セカンドワールド ~自分らしく生きられる場所
万珠沙華
第1話 最弱プレイヤーはゲームを愛す
『セカンドワールド』
その地に孤高の戦士と呼ばれるものがいた
その名はヴァンヘルシング
人呼んで死にすぎる勇者
彼の死に様は潔く
数多の勇者たちがその勇士を目にしたという
あと少し、あと少し、あと少し。
一分一秒を無駄にしない行動で、天王寺三光は就業時間17時丁度に席を立った。
知名度のある大手東島商事で事務をしている三光は美人で頭がよく上司にも部下にも慕われるそんな完璧な女性だった。否、見た目の良さや物腰の柔らかさが原因で周囲が勝手に完璧な女性像を造りあげていってしまったのだ。勝手な解釈で噂をされていることなど三光は知る由もない。そもそも彼女は興味がないのだ。彼女にとって今大事なのはそんな噂より、ここ最近ずっと楽しみにしていた今日のイベント開始に間に合うかだった。
「セーフ!!18時スタートだからあと30分あるし、即効お風呂入れば間に合う!!」
慌てて帰りリビングへの扉を開けるとその先にあるのは癒しの空間だった。マンガにポスターにフィギュアと大好きな推したちに囲まれるそんな素晴らしい空間。ずっとここにいたいと思うが、推しに使うお金を稼ぐために日々泣く泣く三光は推しに見送られ仕事へ向かうのだ。
天王寺三光はゲームが好きだ。恋より仕事よりもういっそのこと三度飯より大好きだ。なのに三光の愛情にゲームが答えてくれたことは未だかつて一度もない。
王道のパズルゲームはCPにすら一度も勝ったことはないし、レースゲームでは毎度クラッシュの嵐バトルゲームに至っては場外に出ることがゲームになりつつある程最弱だった。そこまでくるともはやわざとか?そう友人に言われたこともあるが三光本人は超真面目にやっている。毎度本気でぶち当たり毎度玉砕していまうのだ。だから何日も前から楽しみにしていたイベントもまた惨憺たる結末で幕を下ろした。
そんなゲームでダメダメな三光のリアルは、求めていないのに人より充実している。周囲から羨ましがられる程だ。だが残念ながら三光が一番求めているのはそんな誰もが羨ましがるリアルではなかった。ゲームこそ一番力をいれ最も努力しているものだったが、三光には悲しいことに最も欲しているゲームという才能だけが致命的なほど皆無だった。「リアルでうまくいっているなら単なるお遊びのゲームなんて良いじゃないか」そう多くの人は言うだろう。だが三光にとってリアルはおまけみたいなもので、ゲームの中のレベルアップの方がよほどリアルに起こる出来事より嬉しかった。
ガラスケースの中に並ぶゲーム機たち、ここにある全て最新のゲームに至るまで今まで何一つクリアしたことがなかった。
そして明日はいよいよ3ヶ月前から注文していたソフト『セカンドワールド』が送られてくる。三光は使っていたゲーム機を棚に戻し別の専用機を久しぶりに引っ張り出した。
明日から会社には一週間の有給休暇をもらっているし1週間分の食品も買い込んだ。『セカンドワールド』のための準備は上々だ。
いよいよ明日から新しい冒険が始まる。
翌日到着したパッケージを開封するその瞬間、子供のように胸が高鳴った。その気持ちをまるでクリスマスの朝の様だと思い笑いながら『セカンドワールド』を起動した。
オープニング映像は青空から始まった。平穏な音楽が流れ徐々にアングルが地上に降りていき、その地で生活する人々や施設が映し出された。そして急に音楽が変わると共にダンジョンのシーンそしてモンスターに襲われるシーンが流れ、討伐シーンからモンスターを捕獲し最後に歓喜に沸く人々の映像へと変わっていった。
オープニング映像が終わるとナレーションが「セカンドワールド そこはリアルと隣り合わせのもう一つの世界。今貴方のもう一つの人生が始まりを迎えようとしている」と言い『セカンドワールド』と大きくタイトルが表示された。
オープニング映像だけでもう大満足の三光だったが本番はこれからで、【New Game】を押すとアバター選択の画面に切り替わった。時々細かくアバターを決めることが出来るゲームがある。『セカンドワールド』もまた細かくアバターを決めることが出来るゲームで主人公の外見や声色まで自由に決めることが出来た。
