16-06 売れる条件

「あたしの本が演劇になったのはわかりましたけど、何でそれが流行に?」

 ナロンは疑問だった。

 ナロンの本『小さな冒険者』はそれほど長くはない作品で、冒険者相手の取材の結果をまとめた程度の練習作だったからだ。

 正直それが商品化されたのも驚いたが、ましてや演劇化されて流行るなんて考えもつかなかった。

「私も直接その演劇を見たわけじゃないから確かな事は言えんが、色々と丁度よかった⋯⋯というところだな」

「ちょうどいい?」

 そしてマハリトは自身の分析を話した。

 お話の長さが演劇化にはちょうどいい程度の長さだった事、少年冒険者の立身話が貴族相手には物珍しかった事、成功や失敗が繰り返されて娯楽として楽しみやすかったなどだった。

「娯楽って⋯⋯あれ一応真面目な冒険者あるあるのつもりだったんですが⋯⋯」

「まあ作者の意図とは違う評価を受ける事もよくあることさ」

 そしてマリーがナロンに話を付け加える。

「ナロンさん、私は一度演劇の方を見たわ」

「そうなんですか?」

「こういう言い方をすると作者のナロンさんには悪いかもしれないけど⋯⋯」

「言ってください」

「その小さな冒険者役を務めたのが今売り出し中の子役女優なのよ」

「え? 女優? あれの主人公は男の子なんだけど?」

「演劇で少年役を少女が演じたりはよくある事よ」

「はあ⋯⋯」

「その子役女優の後援者が帝国の大物貴族家でね、私も懇意になりたいと近づいた⋯⋯その過程でその演劇を一緒に見に行ったわけなのよ」

「もしかしてその大物貴族の人がホントは宣伝したかったのってその子の方で、私の作品はどうでもよかった?」

「まあぶっちゃけそうだな⋯⋯だが君の作品に光るものがなければそもそも演劇化されてないからな、チャンスと割り切れ」

「はい⋯⋯そうですね」

 ナロンは喜んでいいのかよくわからなかった。

 そんなナロンにマハリトは言った。

「カリンは悔しがっていたぞ、自分の作品は演劇化されないのに⋯⋯て」

「え? カリンさんの『コリン』は演劇にならないんですか?」

「なんていうか謎解きはあまり演劇には向かないらしくてな⋯⋯一度企画が持ち上がった事はあったんだが、完全なアクション物にされそうになってカリンがキレてお蔵入りになった」

「そうだったんですか」

「不本意か? だがそんなチャンスも無い新人はもっといるぞ」

「そうですね」

「だからねナロンさん、今あなたを起用すれば私が立ち上げる出版社の最高のスタートになると思って、だから一緒にやっていかない?」

「ナロン君、今ならきみの移籍は簡単だがもうすぐしたらシュバルツビルトも惜しくなってくる、だがそこでのきみは多くの作家の中の一人だろう」

 ナロンは考える⋯⋯これから自分が進む道を。

 シュバルツビルトに残り普通の作家になる道、そして新出版社を切り開く礎となる賭け。

「もし即答できないなら――」

「いえ行きます、連れて行ってください、マハリトさんマリーさん」

「いいんだなナロン君、このまま残ればそこそこの作家にはなれるんだぞ?」

「たしかにそうかもしれません、でもあたしはこの三人でやって行きたいです、これからも」

 そっとナロンの手をマリーが取った。

「ありがとうナロンさん、あなたの決断を後悔させないわ」

「あとは何を書くかだな、ナロン先生」

「はい!」

 こうしてナロンは進むべき道を決めたのだった。


 そして具体的な打ち合わせが始まった。

 マリーの新出版社は今話題になりつつあるナロンの新作から始まればそれなりに注目を集めて、たとえ何を書いてもそれなりには売れるというのがマハリトの読みだった。

 だからこそ何を書くかは重要な事だ、新出版社とナロンの未来の為には。

「ナロン君、私が提案するのはこれまできみが書いて送って来た習作を一つの物語にまとめたものがいいと思う」

「マハリトさん、それってアトラやリオンの事を書けって事?」

「そうだ、あの人魚の歌姫やエルフのお姫様は今話題の的だからな⋯⋯言い方が悪いが誰が書いても売れる」

「誰が書いても⋯⋯ですか?」

 ナロンには葛藤があった、成功し有名になった友達を利用する様な気分だと、しかもそれは誰が書いても売れるとまで言われるのは⋯⋯

「だが君にしか書けない」

 そうきっぱりとマハリトは言った。

「私にしか書けない?」

「そうだ⋯⋯その二人の初めからずっと見てきた君にしか書けない物語だ、そうだろ?」

 確かにそうだ、ナロン以外の作家が自分以上に詳しく書けるはずがないと納得する、しかし⋯⋯

「でもそれだとフィクションじゃなくなりますけど?」

「それなんだよな問題は⋯⋯人魚姫の方はともかくエルフの姫は書籍化するには確実にエルフィード王国の許可を取らんとな」

 マハリトもやや困って頭をかきむしる。

「それに、あまり時間もないですし⋯⋯」

 そうマリーは付け加える、今後の予定では四月か五月に新出版社の立ち上げと共に売り出したい、その為には執筆に充てられる期間は三月いっぱいといったところだった。

「あとひと月で書き終える?」

「君なら書けるだろ? 筆は早いからな君は⋯⋯カリンと違って」

「まあ⋯⋯書く内容さえ決まっていれば、ところでカリンさんて書くの遅いんですか?」

「遅い⋯⋯というよりネタ出しに時間がかかりすぎる、その分出来上がった原稿はいいんだがな⋯⋯書くのは早いけどボツの多い君の真逆のタイプだ、どっちも手がかかる⋯⋯」

「ははは⋯⋯」

 そう笑いながらナロンは時間を計算する。

 リオンとアトラの物語はもう完成している、それを再構築するだけならそう時間はかからない、だけど⋯⋯

「このままじゃあたし書けません」

「なぜだい?」

「リオンとアトラしか知らないから⋯⋯その舞台裏をあたしは見ていない」

「舞台裏ってそれを一番近くで見てきたのはきみじゃないか? むしろきみ以上に誰が詳しく書けるというんだ?」

「そうじゃありませんマハリトさん、その二人の舞台裏じゃなくて⋯⋯銀の魔女様の事です」

「銀の魔女ってあの?」

「はい⋯⋯あの人が裏でいろいろ二人の夢を支援しているとあたしは感じてました、表面的な結果は知ってますが裏でどんな事があったのか知らずに書くのと知って書くのではまるで違います」

「なるほどな⋯⋯」

 マハリトも渋い顔で納得する、それは重要だと。

「ナロンさん、私は今から王国に掛け合って出版許可を取り付けたいと思います」

「マリーさんが?」

「はい、ですからその間にナロンさんは銀の魔女様の取材をしておいてください」

「わかりました」

「ならその後は私の出番だな、今度ばかりは付きっきりできみに原稿を書かせよう⋯⋯それで執筆期間はだいぶ短縮できる⋯⋯たぶん」

 こうしてナロン達の方針は決まった。

 マリーの新出版社の立ち上げの為にナロンとマハリトはアリシアの取材を。

 そしてマリーはアレクに会う事にした。

 だがこの後その計画は上手くいかなかった。

 アリシアが転移門を完成させてすぐに帰ってしまっていたからだった。

 ここローシャはアリシア達が何度も訪れていて、とくに観光などしなかったからである。

 その為ナロンはマリーの所に一晩泊まり、翌朝イデアルへと戻る事になったのだった。

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