16-02 夢のステージへ
少し前、アリシアはお城の中で舞踏会を眺めていた。
その中央ではアレクがリオンと踊っている。
以前アリシアがフィリスと踊った時とは大違いな、洗練された堂々としたステップだった。
アリシアと同じ森育ちのリオンはこれまでダンスなど無縁だったはずだ、でも今踊れているのはきっとすごく練習していたんだろう。
「私⋯⋯なにやってたんだろうな⋯⋯」
そう呟きながらアリシアはこれまでの行いを振り返る。
リオンをアレクの隣に連れていく事、それがアリシアが始めた夢だった。
でも本を読んで知っていたはずだった、ただ連れて行かれたお姫様がその後も幸せになれるとは限らないと。
王子の隣に立ち続ける為にどれほどの教養が必要なのか、それは同じアレクの婚約者ネージュを見ればわかる。
そんなネージュを追い落とし、何も持たないリオンをアレクの隣に連れて行く気だったのだアリシアは。
でも現実はアリシアの思い通りにはならなかった、アレクが二人を選んだからだ。
そしてリオンはアレクの隣に立つために努力を重ねていた⋯⋯アリシアの知らない所で。
アリシアは自分の手を離れた運命が上手く収まった事に安堵する。
でも同時に感じる、達成感のなさを⋯⋯
ふとアリシアは夜風に当たる為にバルコニーへ出た、一人で。
その事に気づいたのはミルファだった。
フィリスやルミナスも気づいてはいたが、お互いお姫様として周りを人に囲まれ動けなかった。
ミルファはそんな二人に目で合図してからアリシアの後を追ったのだ。
「アリシア様どうされたのですか?」
アリシアは近づいてきたミルファの方を見ずに、遠くを見つめたままだった。
「なんかむなしくてね⋯⋯これが私がしたかった事なのかなって?」
「アリシア様はリオンさんをアレク様の所へ連れていく事がお望みでしたね、それは成功したと言って良いのでは?」
「そうなんだけど私がやろうとしたことはちっとも私の思い通りじゃなかった、だから達成感がなくてね」
「わがままですね、アリシア様は」
「わがままか⋯⋯そうだね私はわがままだ、自分の思い通りになっていないから不満なんだ、この結末には満足しているのにね」
「以前フィリス様が仰られていたアリシア様は二つの心を持っている、魔女の心と人の心⋯⋯だからでしょうか?」
「なるほど⋯⋯そういうことか」
アリシアはようやく自分の気持ちが理解できた。
この結末に魔女としては不満で、人としては祝福しているのだと。
だからアリシアは選ぶ事が出来た、今は祝福する時だと。
「さあ戻ろうかミルファ」
「はい、アリシア様」
その時だった。
「あれ? あそこにいるのカリンさんじゃない?」
「えっ!? カリン先生!?」
アリシアがたまたま気づいた、遠くの城壁の上にカリンが登って城の兵士に囲まれている光景を。
「何してるんだろ?」
「とにかく行きましょう、アリシア様!」
「あ⋯⋯うん」
こうしてミルファに圧されてアリシアもその場へと飛んだのだった。
アリシアとミルファが現場に着いた時はカリンは捕まる直前だった、おまけにその場にはナロンまで居たのだった。
「彼女たちが何か?」
そう兵士達にアリシアは問いかける。
「銀の魔女様!?」
「片翼の聖女様!」
兵士達も驚いて固まってしまった、何せこの国の重要な魔女がいきなり空から降ってきたのだから。
ミルファはこの状況を見て概ね察した。
「⋯⋯アリシア様、きっとお二人はお城に入ろうとして見つかったのだと」
なるほどとアリシアは思ったが、さてどうするか?
