立ち尽くした。
ようやく手に入れた装備でさえも一発の攻撃でゲームオーバーとなる相手に絶望感しかなかった。そして周囲のプレイヤーを見て自分ももっと強い装備を揃えようと決意して防具屋に再び足を運んだ。防具屋は相変わらずどの装備もなんの素材が必要か分からないものばかりで、何を倒して取れるのか何を採取して取れるのかさっぱり分からなかった。
「もっと優しく書いてよ…。なにすればいいか分からないじゃない。」
バハムートがとぼとぼと防具屋を後にすると後ろから追いかけてくる少女がいて足を止めた。
「マキュアートさんだ!!キーボードキーボード!」
慌ててキーボードを付けて久しぶりに会うマキュアートに挨拶をした。
『レベル3にあがったんですね!装備もフル装備になってるし。』
『お陰様で成長しました。』
『凄い凄い!』
『マキュアートさんさっき凄かったです。』
『あぁレッドドラゴンの卵欲しくて周回してたんです。』
『周回!?ソロプレイでですか?』
『そうですよ。』
『やっぱり凄いですね。』
『そんなことはないですよ。まだまだやりこめてませんし。』
『ソロでも十分強いマキュアートさんがいるパーティーは最強じゃないですか。』
『残念ながらパーティーは組んでいないんです。』
『そうなんですか?フレンドとは組んでいないんですか?』
『フレンドも今作は登録してないですね。とりあえずソロでどこまで出来るかやろうかと思ってて。』
『じゃぁフレンド申請しても嫌ですよね。』
打ち込んだ後にはたと気付いた。最弱プレイヤーである自分があんなにも強いマキュアートに相手にされるわけもないだろうということを。
マキュアートも反応に困っているのか無言になってしまい三光は慌てて冗談だと打ち込んだ。
『冗談ですか?フレンド申請送っちゃいました。』
『いいんですか!?』
『もう結構会話もしてるし、いいんじゃないでしょうか?』
『どこで承認すればいいんでしょう(泣』
『お辞儀とかチャット機能が選択できるところの一番右にフレンドとのやり取りが出来る場所がありますよ。そこに申請待ちがあるのでその中からマキュアートを探してみてください。』
言われた通り申請待ちの場所を見つけ開くと驚くほど沢山の申請が届いていた。
恐らくゲームをしていく中でフレンド申請が必要な段階かなにかあるのだろうがその数は50件を超えていてその一番上にマキュアートの文字があった。承認ボタンを押すとすぐにポップアップでマキュアートとフレンドになったと表示がでた。
『なんかいっぱい来てました。皆さん結構この機能使ってるんですね。皆に送ってるのかな?』
『いや、バハムートさんは有名だからだと思いますよ。』
『死にすぎる勇者ですか?』
『えぇ。ところで折角フレンド登録したことですし、来週にはイベントも開催されますし折角ならパーティーも組んでみませんか?』
『でもマキュアートさんもご存じの通り酷く弱いですよ?』
『分かってます。でもさっきのフレンド機能もそうですけど、色々な機能を知らないだけっていう可能性もありますよね?ある意味その装備でレベル3まで上がれたというのは奇跡に近いですし。私からしたらレベル2のモンスターをどう倒したのか想像もつきません。』
『あれは逃げ回っていたら小型モンスターの毒があたってダメージ蓄積されていっただけなんです…。』
呆れたのか暫く沈黙しそして一件のURLが送られてきた。
『このサイト参考にしてください!バハムートさんなら絶対上達する自信あります!』
そう言われ開いたURLはなんとセカンドワールドの攻略サイトだった。
『なんですかこれ!?』
『やっぱり知らなかった。攻略サイトですよ。ここに効率の良いまわり方とか素材がどうやったら手に入るか書いてあるんです。これを参考にすれば大分レベルアップも早くなると思います。』
『ありがとうございます。』
『それでパーティーはどうでしょう?以前バハムートさんパーティーに抵抗があるみたいでしたけど…。』
『こちらこそお願いしたいです。でも足を引っ張ってしまうとは思いますしマキュアートさんにメリットあります?』
『大丈夫ですよ。死にすぎる勇者の称号貰えるだけで十分です。』
『そんなにそれいりますか?』
『周囲からの称号って滅多にないから貴重なんですよ。それにバハムートさんには運気もついている気がしますしかなり助かります。』
