24話「の」
修学旅行 初日
翔太郎視点
高校をバスで出発してから数時間。静岡県の某所で海鮮丼の昼食を食べた俺たちは、富士山の五合目にやって来た。
11月中旬の五合目ともなれば、外の気温を想像するだけで背が凍る。
マフラーや手袋に加えてカイロ、コートを羽織り、俺と怜雄、燐斗はバスの外におりた。
地上にいる時よりも雲が近くて、無駄なものが混じっていない澄んだ空気のお陰で、綺麗な景色がより美しく感じられる。
「みて!ポテチの袋パンパンになってる!」
気圧の変化によりパンパンに膨れたポテチの袋をみて、燐斗が感動している。
「寒!はやくお土産屋の中行こうや。耐えれんわこの寒さ」
怜雄はポケットに手をッ込んで凍えながらそう言う。
「ああああ寒すぎる。景色綺麗だけど、それ以前に寒いが勝つわ」
俺も足をバタバタさせながら、怜雄に続いてお土産屋の建物に入った。
『溶ける~』
生徒の熱気で満ち溢れた店内は、凍り付いていた俺達の手足を徐々に温めた。
「空気打ってるぞ空気。富士山のネームバリューあればなんでも売れるじゃん」
と怜雄が表紙に”富士の酸素”と書かれたスプレー缶を手に取った。
(信玄餅……ここじゃなくていっか。富士山は富士山のお土産を買おう)
愛唯とばあちゃんから、信玄餅を買ってこいというミッションを授かっている。
「怜雄!翔太郎!杖買った!」
燐斗はそう言いながら、右手に木の棒を持っている。
木目には”富士五合目”と彫られており、棒の先に鈴が付いている。
「初日にそんな荷物になりそうなやつ買うかね」
と俺と怜雄はツッコんだ。
「これ買うために修学旅行来てっから」
と燐斗は満足そうに言った。
俺はクッキーのお土産を一箱買い、外で富士山の写真を撮った。
その写真を愛唯に送る。
「しょーたろー。何買ったの?」
「わ!」
「そんなにびっくりしなくても」
後ろから聞こえた志渡の声に、俺はびっくりした。
「家族にクッキーのお土産買ったよ」
俺はレジ袋の中身を見せた。
「あ、お揃いの買ってる」
志渡はそう言いながら、自分のレジ袋の中を俺に見せた。
「すんごい綺麗だけど、寒くない?」
志渡はそう言いながら白い息を吐く。
「ね。俺はもうバスの中に戻るよ。風邪ひきたくないし」
「わたしもそーしよ」
志渡の頬は桃みたいに朱く染まっている。
俺の頬も、別の意味で赤くなっていそうだけど、バレてなさそうだな。
富士山五合目を出発から数十分。湖周辺にあるコテージに到着した。
陽は完全に沈み、根元からライトアップされた紅葉が、俺達を歓迎した。
コテージのメンバーは他クラスとも組むことが出来た。
メンバーは、俺、怜雄、燐斗、ツユ。
俺達の棟に行くには、少し坂を登る必要がある。燐斗と怜雄は競争しながら駆け上がって行ったが、俺とツユはゆっくりと進んだ。
木造二階建てのコテージで、俺達の棟は4人部屋ということもあり、少し小さめだ。他の棟は10人単位で分けられているので。もう少し大きい。
とは言っても、ヒノキの温もりを感じる落ち着いた内装で、ログハウスという言葉が相応しいだろう。
部屋の端には梯子が設置されていて、2回のロフトに繋がっている。
「すっげ!!俺ロフトで寝る!」
「俺も!」
怜雄と燐斗が真っ先に梯子を登ってロフトに向かった。
「俺は下でいいよ~」
「同じく」
俺とツユは部屋の隅にスーツケースを置き、椅子に座って一息つく。
「風呂めっちゃ綺麗!怜雄一緒に入ろうぜ」
「言ったな?逃げんなよ」
いつの間にかロフトから降りて来た二人が部屋を物色している。
「俺たちは布団敷いて寝るっぽいね」
ツユが押入れを開けて、中から枕を取り出した。
「燐斗~」
枕を持ったまま、ツユが燐斗を呼ぶ。
「ん?」
ぼふっ。
洗面所から顔を出したリントに、ツユが投げた枕がヒットした。
「1コンボ!」
ツユはそう言いながら2個目の枕を取り出した。
2個目の枕を握りながら、ツユは俺を見て不敵に笑った。
ぼふっ。
ツユが投げた枕が、俺の顔面に直撃する。
「2コンボ!」
「翔太郎!共闘戦線だ!」
復活したリントが枕を構えながら俺に呼びかける。
「梅雨明けさせてやるよ」
俺は地面に落ちた枕を拾った。
「君たち~。荷物置いたら速攻バスにとんぼ返りだよ~」
トイレから出て来た怜雄が、修学旅行のしおりを見ながら言う。
「終戦じゃねえぞ。冷戦だ」
燐斗はそう言いながら枕を押し入れに閉まった。
「売られた喧嘩は買うからな!」
俺も燐斗に続いて、枕を押し入れに閉まった。