なんとなく助けてやりたい人の心と、対価なく行動しない魔女の心の二つの対立が、アリシアの中でまた始まる。
「ミルファさん! 銀の魔女様! 助けてください!」
その時カリンが救いを求めた、そしてミルファの事を名前で呼ぶことに兵士は気づいたのだ。
「もしかしてこの二人はお知り合いなのでしょうか、聖女様?」
その兵士にとってアリシアに訊ねるよりもミルファに聞く方が容易かった、何故ならミルファはよくこの城の兵士を相手に盾捌きの訓練に来ているからだ。
そしてミルファが来る日はいつもより激しい訓練になっても治して貰えると、信頼され頼りにもされていた。
なんと答えていいのかわからないアリシアに代わってミルファが答える。
「はい知り合いです、この二人⋯⋯カリンさんとナロンさんは私ともアリシア様とも」
しかたなく代わりにミルファが顔見知りの兵士に答えた。
「そうなのですか? ではこの事とお二方は関係あるのですか?」
関係はない⋯⋯しかし二人とミルファの視線がアリシアには辛かった。
「ちょっとお城のみんなを驚かせたくてこの二人に協力を頼みました、事前に兵士の皆さんへ伝えてなくてご迷惑おかけしました」
どうしてこんな嘘をついてまで庇うのかアリシアにもよくわからなかった。
「本当ですか聖女様?」
「⋯⋯ええ、まあ」
だがそんなアリシア達の説明で兵士たちは納得してしまった。
それからちょっとのやり取りで周囲を囲っていた兵士たちはそれぞれの持ち場へと戻り、ナロン達は解放されたのだった。
「その⋯⋯ありがとうございました、ミルファさんに銀の魔女様」
「えっと⋯⋯私じゃなくてアリシア様のお陰ですので」
「さっきの兵士たち、私よりミルファの方ばかり見てなかった?」
「そんな事ありません! きっとアリシア様は恐れ多くて私の方が話し易かった、それだけです!」
「⋯⋯そうかな?」
「そうです!」
いつになく強いミルファの口調にアリシアは押し切られた。
だがミルファだって本当は理解している、あの兵士たちがろくに話したこともないアリシアよりも自分の方を信用してこの場を離れたのだという事くらいは⋯⋯
ただミルファは恐ろしくて認めたくないだけなのだ、自分がなんだかよくわからない影響力を持っていたことが。
「で⋯⋯何してたの二人は?」
成り行きとはいえナロン達を庇ってしまったアリシアは二人を問いたださなければいけない。
少なくともアリシアはナロンの事は信頼しているが、カリンについてはまったく知らないからだ。
それがこんな人気のない場所から城に侵入しようとしていた⋯⋯怪しすぎる。
「えっと⋯⋯その⋯⋯」
「取材よ!」
言いよどむナロンより早くカリンはきっぱりと答える。
「取材?」
「ええそう、今お城の中では歴史の転換点といっていいわ! それを少しでも見てみたい、作品に活かしたい、作家の抗えない本能なのよ!」
その堂々とした口ぶりにアリシアは納得してしまった、そして悪気はないんだという事も理解する。
「もしかしてナロン、前に私が本を書いて欲しいって言ったからこんな危険な真似を?」
ナロンはアリシアが勘違いをしているとすぐに気づいた、しかしそれを訂正するより早くカリンが聞く。
「ナロンさん、魔女様からの依頼を受けたの!?」
「えっ!? ええ、まあ⋯⋯」
「確かに頼んだよ、そっか⋯⋯ナロンはリオンの事を書いてくれる気だったのか、ごめんね気づかなくて」
おかしな方向に話が進み始めた、そうナロンは思ったが止められない。
「そんなナロンさんが魔女様の依頼で今回の事を本に書くなんて⋯⋯羨ましい⋯⋯」
ナロンはリオンの事を本にする気なんて無かったのに、どうしてこうなったのか⋯⋯
「じゃあナロンがお城に入れるように頼んでみるよ」
「え?」
それは仕事を依頼したアリシアなりの責任の様なものである。
「あの! 魔女様! 私もお願いします!」
「カリン先生⋯⋯」
「まあ一人も二人も同じ事か⋯⋯とりあえず頼んでみるよ」
こうして自分でもよくわからずアリシアは二人がお城の舞踏会に参加できるか許可を求めに戻るのだった。
そしてそれはあっけなくみとめられたのだった。
カリンは大喜びだった、この対価としてナロンと同じく何か本を書くというアリシアとの契約も含めて。
「いいのかなホントに⋯⋯」
でもナロンにもわかっていた。
これが自身の運命を大きく変える転換点だという事を。
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