15-16 変わりゆく世界

 アリシアの転移魔法によってルミナスと共にシリウス達は帝国へと運ばれた。

 正直シリウス達ガディアの里の者たちにとってここ帝国へ来るときは、故郷を奪還するための闘いになる時だけだと思っていた。

「それではアリシアさま、ありがとうございました」

「じゃあルミナスもがんばって」

 そう言ってアリシアはポルトンへ戻ろうとする。

「待ってくれ銀の魔女よ!」

 引き留めたのはシリウスだ。

「何?」

「いや⋯⋯その、貴方にも迷惑をかけた、すまなかった」

「そう思うのなら故郷を平和にしてください、今後は私の手を煩わせないように」

「ああ、もちろんだ」

「がんばってください、ガディアの皆さん」

 そう言ってアリシアは姿を消した。

「さあ行くわよシリウス! お母様が待っているんだから」

「今の帝国の皇帝か⋯⋯」

 こうしてシリウス達は皇帝アナスタシアとの面会になった。


 そしてシリウス達は帝城の謁見の間へと案内される。

 この時ばかりはシリウスもさすがに緊張した、しかし不思議でもあった。

 憎きウィンザード帝国の皇帝と会うというのに、不思議と憎しみや怒りは湧いてこなかったからだ。

 ――彼女のおかげか⋯⋯

 目の前のルミナスの小さな背中にシリウスは思う。

 どれほどの重みを背負って来たのだろうかと、自分など大した事ではなかったのだろうかと。

 そして皇帝との謁見が始まった。

 まず口を開いたのは皇帝アナスタシアだった。

「そなたがシリウスだな」

「そうだ」

 堂々とシリウスは答えた。

 それを見て周りの帝国の重鎮たちが騒ぐ。

 やはり自分たちは歓迎されていないとシリウスは察した。

 まあそれはそうだろう、今まで居なかった田舎者に領地を取られるのだ、気分のいいものではないだろう。

 だがシリウスはもう戻る訳にはいかない、だから堂々とした佇まいで皇帝を見た。

「静まれ! ⋯⋯まずは謝罪しよう今の帝国を代表して。 すまなかった」

 そう玉座から立ち上がり、アナスタシアはシリウス達へと頭を下げたのだ。

 それに関して周りの重鎮たちも異議を挟むことなく、アナスタシアに倣い頭を下げ始めた。

 どうやら今の帝国がガディアに対して謝罪の気持ちがあり、それを徹底するだけの掌握力を持ち合わせているのだとシリウスは感じた。

「その謝罪受け取った、だから返してもらおう我らの森を!」

 そのシリウスの態度に周りの重鎮たちは不満だった。

 だがすぐにアナスタシアが制したおかげでその空気は消し飛ぶ。

「最初にはっきり言っておこう、今からそなたらに渡す森は昔も今もそしてこれからも我が帝国の領土だ、だからそなたらは今後帝国の臣民となる」

「我らに貴方の部下になれという事か!?」

「そうではない、其方らも妾が護る我が帝国の民であるという事だ」

「ならなぜあの頃、我らは森を追われたのだ!」

「当時の帝国には人族以外にドワーフ族とエルフ族が居た、そしてそのドワーフ族は優れた鍛冶技術で帝国の軍事力を支えていたがエルフ族は戦争には反対した平和主義者だった、それが時の皇帝には気に障ったのじゃ」