『ではよろしくお願いいたします。』
こうして死にすぎるの勇者バハムートとトップランカーマキュアートのパーティーが成立した。
マキュアートがトップランカーだと知ったのはこの時追加された新しい称号を見てからだった。いつのまにか選択できる称号が二つに増えていて【死にすぎる勇者】ともう一つ【トップランカー】という称号が加わっていた。どうやらパーティーを組むとその相手の称号を手に入れることが出来るらしくトップランカーとはかけ離れたバハムートはマキュアートと出会いトップランカーと名乗ることを許された。
何故トップランカーであるマキュアートが死にすぎる勇者と言われていたバハムートに声をかけフレンド登録だけでなくパーティーを組んだのか三光にはさっぱり分らなかった。だが三光はマキュアートとパーティーを組んだことで得た知識は多かった。攻略サイトや攻略本といった存在を初めて知り、あれだけ苦労した収穫が圧倒的に楽になった。フレンドとなったマキュアートとはすっかり打ち解けいつしか親しい友人のように話すようになっていた。
『なんでバハムートは最初から勇者になったの?』
『だって今から冒険するぞって時に釣り人とか普通選ぶ?』
『いやでも必要なプロセスだし。』
『それ攻略サイト見るまで知らなかったんだよ。』
『説明書に書いてあったけど。見てなかった?』
『説明書って普通読まなくない?どれも似たようなこと書いてあるし。』
『ゲームは別。操作方法とか時々進め方とか載ってるから絶対確認すべきだよ。よくそれでカスタマイズの方法分かったね。ピアスカスタマイズでしょ。』
『あれは適当にいじってたら出来たんだ。マキュアートは殆どカスタマイズだよね?』
『頑張りました』
『良いなぁそういうセンス私にはないから羨ましい。』
『デザイン職するほどのセンスはないけどね。』
『なにそれ?』
『デザイン職だとある程度経験積めば無課金でカスタマイズできるんだよ。まぁ売れないけどね。ほぼほぼ無課金でカスタマイズするためだけの職業。』
『へぇ、デザイン職か…。』
『転職したらまた勇者最初からだからやめてよね?』
『やるなら最初だったか…。』
『説明書読まないから。』
『だね、今度から電子機械の説明書全部読むことにするわ。』
『大袈裟。まぁ結局は時間使うかお金使うかってことになるから最初から攻略したいっていう人は皆課金でカスタマイズしてるしそういう選択肢もあったんじゃない?』
『そう思うことにするよ。』
マキュアートのカスタマイズは凄かった。
フレンド登録してから相手のカスタマイズも見ることが出来るようになり分ったが見た目ですぐ分る髪と瞳は勿論のことポニーテールにしているリボンは平編みの組紐だしピアスに関しては4つ全てカスタマイズだ。
軟骨部分についている月型や伊賀組紐の小さいピアスから揺れるピアスの水風船のものとうちわのものまで全てカスタマイズだった。首のラリアットネックレスは男アバターにノーマルでついているドッグタグと同じように最初からついているものだろうが不思議とそれさえもカスタマイズかと思えてしまうほどカスタマイズがばかりだった。
『でもとりあえずイベントまでに装備を揃えようか。この前本買ったって言ってたけど、どんな装備がいいとか希望ある?』
『和服の袴がいいかな。』
『袴か。レベル8だね。サポートするから揃えましょう!』
それからが地獄だった。いやマキュアートと一緒という点一点のみで全て清算され天国に昇天したというべきかもしれない。
攻撃は全て前衛のマキュアートが行っていたが、パーティーメンバーのエリア退出が認められないこのゲームでは最弱のバハムートはひたすらに逃げ回るしかなかった。以前はマキュアートの動作に目をハートにして見ていることも出来たが今そんな余裕があるだろうか、否ないだろう。モンスターから放たれるエリア全体にわたる攻撃から逃げて逃げて逃げてそして小さい攻撃からは岩陰に隠れつづけた。
何故こんなにも逃げ続けるのかというと、もし攻撃を受けてしまうと頑張ったマキュアートの努力も虚しくリベンジになってしまうからだ。バハムートだけであればリベンジし続けるし実際そうしてきた。だが流石に圧倒的強者のマキュアートを巻き込んで何度もリベンジをするというのは精神的に申し訳なさが凄くあって意地でも一発ノックダウンなんて三光はしたくなかった。
