第九幕 やさしいせかいは銀色の魔法でできている
16-01 『主人公』になりたい
二月の最後の日、それがこの国エルフィード王国の王子アレク・エルフィードの誕生日だった。
そしてナロンの友達でもあるエルフ族のリオンにとって大切な日でもある。
何故なら今日、二人が正式に婚約者であると発表されるからだ。
そんな祝いの日に、ここイデアルでも祝福の声に沸いていた。
「では先に向かうぞリオン」
「はいセレナさん」
その日の早朝にセレナを始めとしたイデアルの住人は、アリシアが創った転移門を使いエルフィード王国の首都エルメニアへと先に向かう。
今回の式典の演出のためにリオンだけここに残り、後からエルメニアへと転移するのだ。
「ではローゼマイヤー、後の事は頼んだぞ」
「お任せくださいませセレナ様⋯⋯貴方こそしっかりとお勤めくださいませ」
ここに残るリオンの世話の為に王国侍女総括のローゼマイヤーが派遣されて来ていた。
そして今から王都へ向かうセレナは侍女服姿だった。
何故ならセレナは表向き死んだ事になっているからだ、そんな彼女がアレク達の晴れの舞台を間近で見るにはそれしか方法がなかったのだ。
「当たり前だ、この日の為に貴方にしごかれたんだからな⋯⋯恥はかかせないさ」
「私の恥など気にしなくてよいのです。 いってらっしゃいませ、セレナリーゼ様」
「⋯⋯ああ、行ってくるローゼマイヤー」
セレナは普段絶対しない感謝をこの老人に今だけはした。
「待ってセレナさん!」
「何だリオン?」
少しだけモジモジしながら、それでもはっきりとリオンは言った。
「ありがとうセレナさん、今日までいっぱい叱ってくれて」
「⋯⋯この国の為にアレクの為にした事だ、お前の為じゃないさ」
セレナは少しだけリオンから目を背けて答えた。
「それでも私をあの時、森から連れ出してくれたのはセレナさんだから⋯⋯本当にありがとう」
「お前にはまだ言ってやりたい事が残っているんだからな、まだ逃がさないさ」
「はい⋯⋯これからもお願いしますセレナ⋯⋯お義母さん」
「まだ早いぞ⋯⋯馬鹿者」
そしてセレナは振り返りリオンに背を向けた。
「さあ行くぞ、お前たち!」
そしてそのセレナの号令で転移門が起動する。
リオン達を残してセレナ達は一足早くエルメニアへと向かう。
ナロンはずっとセレナの後ろで、リオンの方を向いていたから見てしまった。
セレナの目に浮かぶ涙を⋯⋯
エルメニアに着いたナロンは転移門の前の一番いい場所でリオンを待つ事にする。
イデアルの冒険者や美容液工場の職員たちも、ここに留まるようだった。
そんな彼らを残してセレナは城へと向かった、彼女はこの後はリオンの母メルエラの世話役に偽装する事になっているからだ。
待つ事しばし⋯⋯お昼前位の時間に荘厳なファンファーレがお城の方から聞こえてきた。
ようやくアレクの誕生祭が始まったらしい。
ゆっくりと時間をかけてアレクとネージュの二人を乗せた馬車がこちらへと向かってくる。
ナロンはドキドキする。
「ねえアトラ⋯⋯今日は歌っちゃ駄目だよ」
「わかっているわよ⋯⋯今日はね」
ナロンは隣に立つ友達の人魚族の歌姫に話しかけた。
だが意外なくらい普段はやかましいアトラは今日は静かだった。
きっとアトラにとっても今日は祝福する日なのだろうとナロンは思った。
アトラ自身も不思議だった、いつも自分が主役でなければ気が済まないのに今日はそんな気分じゃなかったことが。
ナロン達が見守る中、アレクとネージュを乗せた馬車が辿り着き二人は下りた。
そして係りの者が転移門を起動する。
転移の光が収まるとそこには、嬉しそうな眩しい笑顔のリオンが居た。
そのリオンをアレクとネージュがやさしく連れ出す。
そして三人が屋根のない馬車に戻り乗った時に歓声が巻き起こる。
その歓声にリオンも応えていた⋯⋯あのリオンが⋯⋯
ナロンは知っている、リオンは始めとても気弱だったことを、臆病だったことを⋯⋯