三光はそういう時いつも男を選ぶ。女で生きてきて28年分ったことがある。三次元は二次元のように万能ではないのだということだ。例えば二次元なら王子もいるが三次元では職業王子は存在しても理想の王子はいないのだ。だから二次元での推しは直ぐに現れるというのに三次元では推しにはなかなかどころか出会ったことさえない。三光が散々色々な人と付き合って分ったことは、自分の理想の男は自分の中にしかないということだった。
「髪型はツンツンしててショートで色は白かな、あっ!メッシュとかあるといいかも…。メッシュの色は赤!肌のトーンは褐色は固いわね!眉毛はなくてもいいけど、まぁ選ぶならマロ眉かな。目は吊り目は絶対譲れないんだけど、隈ありの吊り目で…凄ッ!!目の中のデザインも選べるの!?とりあえず外見に合う菱形が入ったものにしようかなぁ、後で変えるかもだけど。痣やメイクどうしようかな…。そばかす?…いや傷跡が欲しいからえーっと、うんこれこれ!!モンスターにやられた系キズ跡!!傷の色!?傷に色ってある!?まぁ…、赤が妥当だけどこのメタルってなに?メタリックな傷ってもう中は機械かなんかなの?これも後で変えればいいし、とりあえず試しにメタルにしてみようかな。ほくろはリアルと同じでいっか、目の下に二つっと。アクセサリーは全部購入かぁ…。なくても良いけどピアスは欲しいなぁ。ギフトコードあったっけ?…うんあった!まだ残高あるから使い切っちゃおう。イヤーカフとリングピアスはかたいけどあとは丸いのも欲しいよね。え!?まさかの画像からのデザインカスタマイズもあるじゃん!ちょっと高いけど…。しゃーない妥協したくないし課金かな…。画像を送ってっと、うし三光ピアス!我ながらこのデザイン良いんじゃない!?ついでにLINEの背景に決定しよう!自分の名前が三光でよかったぁ、猪鹿蝶だと愉快な感じになるもんね。」
作りあがったばかりの全身の画像を見た時、あまりに理想とするキャラクターで三光はときめいた。本当にこんな人間いればいいのにリアルは虚しいと三光はしみじみ思った。
「あとは声か。…うわぁ…有名な声優さんばっかじゃん!この声選択の画面ずっと開いていたい。ボイス配信したりディスクで出さないかなぁ…。おはようとかおやすみボイスが欲しい!あっでも推しはこの声かな!!この声は生涯の推し。」
何度も何度もリプレイで同じ声のボイスパターンを聞き続けて、終いには録音してようやく三光は満足した。
「進まない!!でもあと一回!!」
『早くしろ』
「はい、分りましたw」
ボイスと調和のとれた会話ができて大満足でようやくアバターが完成した。
だが次の設定にある名前という表示で三光はまた止まってしまった。今までのキャラ名でいいのだろうかと思ったのだ。
「新しい名前にしよ!となると【night】は欲しいよね。騎士【Knight】とかけたいし【Dark night】?なんか悪役だな…。でも黒っぽいのはかっこいいなぁ。もういっそのこと諦めて夜に出そうな黒龍のバハムートにしようか。よく使われる名前だけど今日開始だからまだ使ってる人いないかもしれないし。でも元は巨大魚だから弱いか…?いやいい!これにしよう。」
黒龍の姿をしたバハムートを背景に自分の作ったキャラクターがいることを想像するとこれしかないと確信した。なんといってもこのキャラクターがかっこよく見える名前なのだ。
「職業は、なにこれ?釣り人とか農家とか謎なんだけど…。いややらないからね?職業選択の自由は尊重するけどバハムートは勇者だからね?エクスカリバー持たせたいのに釣り人とかないわ。エリアは何処でもいいけど初心者向けの町からスタートかな。攻略出来たら移動しよ。」
全ての設定が完了したバハムートが胸に手を当てお辞儀をした。
こうしてバハムートの冒険が始まった。一通り町民への挨拶が終わり町長から最初のクエストが課せられる。
【秋だ!山だ!キノコ狩りだ!!】