その頃掲示板ではレベル8に出没する【逃げ回る勇者】が有名になっていた。
トップランカーであるマキュアートが死にすぎる勇者だったバハムートとパーティーを組むという内容でも以前も掲示板はかなり盛り上がっていた。その盛り上がりは覚めることなく中継され続け一部の荒らしを除きマキュアートに食らいついて必死にレベルをあげるバハムートの姿は非公認のファンクラブが出来るほど皆が応援していた。
陰ながらの応援に全く気付くことなくバハムートはマキュアートに守られながら必死にレベルをあげ、ようやく念願の装備をフル装備で揃えることに成功した。
そしてまたしても掲示板の噂により【死にすぎる勇者】は【逃げ回る勇者】へと昇格した。その妙な称号も運営から与えられたがマキュアートが喜ぶばかりで三光は全く嬉しくはなかった。
『どうどう??』
『やっぱり男の和服はいいね』
『でしょう。それでこれささやかですがお礼です。』
『おぉリングだ。』
『僭越ながら私がデザインしました。イベントの時にでも付けれればなって。』
『凄い良いよ!!もうすぐだしそうしよう!小指に付ける!』
『良かった。今回イベントの賞品が武器のカスタマイズだからそれまでに武器の使い方マスターして今後少しでもマキュアートを援護できるように頑張ります!』
『期待してるよ相棒!』
バハムートは宣言通りイベント当日までに武器の使い方をマスターした。マスターすると圧倒的に銃は使いやすい。収納までの回避に難があるもののそれさえ素早くこなしてしまえばかなり火力があるものが打ち込めるし爆弾と併用すればモンスターも楽に倒せると分った。仕上がってきたバハムートに三光は大満足で今晩開かれるイベントを控えそわそわしながら仕事へ向かった。
いつも通りアプリをしながら会社につくと社内がいつもより騒がしく、着いて早々に三光は部長から呼び出された。契約している相手会社が倒産したというのだ。この半年三光はその会社のイベント準備や新店舗の内装依頼までも引き受けてようやく着手という時その会社がいきなり倒産した。
折角マキュアートと出会いでゲームの世界で上手くいってきたというのに、今度は今まで何の問題も起こったことがなかったリアルの世界で問題が起きたのだ。
「どういうことだ天王寺!!」
「先方に電話をかけていますが全く繋がらないので先方に直接いってきます。」
「今日は就業時間過ぎてでも把握できるまで帰ってくるな。天王寺、チームリーダーとしての責任を持て。」
仕事をきちんとこなしたうえで就業時間に帰宅していた三光だったが、今だにこの会社には上司は部下より先に帰ってはならないという考えが根強い。いつも部下を置いて帰っている三光を面白く思っていなかった部長は最後まで残っていなかったことも把握が遅れた原因の一つではないかと指摘した。あれだけ普段囃し立てていたのにかばう人間は誰もいなかった。
先方に向かうタクシーの中でスマホに映るバハムートを見て涙が出た。
「現実しんどい…。」
初めての挫折にそうこぼすがバハムートが答えてくれるわけもなく、いつも通り無表情でその場に立っているだけだった。
先方が倒産したのは自分のせいではないのに何故責められなきゃならないのだという怒り。いつも親しく話していたというのに誰一人フォローを入れてくれるような人間がいないという喪失感。会社に損失を与えてしまったという焦り。あれだけ会議を重ね続けていたというのに相手会社に信用されていなかったのかという悲しみ。順風満帆だった人生で初めての壁にどうすればいいのか全く分からなくなった。そしてあの世界に帰りたいという気持ちで運転手に自分の住所を伝えた。
今まで泣いたことなんてなかったから涙なんて出し方が分からない。今自分がどういう表情をしているのかすら分からない。だがこの空間だけは三光を癒しささくれていた気持ちが嘘のように安心した。
玄関に置いたままのバッグの中でスマホが何度も鳴るが外の音にかき消され三光が気付くことはなかった。
帰宅後着替えることもなくゲームをつけ、そしてすっかり慣れてしまったレベル8の竜と戯れながらイベント開始時間までを待ち続けた。時間少し前にはマキュアートも入ってくるだろうと思っていたから時間は特に気にもしていなかったがふと時間が気になりスマホの存在を思い出した。立ち上がりドアに手をかけたが扉が開くことはなかった。折角気分が晴れたというのに再び嫌な気分が湧き上がって、顔を顰めたが結局気にしないことにした。