「リオン⋯⋯おめでとう」
自然とナロンの口から祝福が零れた。
その手には作品のネタになる事を書き留めるメモ帳とペンが握られていたが、白紙のままだった。
お城へと向かう三人の馬車をナロン達は見送ったのだった。
ナロン達は苦労しながら移動し、なんとかお城のバルコニーを見届ける事の出来る場所に辿り着いた。
少し遠くて話し声はよく聞き取れなかったが、アレクの民たちへの報告だったようだ。
自分がこの二人と結婚しこの国の王になるとはっきりと宣言した。
その瞬間それまで以上の拍手が雨の様に降り注いだ。
ナロンもいつまでも拍手を贈り続けていたのだった。
アレク達がお城の中へと戻った後の群衆はお祭り状態になった。
「ナロン! 一緒に飯でも行こうぜ」
そう一緒に来た冒険者のザナックが声をかけてくれた。
「うん⋯⋯あとで行くよ」
「そうか、じゃあ席はととっくぜ」
ザナック達を見送った後ナロンは不思議な気持ちになった。
その正体がわからず気がつくと歩き始めていた、お城に向かって。
ナロンはじっとお城を見つめながら城壁に沿って歩き続けた。
「⋯⋯なにやってんだろ、あたし」
今、ナロンはリオンの事を祝福出来なくなった自分にショックを受けていた。
ナロンにとってリオンは大切な友達だ。
その友達が夢を叶えて今、愛しの王子様の隣にいる祝福しなくちゃいけないのに⋯⋯
またアトラの事も考えていた。
今、街の食堂で騒いで歌っているであろう人魚の友達を。
彼女もまた世界の歌姫になるという夢を叶えつつある。
そんな二人をナロンは始めから見つめる事が出来た、それはとても幸運な事でとても尊い事だった。
なのに今ナロンは喜べなくなっていた、自分はまだ夢を叶えていないからだ。
「リオンはいっぱい頑張って⋯⋯アトラには天賦の才能があって⋯⋯じゃあ、あたしは⋯⋯」
ナロンは自分が作家として大した才能がないと薄々気づき始めていた。
大人しく故郷で鍛冶師を続けていた方が良かったんだと思い始めている。
それなのにナロンはいまだにイデアルに居続けて作品を書いていた、誰にも読まれない物語を⋯⋯
「私もなりたい⋯⋯私も主人公に――」
「あら? ナロンさんじゃない!」
驚いてナロンは振り返った、そこに居たのは――
「カリン先生!?」
「はーい、お久しぶりー!」
そこに居たのは先輩作家であるカリンだった。
「カリン先生⋯⋯なんでこんな所に?」
そこはお城の裏手のあまり人気のない場所だった、気づかずナロンはこんな所まで歩いてきてしまっていたのだった。
おまけに目の前のカリンは怪しい恰好だった、以前会った時の派手なドレスやツインテールではなく今は地味な格好だった。
「ふふふ⋯⋯ナロンさん、やはりあなたは私が見込んだ作家ね」
「え?」
「行くんでしょ? お城の中へ!」
「⋯⋯えっ!?」
「いやーこんなチャンス滅多にないわよ、是非間近で見なくちゃ!」
そう言ってカリンは見かけとは裏腹な身軽さで城壁を駆け登った。
そしてその上からロープをナロンに向かって垂らす。
「さあナロンさん、あなたも早く!」
「ええーー!」
しかしそのロープをナロンが掴むことはなかった。
「おい! そこで何をしている!」
「ヤバい! 見つかっちゃった!」
あっという間に周りは兵士に囲まれてしまった。
「ど⋯⋯どうしよう⋯⋯」
ナロンは固まってしまった。
さっきまでの落ち込みはもうどこかへ吹き飛んでいた。
このままではカリン共々捕まってしまう⋯⋯そう思った時だった。
「彼女たちが何か?」
そう静かな声が空から響く⋯⋯
空から舞い降りてきたのは銀色の髪の魔女と、白き翼を織りなす聖女だった。
「銀の魔女様!?」
「片翼の聖女様!」
兵士たちだけでなく、ナロンとカリンも見とれてしまっていた。
真の作家を目指すナロンの物語は、今この時始まった。
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