16-03 動き始める夢

 ナロンはついにお城の舞踏会へと足を踏み入れた。

 全てはアリシアのおかげで、ただの幸運だった。

 そしてここへ入る際にナロンとカリンは目立たないドレスに着替えさせられた。

 堂々としているカリンと違って背が低くて緊張しているナロンはやや浮いていた。

「じゃあナロンさん、私行ってくるわね!」

 そしてカリンはあっさりとこの場に溶け込んでしまった、あれが一流作家のスキルというものなのだろうか?

「ナロンはどうする? 私達と一緒に居る?」

「⋯⋯えっと魔女様たちのそばだと注目を浴びそうなので、少し離れていたい⋯⋯かな?」

「そうですね、ナロンさんはそうした方がいいかもしれませんね」

 そんなナロンの考えにミルファも同意した。

「じゃあナロン、面倒を起こさないでね⋯⋯今更だけど」

「はい、ありがとうございました」

 一人になったナロンはさっきの事を思い返す。

 アリシアが自分をここへ連れて来て入れたいと言ったら、あっけなく認められたのを。

 それは以前ナロンが一緒に演劇鑑賞をした人物だと知られていた事も大きかったが、アレクを始めとしたこの国の重鎮たちが、いかにアリシアの機嫌を取りたいかの証明の様にも思えた。

「すごい人だな銀の魔女様って⋯⋯」

 そんな今更な感想がナロンから零れた。

 普段ナロンが接するアリシアはわりと普通の人なのでつい忘れそうになるのだ、どれほどの力を持った魔女なのかという事を。

 そしてそんなナロンの思考はリオンを見つけたことで遮られた。

 今リオンは多くの貴族に囲まれて話をしていた。

 あのリオンが⋯⋯そうナロンは思わずにはいられない。

 初めて魔の森で出会ったばかりのリオンは臆病で、人と話す事がとにかく苦手だった。

 そんなリオンを変えたのは、セレナに命じられた魔の森での哨戒任務のせいだったのだとナロンは思っている。

 冒険者達に混じり、リオンが誰よりも先に危険に気づく⋯⋯それを伝える為には話さなければならない状況に追い込まれるのだ。

 そして話すべき内容はリオンが自信をもって言える周囲の様子だった。

 そんな積み重ねが自分の考えをしっかりと伝える訓練になっていた、そうしなければ他人を守れないからだ。

 あの魔の森の中でリオンは信頼される存在になった、そして森の外でも気軽に話しかけられるようにもなっていったのだ。

 そして今やああやって貴族に囲まれても逃げ出さない、しっかりと対応できるくらいの度胸が身に付いたのだ。

「でもリオンの方からは話せないみたいだな⋯⋯」

 そんなリオンの成長を喜び、変わらないところに安堵するナロンだった。


 そしてそのナロンに背後から近づく人物がいた⋯⋯


「やっぱりナロンじゃない!」

「マリーさん!?」

 ナロンに話しかけてきた人物、それは義理の父であったオリバーに結婚を申し込んだ元義理の娘のマリバールだった。

 そして二人は壁際へと移動する。

「まさかここでナロンに会えるなんて、驚いたわ」

「こっちもですよマリバール様」

「様付けなんてやめてよ、それに呼びにくいしマリーでいいわナロン」

「⋯⋯はい、マリーさん」

 二人は面識があった、以前帝国で演劇鑑賞を一緒にした仲である。

「ここへは取材なのナロン?」

「ええ、まあ⋯⋯」

 ただの成り行きだが間違いではない。

「そうなんだ、やっぱりあなた凄い作家なのね」

「いやいや、そんなことないよ」

「⋯⋯そうかしら? 確かに実績はまだないけど、これだけの機会に恵まれるあなたは何か持っている人なのよ」

「持っている人?」

「そう、パ⋯⋯オリバーみたいにね」

 一瞬オリバーの事をパパと言いそうになったんだなとナロンは思った。

「オリバー大統領が?」

 オリバーの伝説、それはナロンでも知っている成り上がり物語だ。

 小さな貴族家の息子として生まれたオリバーがやがて商売の為に他国へ赴き、まだ若かった頃のエルフィード王国の国王ラバンやウィンザード帝国の宰相のアルバートと出会い、友情を結んだ物語を。