そんな雑なタイトルにすっかり忘れていた今の季節を思い出して三光笑ってしまった。季節にマッチしたそのクエストを受注して、いざキノコ狩りに出かけると既に多くのプレイヤーがいた。同じように今日始めたプレイヤーたちだ。そんなプレイヤーの様子を見ながらバハムートも他のプレイヤーとお揃いである初期設定のダサい服でキノコ狩りへと出かけた。
なんてことだろうか。最初の一歩を踏み出したそれだけだというのに、リアルでコーヒー用に沸かしたお湯が拭きこぼれた。もちろん三光は慌ててコントローラーを手放し、バハムートを放置してお湯の元へと向かった。停止ボタンを押されなかった可哀そうなバハムートは三光が拭きこぼれたお湯を拭いている間ひたすら立ち尽くし、攻撃もしていないのにモンスターに攻撃され食われあまつさえ毒まで浴びせられた。そして三光が戻る頃にはすっかりバハムートは傷つき、あまりのダメージに立つことすらままならずしゃがんでいた。クエストを受注してわずか5分、瀕死状態となってしまったバハムートを三光は唖然と見つめた。
「何故!?!?」
バハムートの毒状態は刻一刻と進行していきとうとう赤いゲージが残り僅かというところまで来ていた。
「傷薬!傷薬!!ってボックスになにもないじゃない!!初期の冒険パックとか入れといてよ!!応急グッズとかさ。」
こうして可哀そうなバハムート最初のクエストは終了した。
===セカンドワールド 掲示板===
マルコフ:今日俺ヤバイヤツ見ちゃった
ショウタロ:ヤバイヤツ?全身黄色のプレイヤーなら俺もみた
マルコフ:いや装備とかじゃなくてプレイヤー自体が
ピー:どゆこと?
マルコフ:勇者のクエスト早々にキャラ立たせて放置してモンスターに攻撃させてんの
MF:ネット環境かな?
ヨシちゃん:見た!つーかそのプレイヤーそのまま昇天してたwww
ショウタロ:俺も探す!!特徴希望!
マルコフ:白髪褐色肌で顔に傷あり、名をバハムート
ピー:改名で自殺勇者
==================
そんなことが掲示板に書かれているとは露知らず三光は初めてのクエストが早くも失敗したことに落ち込んでいた。
「キノコ狩り…。ただのキノコ狩りなのに…。」
そして、なけなしの所持金で傷薬を買い再度クエストへと向かった。
クエストの地、そこで三光が最初にやったのは動作確認だった。先程は何も出来ずにやられてしまったが今度は傷薬も沢山ある。チャット機能や挨拶など沢山の機能や動作確認を一通り終わらせ、メイン画面に戻るとまたしてもバハムートは瀕死になりかけた。
「傷薬持ってきたから大・丈・夫!!」
傷薬でささっとHPを回復させるが紫色のゲージだけはどうにもならなかった。毒状態なのだ。先程試したばかりの走り回る行動をしながらひたすらAボタンで採取をしてき、薬草を使いながら毒が切れるのを待った。
「誰だよ毒にしたやつ~~。」
突っ立ってた自分のせいだと三光は絶対に思わない。ようやく毒も切れ周囲のプレイヤーの行動を見ながら目的であるキノコがありそうな所に向かい、カンニングをしながらだがなんとかクエストクリアすることが出来た。
町長からのご褒美はなんと傷薬と解毒剤だった。
「今じゃない!行く前に頂戴よ!!」
それから数回収穫祭が続き、ようやく勇者らしく武器を持ってのクエストとなった。そう今までは武器がなかったからモンスターに出くわしても蹴るか逃げるの二択だったのだ。
勇者に必要な武器の選択。それは今後の戦い方を決める重要なものだった。途中で武器の変更も出来るが、一度決めると強者でもない限り結局は慣れた武器を使い続けることになってしまう。だから武器は慎重に選ばなければいけないのだ。
「剣か弓か銃か手裏剣か魔法かぁ。剣にしてエクスカリバー持たせてあげたいけど、
長距離戦闘でもままならないのに近接戦闘とか即死フラグ立ちすぎだよ。長距離なら弓か銃か魔法だけどバハムートに魔法は合わないし銃かな。銃に慣れてきて余裕がでればエクスカリバー目指して剣にしよ。」
そう決めた銃だが操作方法はAを押せば切れる剣と違ってまず構えるところから操作が必要な難しいものだった。厳しい教官の元でようやく構えることに成功したバハムートに次に課せられたのは弾のチャージ法そして弾の変更法だった。