その後、5号車に乗った俺たちは、山梨県名物の”ほうとう”を食べに向かった。
かの有名な武将 武田信玄がこよなく愛した食べ物で、自身の天下の宝刀を用いて自ら野菜を切って作ったという逸話があるらしい。
武田信玄が持つ”天下の宝刀”が、ほうとうの語源だそうだ。(ガイドの咲たん曰く)
肝心のほうとうだが……。
美味しかった。最初は。麺と一緒に入っている、カボチャやらサツマイモやらの野菜の容量が多く、俺の胃袋のキャパシティはすぐに満タンになった。
一緒に入っている野菜の量が多すぎたのの加えて、太麺だったことが追い打ちとなり、帰りのバスではシートベルトを緩めた。
シンプルに歩き疲れた足に加え、胃袋に溜まったほうとうを抱えながら、何とかコテージまでの坂を登り切った。
「ツユ……。第二次枕戦争は一時休戦だ……」
俺達よりはるかに小柄なリントだが、クラスの男子(主に怜雄)に煽られた結果、汁まで全て飲み干していた。
「うい~。俺先に風呂入っても良い?」
対するツユは余裕そうな表情をしていた。
「いいよ~」
ロフトで寝転んでスマホを弄っている怜雄がそう言う。
「俺も、荷物の整理したいから。お先にどうぞ」
俺はスーツケースを開きながらツユにそう告げる。
「あざす」
ツユはそう告げると、着替えとバスタオルを持ってお風呂に向かった。
その直後、怜雄が急にロフトから降りてきて、脱衣所のドアに耳を当てた。
「なにしてますの?」
俺は聞き耳をたてる怜雄にそう尋ねる。
怜雄は無言で「こっちこい」と手招きをしたので、俺は怜雄の下に向かう。
「いくぞ、せーの」
怜雄は小声でそう言うと、まだツユが着替えているであろう脱衣所の扉を、思い切り開けた。
「はいやると思った」
腰にタオルを巻いて上半身裸のツユが、燐斗のお土産である富士山の杖で、怜雄の頭を叩いた。
「なんで分かるんだよ!このヒョロガリ!」
怜雄叩かれた頭を押さえながらロフトに登っていった。
そんな感じで、色々とありながら、全員がお風呂と点呼を済ませた。
燐斗は部屋長会議に出席しに行き、俺とツユは寝室に布団を敷いていた。
「翔太郎さん翔太郎さん」
布団に入ってスマホを触っているツユが、俺に話しかけた。
「ん?」
ツユの隣の布団に入っていた俺は反応する。
「修学旅行の夜と言えば、恋バナですよ」
ツユはスマホを触るのを辞めて、俺の布団に入ってきた。
「へ?」
「今日は志渡ちゃんと話したの?」
「富士山で、少しだけね」
「明日はもっと話せるといいな。お揃いとか買っちゃえよ」
ツユは肘で俺の胸板をツンツンした。
「なになに~?恋バナ?」
パジャマ姿で前髪を降ろして眼鏡をかけた怜雄が、寝室に入って来た。
「俺も混ぜてや」
いつのまにか部屋長会議から帰って来た燐斗も参戦する。
ツユの布団に怜雄と燐斗が入って来て、2つの布団に男4人という状況になった。
「ツユは水早とどこまで進んだんですか?」
怜雄が尋ねる。
「どこまでって、まだ3か月とかだし」
「色々と盛んな年頃な様で」
燐斗が言う。
「キスとかハグの段階です」
ツユは布団に潜りながらそう言った。
「燐斗と怜雄はどうなの?」
俺は二人に聞いてみる。
「俺は自分からいく気分じゃないから。今は好きな子とかも特にない」
と怜雄は意外と淡泊な解答をする。
「俺は……ん~」
燐斗は濁った解答をした。
「お?」
布団に潜っていたツユが顔を出した。
「好きな子できた?」
俺は尋ねる。
「俺は、今は部活に集中したいから居ない」
燐斗はそう付け加えた。
『そっか~』
一同は以外にも真面目な燐斗の解答をいじることは無かった。
「ちな。瀬菜は文化祭の前に彼氏出来てたよ」
『は!?』
俺、ツユ、怜雄の身体は急にビクンとなった。
「誰誰誰誰誰誰」
「室長の仕事振りの裏にそんな姿が……」
「誰ですか」
「1年の後輩って言ってた」
と燐斗が言う。
「後輩!?あの優秀でお姉さん感ある瀬菜が!?」
「年下を好きになんの!」
「彼氏守ってそう」
「あいつ、ちゃんと女の子だしな」
燐斗はそう言いながら天井を見つめた。
その後、行きたいデートスポットランキングや、女の子の好きな仕草ランキングを決めていたら、次第に寝落ちしてしまった。
翌朝目覚めると、俺に抱き着いて寝るツユと、怜雄の顔面に燐斗の脚が乗っているという異様な光景に、俺は一瞬で目が覚めた。
修学旅行 2日目 開幕。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます