忘らるる

こたろー

1話「わ」

1節 「会い音、暗い音」




ぴろん。


 スマホの録画開始の赤いマークをタップすると、少し揺れているカメラワークの中に人影が写る。


「しょーたろー」


 私はその人影に声を掛ける。


「ん?どした?」


 翔太郎(しょーたろー)と呼ばれた被写体は、カメラを構える私の方に顔を向けた。

 頭に黒色の鉢巻きを巻いて、真っ黒なクラスTシャツを着ていてマッシュヘアの翔太郎の顔は、私の顔から27㎝くらいの距離にある。


「記念日の動画用」


「言っちゃうんだ、それ」


 翔太郎が右手で顔を隠すと、その手の隙間から赤く染まる頬が伺える。


私は録画終了の赤いボタンをタップした。


スマホを持っていない私の左手は、翔太郎の右手を握りしめている。


「今日一緒に撮った写真……みんなが映ってるやつも、後で一緒に送っとくね」


「ありがとう。僕が撮ったやつも送っとく」


「ん」


 傾き始めた陽が照らす、駅近くの道を二人で歩いていく。


 今日は体育祭だった。クラスのみんなや部活メンバーとも写真を撮った。

もちろん、彼氏である翔太郎とのツーショットも。


私のスマホのフォルダには、一回スクロールできるくらいの量の写真が溜まっていた。


「ねえ美音奏みねか


「ん?」


「これ、7ケ月記念日のプレゼント」


 翔太郎はそう言うと、通学用のリュックサックの中から紙袋を取り出して、それを私に渡してくれた。


「え!ありがとう!」


 私はその紙袋を受け取ると、中身を覗いてみる。


 その中には海外の人気アニメキャラクターのスマホケースが二つ入っていた。

片方はアシカ、もう片方には狼のイラストが描いてあって、二つを繋げるとハートが出来る仕掛けが施してある。


「お揃いのスマホケース。僕たち、お揃いの何かとか持ってなかったしさ。僕が狼で、美音奏がアシカ」


「いつも本当にありがとう。来月は任せてね」

 私は翔太郎の目を見てそう伝えた。私たちは付き合い始めてから、一か月ごとの記念日に交互でプレゼントを渡している。


「こっちこそ。いつもありがとう。じゃあ来月は記念日の動画楽しみにしとくね」


「え!?何で知ってるの!?」


「だって美音奏がさっき言ってたじゃんか」


「あ!」


「おっちょこちょいだな~」


 駅付近特有の居酒屋のライトが眩い。


高校から最寄りの駅に向かってもう一度歩き出した。


「そういや、しょーたろーは来月のクラスマッチ何出るの?」


「何にしようかな~。バスケは部活入ってる子が無双するし、僕はドッチボールにしようかな。美音奏は?」


「ん~私は……」


そこまで言いかけた瞬間だった。

数メートル先の曲がり角から止まる気配のない、暴走した車両が私たち二人に突っ込んで来た。


車両の側面が駐輪場のフェンスを突き破り、自転車を突き飛ばして轟音と共に私と翔太郎の目の前まで迫ってくる。


立ちすくむ私の左肩が、何かに強く押される。


目を向けると、私に手を向ける翔太郎の姿が一瞬だけ視界に映った。


突き飛ばされながらも伸ばし続ける私の手は届くことも無く、翔太郎の姿は遠のいてしまった。


 地面に強く衝突し、鈍痛が身体中を駆け巡る。


 混乱する意識で前を見ると、駐輪場に突っ込んだ暴走車両の傍らに、頭から血を流して倒れる翔太郎の姿があった。


 地を這う私の右手のすぐ横には、少しヒビが入った新品のスマホケースが転がっていた。





_______________________________




「報告書」


とある日。 謎の大規模な魔力衝突により、界外異宙龍ケツァルコアトルの祭壇に張られていた結界が崩壊。


結界の崩壊に伴い、龍谷に生息していた数匹のワイバーンの群れが周辺集落を急襲。


集落の住人及び冒険者数名が重傷を負う。




_______________________________

レムリア大陸 北東部 とある集落にて



「かんぱ~い!!」


ジョッキがぶつかる音が建物内に響く。


「おいアセナも食えよ!」


 脂の多い料理が大量に乗った皿が、俺の前にずしんと置かれた。


「ありがとう……」


「また気にしてんのか!?お前の魔力量のこと。あれはアセナの個性なんだしさ、いいじゃねえか!!ギルド設立記念日の今日くらい、楽しもうぜ!」


「うん。そうさせてもらうよ」


 俺はそう言いつつも料理に手を付ける気にはなれなかった。


 このギルドでは、“冒険者”と呼ばれる人々が依頼クエストをクリアすることで生活をしている。


 俺も一応はそのメンバーだ。


 今日は魔物(モンスター)を倒す依頼(クエスト)だったが。俺は何の戦力にもならなかった。


 俺は狼人族ルーガルーという種族で、他人よりも魔力量が多すぎる。それゆえに、俺が持つ水の能力を暴発させてメンバーに迷惑をかけてしまう。


 メンバーはいつも笑って許してくれるし、練習にも付き合ってくれる。

支えてくれるメンバーに囲まれて、恵まれた環境にいるのに、能力を制御できない自分に嫌気がさしていた。


 スープに自分の顔が映る。頭頂部付近に生えた大きな獣耳が、狼人族ルーガルーの特徴だ。灰色の髪の毛には艶が無く、輪郭もほっそりしている。


(俺ってこんなに元気無さそうなんだ……)


 そんなことをぼーっと考えていると、ギルドハウスの外から突如として警鐘が響き渡った。


「何だ!?」


「どうした!?」


 宴会を楽しむ賑やかな雰囲気が一変として張り詰めた。


ワイバーンだ!!」


 悲鳴に紛れた叫び声がそう告げた。


 俺たちは騒然としながら外へ出ると、集落は火の海と化している。


 木造建築とはいえ、防火効果があるの魔法が付与されているはずの建物が倒壊し、逃げ惑う人々の行く先を阻んでいる。


子供の泣く声が木霊して、遠くからは雷が落ちるような轟音が鳴っている。


「逃げろおお!!」


 ギルドメンバーの誰かがそう叫ぶと、立ち尽くしていた俺たちは火が付いた導火線みたいに動き出した。



 戦うことができる冒険者と言えど、龍谷のワイバーンを相手に出来る程の実力を、俺たちは持っていない。


 思考が追いつかない俺も、とりあえずどこかを目指して走り出した。


 燃え盛る行く末を掻き分けて走っていく。


「はあ……はあっ!!」

 煙が視界と嗅覚を襲い、思わず俺は口元を片手で隠した。


「!!」

 右前方にあった建物が倒壊して、火の粉と砂埃が俺を包み込んだ。


火に囲まれた俺は、自分の水の能力で消化をしようと魔力を手に溜めた。


 すると火の粉がもう一度激しく舞い、月明りと火事の炎が照らす夜空から“影”が地に映った。

直後、後方にずしんと何かが着地する音が聞こえる。


「う、うわあああ!」


 ワイバーンだ。凛とした視線が俺を睨んでくる。

震える足で身体を支え、炎に向けて放つはずだった技をワイバーンに向けて放った。


 俺の両手から放たれた凄まじい威力の水流は、ワイバーンから5mほど離れた空間を進んでいく。


溢れる魔力を制御できず、標準がずれてしまった。


「あ、ああ……」


 ワイバーンは怯える俺の身体に目掛けて、口元から炎の吐息ブレスを放った。

衝撃波と炎に包まれた俺は、倒壊した家屋を超えて吹き飛び、地面に叩きつけられる。


 熱さと鈍痛が身体中を駆け巡る。


 その意識も徐々に薄れていく。


(ああ……やばい……)


 朦朧とする意識の中で、“死”という実感だけが鮮明に存在していた。


 嗅覚や聴覚も薄れていき、視界も薄れていく。


 俺の視界の最後に映ったのは、空を舞うワイバーンの姿と、紫色の稲妻だった。



ぷつん。


_______________________________




 意識が戻った。

 俺はワイバーンに攻撃されて死を覚悟したが、どうやらまだ生きているようだ。


 ゆっくりと瞼を開ける。眩しい光が射しこみ、反射的に瞼を閉じて、もう一度目を開ける。


知らない天井だ。俺は誰かに助けられたのだろうか。


身体に力を入れてみる。痛いところは何もない。


両手で身体を支えて、上半身だけ起き上がった。


手首には一本の管が繋がっていて、違和感がある。


「お兄ちゃん!」


(?)


 声の方を見ると、涙を流しながら俺を見つめる少女が居た。

その少女は俺の身体に抱き着いてくる。


「お帰り!お兄ちゃん!」


部屋に入って来た別の女性が俺を見ると、驚愕した様子で駆け寄って来た。


「真神さん!」


その女性は俺の枕元に遭ったボタンを押してこう言った。


「真神 翔太郎さん。意識が戻りました。至急先生をお願いします!」



「は……?」










『忘らるる』

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