「もういいよ。わけわかんないよ。」
複雑な操作に三光は泣きそうだった。そして終いには銃を諦めて剣へとさっさと持ち替えた。
「やっぱ剣だよね!!挑戦を恐れちゃダメだったわ。」
思った通り一般的な攻撃は剣の方が楽で、剣の指導は早々に終了した。武器を装備しての初めてのクエストはスライム退治だった。収穫祭で散々お世話になった場所に行き今度はスライムを倒すのだ。剣を構えてスライムを撃つそれだけの話なのだが問題はその剣が当たるかということだった。3分の2の確率でスカをし続け自分の攻撃よりスライムから受ける攻撃の方が多い気がしてきたころ、初めて初回に毒にされた相手がこのスライムだと気付いた。
【Game Over】
「…。スライムなんて嫌いだ。」
やはり近接戦闘は駄目だと思い装備選択で先程諦めた銃を再び手に取った。教官から再び同じ説明を聞き何とか弾の入れ替えを乗り越え教官から解放されて再び先程のスライムの元へと訪れた。
「ここであったが100年目!」
※注意:これはボス戦ではない。装備を試すために用意されたか弱いスライムとの戦いなのだ。
スライムから逃げ回り十分な距離をあけて銃弾を打ち込むと、カツンカツンと弱い音と共に【ー1】ずつスライムのHPを削ることに成功した。剣の時に【ー5】のダメージだったのが嘘のような弱い攻撃だったが今のバハムートは安全第一だ。やっとの思いで倒し終えようやく次のステップへいける、そう思ったのにこの世の中そんなに甘くはなかった。
「やめてー、こないでー!!」
三光がそう叫ぶ相手は身長の10倍はあるモンスターだった。バハムートは当然逃げようとしたが、銃を構えたまま走ることは許されなかった。だが仕舞い方が分からない三光にはどうにもできず、結果バハムートは徒歩よりも遅いスピードで逃げ直ぐにモンスターに襲われ再びゲームオーバーとなった。
銃を仕舞う練習をして再度立ち向かったが、スライムを撃っている最中に背後から襲われたりスライムから毒を浴びせられたり銃をもったまま水に溺れたりと武器装備の最初のミッションは惨憺たる結果となった。
脱力する三光だったが、掲示板ではバハムート戦記が盛り上がりを見せていた。セカンドワールドでは同じエリアにいれば他のプレイヤーのクエストを見ることが出来る。ということは面白そうなプレイヤーがいれば自分より上のレベルでない限りストーカーし放題なのだ。だから注目されているバハムートのクエスト状況は誰でも見れ、一人また一人と観客を増やしていった。
もちろん掲示板だけでなく、オープンチャットで『キター』とか『逃げろ』とかバハムートの行動に対するコメントはあった。だがバハムートが死なないでスライムを攻撃することだけを考えていた三光は、自分の観客が増えていることもオープンチャットで出されたセリフにも全く気付きはしなかった。
===セカンドワールド 掲示板===
ミサイル隊長:あかんそのキノコは!!
ぱくちー:となりのエリアからモンスター来たぞ!!
譲:こっちに気付いてくれー
鬼子母神:もうだめだ入ってきた!!
あおの:もう俺たちで守るしかねぇ!
チェリスト:即死決定だろ
ルナアリア:私この前パーティー招待したんだけど
マルコフ:おお
ルナアリア:スルーだった
護:残念
マルコフ:いや、彼は見てないだろ
ミサイル隊長:孤高の戦士とみた!
ばくちー:孤高の戦士死にすぎ
マルコフ:なんたって自殺勇者だからな
護:それ可哀そうだろ。死にすぎる勇者にしてやれよ
鬼子母神:死にすぎる勇者最高!
あおの:死にすぎる勇者見守るぜ
マルコフ:定着しやがった
ルナアリア:スルーされたけど見守る会入会
==================
その晩も自殺勇者改め『死にすぎる勇者』となったバハムートは掲示板を騒がせ続け、その賑わいはバハムートがログアウトする深夜まで続いた。
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