「そんな理由で⋯⋯」

「すまなかった」

「今の貴方に謝られても仕方がない!」

「そうじゃな、だからこれからの話をしよう。 我が帝国はそなたらエルフ族の帰還を望んでおる、その為に今まで燃やした森の再生に力を注いできた」

「⋯⋯何故だ、何故そんなにもこの帝国は変わってしまったんだ! なぜ俺たちが憎んだままの帝国じゃないんだ!」

「そう望み、そう変えた者が時の皇帝を討ちこの皇座に就いたのじゃ、そして妾たちがその意志と血を受け継ぐ、誇りある今の皇帝家なのじゃ」

「人間は勝手だ⋯⋯すぐに変わりやがって⋯⋯」

「人間の寿命はそなたらに比べて短い、だからこそ生き急ぐし欲望も追う、だが過ちも正すのだ」

「我らも変われと、許せというのか?」

「そう願っている、その為に必要だと思えることは何でもしよう」

「その為に森を元に戻し我らに返すのか」

「そうだ」

「それはただの自己満足だ!」

「かもしれん、だが妾はこのウィンザード帝国の皇帝だ、何よりもこの国の民たちの安寧が優先される⋯⋯そして其方らもわが臣民なのだ」

「俺たちはまだこの国を信用した訳ではない、だからいつか故郷に同胞を迎えるその日までこの国を知りたいと思う⋯⋯それでいいか?」

「かまわん、その望みを妾は全力で支援する」

 そして緊張がまだ残る謁見の間をシリウス達が出ようとした時だった。

「待ってシリウス!」

 呼び止めたのはルミナスだった。

「なんだ皇女殿下」

「受け取りなさい!」

 ルミナスがシリウスへと差し出したのは一振りの帝国刀だった。

 周りがざわつく⋯⋯

 なぜならこの場の重鎮たちは知っているからだ、その帝国刀がどういった物なのかを。

 それはルミナスが誕生日にアリシアに貰った物だった。

「剣か? 変わった形だな⋯⋯」

 シリウスは物珍し気にその帝国刀を手の中で見定める。

「その剣の名は『帝国刀』我が友人からの贈り物で品質は一級品よ、あんた剣を失くして困ってるでしょ、持っていきなさい」

「帝国⋯⋯刀だと? それに貰った物を、いいのか?」

 シリウスはその剣の名が気になる、さらにルミナスの私物である事も。

「いいのよ、許可は取っているしもう一本あるから⋯⋯聞きなさいシリウス、その剣はあの頃の帝国にはなかった剣なの」

「なかった?」

「野望に満ちた皇帝を討ち、今の帝国を築いた我が先祖クロエ・ウィンザードが即位してから考案した物だからよ」

「お前たちの先祖が考え作った剣⋯⋯だと?」

「最初は見かけだけの飾りだってバカにされてた剣よ、実戦では使い物にならないって⋯⋯でもなんでそんな剣をわざわざ作ったと思う?」

「争いが終わった⋯⋯からか?」

「そう私は思っているわ武器は持っていても使わない、そんな時代の象徴だとするためにね⋯⋯まあもっともその後に鍛冶技術が進歩して実用品になっちゃったけどね」

「台無しじゃないか」

「でもおかげでこの剣はあんたの護りたい力になるはずよ」

 この時シリウスは気づいた、何故ルミナスがわざわざ私物のこの剣を自分に無理に渡そうとするのかを⋯⋯

 今なおシリウス達は帝国に受け入れられたとは言い難い。

 だがこの剣が⋯⋯ルミナス皇女殿下が下賜した剣を自分が持っていれば無用な諍いがなくなるのだ、今後は。

「皇女殿下、この『帝国刀』謹んでお受けする」

「その剣が再び皇帝の血に染まるような事はないわ、安心しなさい」

 いかにも軽く言うルミナスだったが明らかに周りがざわついた。

 そのルミナスの軽口に怒りを燃やしているであろう皇帝にシリウスは気づくが、ルミナスはまったく気にしていない。

 別の理由で血が流れそうだな⋯⋯そうフッとシリウスは笑った。

 そしてシリウスは謁見の間を去る、威風堂々とその帝国刀を携えて。

 それをルミナスは見送った。


 その後シリウス達ガディアの戦士団はアイゼン将軍たちと共にこの帝都を旅立つ⋯⋯故郷の森へと。


「さてルミナスよ⋯⋯ちょっといいかしら」

「えっ!? なに、お母様?」

 その後、残された謁見の間にてルミナスとアナスタシアの醜い死闘が繰り広げられたという⋯⋯


 数日後シリウスは故郷の森へと辿り着いた。

 始めて来るのにどこか懐かしい、不思議な風を感じた。

 ――リオン、今頃お前はアレクの隣にいるのだろう⋯⋯幸せにな⋯⋯

 シリウスは初めての恋に別れを告げた。

「さあみんな! ここが我らの故郷だ!」

 この新たな地でシリウスの新生活が始まるのだった。

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