16-05 宣伝活動の結末

 ローシャに着いたアリシア達は大聖堂へと向かった。

 そこには教皇のキーリンやこの国の大統領であるオリバーも来ていた。

「お久しぶりですキーリン教皇」

「ほっほっほっ、久しぶりじゃのう銀の嬢ちゃん」

 アリシアがキーリンと最後に会ったのは聖魔銀会の会議以来だった。

 そんな様子を後ろで見ていたミルファはふと思う。

 アリシアはキーリンと同じ老人のローゼマイヤーにも温かい目をするのは、お年寄りに敬意を持っているからなのだろうかと。

「銀の魔女殿よく来てくれた、ありがとう」

「オリバー大統領もこんにちは」

 こちらはついこの間のアレクの誕生祭で会ったばかりだった。

 こうして再会の挨拶も終わり、いよいよこの国に作る転移門についての話し合いが始まる。

 その話し合いで転移門の設置場所はこの大聖堂の前の大通りを進み、街の外に出た所に決まる。

 ちょうど王国のエルメニアに作ったような感じだった、その方がこの大聖堂へ世界中から参拝する信者たちの動線として都合がよいからだと。

 少なくともこの国では転移門は物資の移動よりも人の移動を重視している構想のようだった。

 別にそれをアリシアにはとやかく言う気はないし何がいいかも判断できないので、その指示に素直に従った。

「アリシア殿ありがとう、決断してくれて」

「よい結果になればいいな銀の嬢ちゃん」

「はい⋯⋯そうですね」


 こうしてアリシア達は郊外へと向かう⋯⋯その途中アリシアは何か違和感を覚えていた。

「何だろう⋯⋯なにか物足りない気がする?」

「なにアリシア?」

 勘のいいフィリスにもアリシアの引っ掛かりはわからなかった。

「もしかしてマリー様の事ですか?」

「それだ!」

 そうミルファに指摘されてようやくアリシアは納得がいった。

「そういや居なかったわねマリーさんは、おじさまの秘書だから一緒に居てもおかしくないのに?」

 ルミナスも疑問になってきた。

「もしかしてオリバーさんの事諦めたのかな?」

「いや⋯⋯それはないかと」

 アリシアの推測をミルファは否定する。

 むしろマリーはオリバーの妻になる為により大きな野望に向かっているのだと、ミルファは自分が知っている事を話した。

「へー、マリーさんがおじさまの事業を引き継ぐ⋯⋯か」

「今度は自分がおじさまを養う番⋯⋯て」

 ミルファの説明にフィリスとルミナスも感心し、呆れていた。

「出来るのそんな事?」

「うーん難しいけど不可能ではないわね」

 アリシアの問いにルミナスは自身の分析を答えた。

「そっか⋯⋯まあなんにしてもがんばるのはいい事だよね」

 そうアリシアは締めくくった、だがミルファは疑問だった。

 だったらなぜさっきの会合に参加しなかったのか、アリシアと顔なじみになるチャンスだったはずなのにと。

 その答えは出ないままアリシア達は転移門の作成に取り掛かるのだった。


 一方その頃、ナロンはローシャの街のとある喫茶店に居た。

 以前ナロンがここで暮らしていた時に、マハリトとよく打ち合わせという名の叱責を受けていた場所でもあった。

「やあナロン君、久しぶり」

「お久しぶりですマハリトさん⋯⋯それと⋯⋯」

「こんにちはナロンさん」

「こんにちはマリーさん」

 そう今ナロンの目の前にはマリーが居たのだった。

「おや? ナロン君、マリバールさんを知っていたのかい?」

「ええ、前に何度か」

「そうか⋯⋯なら話は早いか⋯⋯」

 そう前置きをした後にマハリトは話し始めた。

「実は私は今年の春からこのマリバールさんの立ち上げる出版社へ移籍する事になった」

「はい⋯⋯聞いてます、マリーさんから」

「そうか⋯⋯だから私はもう君の作品を見てやることが出来なくなる、このままなら⋯⋯」

「このままなら?」

 これまでナロンは作品とまではいかない試作品の原稿を定期的にマハリトへ送り続け、その感想や批評を貰い続けていた、それを頼りに今まで執筆を続けてこられたところが大きい。

 そのマハリトと別れる事はナロンにとって痛手だった。

「要するに君も来ないか? 新しい出版社に」

「ええ! ⋯⋯いいんですか? そんなの」

 ナロンは思った、あまりにも今の出版社に不義理すぎるのではないかと。

「いいも何も会社は同じだしな」

「え?」

 少し笑いながらその説明をマリーが引き継いだ。

「そもそもシュバルツビルト出版とはかつて帝国の皇女だったクロエ・ウィンザード殿下が立ち上げた事業だったの、でも彼女が皇帝になる時に民営化されて大きな組織でありながら各地の支部はその地方の自治体や商人によって運営されているのよ」