『今日早いね』
マキュアートがログインした。その服装はバハムートと同じ全身黒で揃え見たことのないレザー素材の服だった。
『イベントなので楽しみで早めにログインしちゃいました。』
早めなんて時間じゃない。13時からログインしていたのだ。
『装備とかバッチリ?』
『持ち物まで全部バッチリですよ!今回レベル5推奨だったので恐らくは勝てるかと。』
『強気だね、初イベントだからどうなるか分からないけど念には念を入れとかなきゃね。バハムート魔法での防御使えないから絶対いざとなったら逃げるんだよ!』
『マキュアートに出会ってから散々魔法を選べば良かったと思ったんですが、結局銃に愛着が沸いちゃったんですよね。』
『そういうのあるから!それでいいと思う。』
開始寸前までいつも通りマキュアートとの会話を楽しんだ。一日色々なことがあったせいかいつもよりマキュアートという存在に安心し心の底から本当の友人なら良かったのにと思った。
初めて行われるイベントは100体のモンスターを倒した末に出てくるオロチを討伐するというものだった。明らかに大人数のパーティー向けの内容に、クエスト内容を見た最初参加賞だけ貰えればと三光は思っていた。だが今はマキュアートが隣にいる。一人では絶対無理だろうと思うが、マキュアートがいればオロチさえも倒せるのではないだろうかと不思議と自信が沸いてくるのだ。
恐らく運営者側はフレンドを増やすきっかけとしてこのイベントを作ったのだろう。だがバハムートとマキュアートは二桁の大人数のパーティーばかりが並ぶなか二人きりでその場に立った。
『こういうのカッコいいね!』
『圧倒的不利に見える状況から戦利品かっさらったらもっとカッコいい!!』
『いっちょやりますか。』
パーティーの名前は【Mirror】。トップランカーと死にすぎる勇者、対極にいるが隣り合わせであるという意味を混めてマキュアートがそう決めた。鏡は同じものを移すから装備は同じ色調にしたそうだ。
【Mirror】は二人だけのチームだというのに討伐数を順調に伸ばしていき見事オロチを倒しイベントの戦利品を取得することが出来た。その勇士を一目見ようと【Mirror】の観客は他ユーザーの群を抜いて多くその中にはバハムートを最初から応援していた人々もいた。
『今日なにかあった?』
『どうしてですか?』
『なんかやたら爆破が多かった気がするから。嫌なこととかあったのかなぁって』
『マキュアート凄いね。顔も見ていないのに心配してくれてるって凄い。リアルじゃ誰も気づかなかったよ。』
『顔が見れていないからこそ、それ以外で相手のことを見ることが出来るんだよ。イベント終わりだけど憂さ晴らし付き合おうか?』
『流石!よろしくお願いします。』
『イベントの戦利品試してみたかったし丁度いい!』
元気だせーと言うようにガッツポーズを取るマキュアートに同性だというのに三光は惚れそうになった。いやもうずいぶん前から惚れていた。
三次元で同性ででもこれは恋だと確信が持てた。自分は恋をするつもりで理想の男バハムートを作ったというのに、そのバハムートではない相手に今三光は恋をしていた。
『オフ会しませんか?』
『え?』
『今回初回のイベントも終了しましたし、マキュアートが良ければですけど。』
『ごめんなさい。顔出しはちょっと抵抗があってオフ会は無理です。』
一度気持ちに気付いてしまったら簡単だった。マキュアートに会いたい。もっと話したい。同性でもそれは構わないしもしかしたらリアルでも良い友達になれるかもしれない。普段ならあっさりそうなんですかで諦める三光だったがマキュアートだけは諦めきれなかった。
『ですよね、抵抗ありますよね。私も抵抗があったんですけどマキュアートとは凄く仲良くなれたのでリアルでも』
『バーチャルはバーチャルだからこそ良いんです。』
会いたくても会えないそんなもどかしさ、目の前にいるのにいないそんな切なさ。こんなことを言ったら気まずくなってしまうのは分かっているのに、それでもどうしても会いたかった。だがあくまでバーチャルを楽しむマキュアートに正論を言われ三光は自分が恥ずかしくなり次の会話をどうすればいいのか分からなくなった。
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