 それを最大限に活かしてオリバーはやがて世界最高の商人となり、アクエリア共和国の大統領にまで登り詰めたのだった。

「ナロン私はね、どれだけ才能があっても素晴らしい人脈がなければ大成しないと思っているのよ」

「確かにそうかも⋯⋯」

「今日私がオリバーのパートナーを買って出たのも、ここで一人でも多くの人と知りあいたいと思っていたからなのよ」

 それはマリーの密かに抱いた野望だった。

 自分がオリバーの事業を受け継ぐ、それがマリーの目標だった。

「で⋯⋯そんな私が今ここでナロンに会えた、これは運命なのかなって思ったのよ」

「運命って大げさな」

「あらそうかしら? 私とあなたがここで出会うなんて、まずありえないと思うのだけど?」

「まあ確かに⋯⋯」

「そう、だからねナロンあなたも私の人脈にならないかしら?」

「へ? 人脈って?」

 この時ナロンは疑問だったのだ、自分にそんな価値があるなど考えもしていなかったのだ。

「私の夢の為には力がいるのよあなたにも協力して欲しい、だから私もあなたの夢に協力するから」

「それってどういう事?」

「私ね新しい出版社を立ち上げようと思っているのよ、だからナロンうちに来ない?」

「えーーーー!」

 思わずナロンは大きな声を出してしまい周りの注目を集めてしまった。

 あわてて二人はさらに会場の隅っこへと移動する。

「そんなの無理ですよ、あたしマハリトさんって人にお世話になってて今更出版社を変える訳には⋯⋯」

 ナロンはマハリトにも恩義はあったが他にも、シュバルツビルト出版というのが世界最大の出版社である事も理由だった。

「マハリト? もしかしてあのマハリトさん? シュバルツビルトのローシャ支部の?」

「え? ええ、そうですけど?」

 それを聞きマリーはにやりと笑った。

「やっぱり私とあなたは運命で繋がっていると確信したわ!」

「え? なんで?」

「だってマハリトさんは今度うちの出版社へ移籍してもらう事になっているからよ」

「えーーーー!」

 結局隅っこでも注目を集めてしまうナロンだった。


 それからナロンは即答は出来ないと返事して、いずれローシャでマハリトも交えて話し合う事にしてマリーと別れた。

「とんでもない事になった⋯⋯」

 成り行きでお城に入れてリオンの晴れ姿を見れればいいやくらいの気持ちだったのが、とんでもない事になっていた。

「ずいぶんと話し込んでいたようだね」

「カリンさん?」

 気がつくと後ろにカリンが背中合わせに立っていた。

「実はね、今日私がここへ来たのはもう一つ依頼があってね、君にこれを渡しに来た!」

 そう言って芝居がかった仕草で指に挟んだ手紙を後ろ向きのままナロンへ差し出した。

「手紙?」

 それをナロンは受け取る、そして驚いた差出人がマハリトだったからだ。

「カリンさんこれって?」

「これも名探偵の仕事さ⋯⋯後は君が決めたまえ」

 そう言い残しカリンは群衆の中へと溶け込み、消えた。

「探偵って⋯⋯カリンさん」

 きっとカリンは真面目に探偵ごっこをしているのだろうとナロンは思った、さっき城へ侵入しようとした時は泥棒みたいだったのに。

 そしてナロンはその手紙を読む、そこにはマハリトからできるだけ早く会って話がしたいという内容だった。

 先にマリーと話していたから動揺せずにすんだ、そうでなければ作家を首になるとでも思い込んで焦っていたに違いない。

 今ナロンは感じていた、自分が大きな分岐路に立っているのだと。

 作家になると決断したあの時以外にこんな決断をするのは、夢を諦める時だけだとナロンは思っていた。

 しかし夢の先にも決断はあったのだ、それはナロンの夢の叶え方は一つではないという事だった。

「とにかく前に進むんだ⋯⋯作家として」

 マハリトと会う決意を固めたナロンはもう一度マリーを探し始めた。

 今度ローシャで会う約束をきちんとする為に。

 今ナロンの運命は変わり始めたのだった。

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