「つまりこのローシャ支部は元々マリバールさんのところ⋯⋯オリバー・ホワイガー氏の所有物だったわけさ」

「そうだったんですか⋯⋯知らなかった」

「まあそんなもんさ、世の中の出版社への感心なんてな」

「それでオリバー大統領じゃなくてマリーさんが新しい出版社を立ち上げても、結局は同じ会社という事なんですね」

「そゆこと」

「だから今までシュバルツビルトで活躍していたマハリトさんに新出版社を任せたいと思って引き抜いたわけなのよ」

「そうだったんですか⋯⋯でもなんでまた新しい出版社を作るんです? 今までのシュバルツビルトでよくないですか?」

 ナロンは納得したが新たな疑問も生まれた。

「ナロン君、率直に言ってシュバルツビルトのイメージ、どう思う?」

「え? ⋯⋯世界中の出版物を扱う最大手で、ナーロン物語が有名で⋯⋯」

「それだよ!」

「それ?」

「そう、シュバルツビルトと言えばナーロン物語⋯⋯これが良くない」

「良くない?」

「ナーロン物語はいまだに新作が多く出続ける安定しただ、そのイメージのせいでシュバルツビルトからは新しい物語は売りづらいんだよ」

「そうだったんですか⋯⋯」

「他人ごとじゃないぞ、そのせいで君の本もイマイチ売り込めなかったんだからな」

「⋯⋯」

「そんな時だ、こちらのマリバールさんが新しい事業として出版社を立ち上げると言い出してな」

「マリーさんが?」

「ええ私は商人として情報を制する者が頂点に立つと思っているわ、その為に自分の出版社を持ちたいと思ってね」

「出版社と言っても色々あるからな新聞とか雑誌とか⋯⋯だが手っ取り早く名を広めたいなら大衆娯楽だな」

「その為にマハリトさんを呼んだのよ」

「なるほど⋯⋯」

 つまりマリーは今後の商売の為の情報収集や宣伝の為の出版社を作り、その基盤作りの為にマハリトを引き抜いたという事なのだ。

「つまり一緒にやらないか? ナロン先生」

「⋯⋯あの嬉しいですけどいいんですか? 私まで移籍して?」

「いいも何も君はシュバルツビルトでは一冊しか出してない新人⋯⋯言い方は悪いが惜しくない人材だってことさ⋯⋯今はな」

「今は?」

「早く決断しないとシュバルツビルトから離れられなくなるぞ、ナロン君は」

「どういう事なんですか?」

 ナロンには何の事なのかわからない。

 そしてマハリトは静かに、そして嬉しそうに伝えた。

「ナロン先生、君のデビュー作にいま大量発注がかかっている⋯⋯おめでとう」

「は?」

「まさかナロンさんがあの『小さな冒険者』の作者だったなんて知らなかったわ」

 そうマリーが言った。

 それはナロンのデビュー作だった。

「たしかあれって千部しか刷らなかったって?」

「ああ言ったな」

「じゃあなんで大量発注なんて事に?」

「ナロン君、きみが宣伝したからじゃないか」

「宣伝?」

 何の事かナロンはちっともわからなかった、そんな事をした覚えはないからだ。

「ナロンさん、あなたの書いた本が今帝国で演劇化されて大流行になっているのよ」

「は?」

 まるで意味がわからなかった。

「君が直接本を渡して売り込んだそうじゃないか、ホントはトラブルの原因になるからそういう事は駄目で勝手にして欲しくはないんだが私が許可した事にしておいたよ⋯⋯まああの頃の君なら首にしても出版社としてはまったく惜しくなかったからな、個人的にはそういう貪欲さは嫌いじゃない」

 帝国⋯⋯演劇⋯⋯本を渡した⋯⋯

 それらがやっとナロンの中で繋がった。

「あー! たしかに渡した! 渡しましたよ! でも読んでくださいねって言っただけですよ! それが何で演劇に!?」

「ナロンさんちょっと静かに⋯⋯」

「ごめんなさい」

 ナロン達は周りの客から注目を集めてしまっていた、そして謝った。

「原作者が直接渡したんだぞ⋯⋯売り込みだって思うのは当然だろ、向こうも商売なんだからな」

「そんなつもりはなかったんですよ⋯⋯」

「まあなんにしてもその演劇のおかげで原作を読みたいと問い合わせが殺到してね」

 その説明に困惑するナロンだった。

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