第3話 真理の中の余計な一言

ふとロメリアが目を上げると、ヴィヴィニーアは腕を組んだまま、カクン、カクンと頭を微かに揺らしている。

きっと昨夜もまた古い気象記録書などを読み耽り、起こってもいない飢饉などが本当に未然となるよう、手配のあれこれを考えていたのだろう。

そう察しながら揺れる金色の輪を見ながら、ロメリアは優し気な微笑みを浮かべた。

なぜか婚約者であるヴィヴィニーアを前にしてはめったに浮かべないのだけれど、こうして視線を感じなくなると、つい幼子を見守る滋味溢れる表情になる。

「……甘いですわね、わたくしも」

「いえあの……姫様……ロメリア様……そのお顔はとても婚約者様や第二王子殿下を見るお顔ではございませんよ?」

「あら、そう言えばいたんだったわね、ホムラ」

「言わなくてもおります。たとえわたくしが同乗することが叶わなかったとしても、地の精霊がロメリア様をお守りくださるとは思いますが」

「そうねぇ。ヴィヴィが一緒ならば、デュークも共に来てくれるし……お腹に触りはなくて?」

「ええ、ロメリア様の御祈祷をちょうだいしましたおかげで、腹の子はふたりとも・・・・・元気なようでございます」

まだほとんど目立たない下腹部にそっと手をやり、自分ではなくその部分に優しく視線を落とす専任侍女を、ロメリアはまた優しく見つめる。

ホムラ・リー・ガヴェント──現在はドルント姓となり、馬車の外にある従者用座席で後ろを守っているアディーベルト・ギャラウ・ドルントの妻となり、現在妊娠四ヶ月だった。

本来は忌み子であるといわれる男女の双子を宿しているが、彼女をただひとりの専属として側に置くロメリアが気にしていないため、誰も表立ってホムラを追い出すことはできていない。

そういう動きがあることをもちろんロメリアは知っていて、わざとそういう態度を取っている部分はあるが、本心はホムラが無事に子供たちを出産できれば他人のウザい戯言などどうでもいいのだ。

『忌み子を孕む侍女など、大聖女様に穢れが移ります』

『忌み子を孕ませる従者など、慎みなく大聖女様を穢れさせるやもしれません』

そう言って自ら穢れを纏い、我こそが大聖女のお側仕えにふさわしいと欲塗れで近付いてくる者たちの多かったこと。

そしてそれは今もって継続中である。

『愚者とは面白いほどに己は愚者であるとは言わぬもの。愚者とは面白いほどに己は真実であると言い立てるもの。愚者とは面白いほどに己がどれだ滑稽であるか自覚せぬもの。愚者は面白いほど己の企みが露見せぬと思い込むもの。聖女とは、そのような愚者までも救うもの。感情はどうあれ』

「……最後の一言は余計ですわ、大叔母様」

ロメリアは手にしていた大聖女の心得的な書物を開き、溜め息をつく。

しかし先代大聖女の残した格言は真理のひとつであり、確かにロメリアの耳に要らぬ毒忠告を注ぎ込んでくる者だろうと、感情はどうあれ「御祈祷を」と言われれば施すまでなのだ。

問題はそれがロメリアにとってただの義務にしか過ぎないのに、自分が特別授けてもらったのだと勘違いする輩だということ。

身重のホムラを国に置いてこなかったのは彼女を守るためもあるが、そんな扱いも特別だと思っていないしそもそもロメリアを特別扱いしないでいてくれる数少ない友達のひとりだからである。

そしてその夫であるアディーベルトも同行させたのは、彼がロメリアの側にあって国の草原地域を守る女神シアスターを見ることができる稀有な者であり、やはりロメリアのいない隙を狙って危害を加えられるのを避けるためだ。



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