15-15 乙女の勇気
ルミナスが魔人になって三日が過ぎた。
あれからルミナスはここ魔の森で過ごしているが、それは万が一に備えての配慮だった。
だがその間ルミナスは一度も暴走することなく安定して〝影〟の使役を出来るようになっていた。
懸念していた〝影〟との同化も精々三分くらいで強制的に解除される事もわかった。
それをアリシアは、ルミナスが魔女にはならないと決心した為だと考えている。
魔法とは心を写すもので、出来ないと思ったら出来なくなってしまうものなのだ。
そして今日は再びポルトンへ向かう日だった。
アリシア達は一度エルフィード城へ行き、アレク達を連れてからポルトンへと転移した。
今度はガディアの里ではなくポルトンの領主の館での話し合いになる。
その席には領主のトレインだけではなくガディアの里の代表であるシャリオも来ていた。
最初の話し合いは転移門を設置する場所を決める事で、その後アリシア達はその転移門を設置する場所へ移動する、その間アレク達は今後について話し合うらしい。
そうしてアリシア達は転移門設置予定地へとやって来た、その場所はポルトンの都市のすぐ隣である。
ただその場所はまだ樹木の生い茂る森で、まずそれを切り開くところから始めたのだ。
ポルトンはいわゆる城塞都市というやつだ、海に面した僅かな土地を壁で覆って安全に生活している、だから壁の中に新たな建物を作る場所がなかったのである。
アリシアは森を切り開き土壁を盛って安全な場所の確保を終えた、後の細かい作業はこの国の公共事業になる予定だ。
そしてアリシアはサクっと転移門の作成を終えた、何度も繰り返し慣れたものである。
「まったくとんでもない魔女だな⋯⋯」
「そうね兄さん⋯⋯」
付き添いでやって来たシリウスとミラは感心よりもただ呆れるといった感じだった。
「ところで帝国の皇女⋯⋯殿下。 その、お身体は大丈夫なのですか?」
シリウスは久しぶりに会ったルミナスの身体を心配する、もし何かあればそれは自分の責任だからだ。
「ええ平気よ、むしろ前より調子がいいわ!」
シリウスはそれが強がりでは無いとは見抜いたが、本当にルミナスが強化魔改造されているとまでは見抜けてはいなかった。
「それよりシリウス、この後貴方を帝国へ連れて行く予定だけど準備はいい?」
「ああ構わない」
まだ帝国の転移門は完成していないのでアリシアに、この後ついでに転移で連れて行ってもらう予定だった。
「兄さん」
「ミラ⋯⋯俺はやり直す機会を与えられた、だがもうこの先ガディアの為には何も出来んかもしれん、後の事は任せたぞ」
「わかったわ兄さん」
「トレインと仲良くやれよ」
「な⋯⋯なんでアイツと!」
顔を真っ赤にしてミラは嫌がった。
それを見てシリウスは妹の変化を感じ取り、もう思い残すことはないと思った。
ただ一つだけ未練があったが⋯⋯
その日の午後、アリシア達は作業を終えてポルトンへと戻る。
どうやらアレク達の方も話はあらかた終わったらしい。
アレクとトレインとシャリオはがっちりと握手を交わしていた、今後はきっと上手くいくのだろう。
すぐ近くのリオンはげっそりしていた⋯⋯きっと長時間の交渉が嫌だったのだろう、今はネージュが付き添っていた。
そんなリオンにシリウスがゆっくり近づく。
ネージュはやや警戒するがリオンは気にしなかった。
「リオン⋯⋯俺はまだお前を愛している⋯⋯だが俺はアレクを⋯⋯お前が選んだ男を認めた、奴は素晴らしい男だ、お前を必ず守るだろう」
「うん、アレク様は凄いでしょ」
リオンは気にせず無邪気だった。
「⋯⋯ただ一つだけ未練があるとしたら、何故俺がアレクよりも早く君と出会えなかったのか、それだけだ」
その言葉を聞きリオンの表情が変わる⋯⋯そして真剣な声で答えた。
「だとしても、私はシリウスとは一緒にはならなかったと思うよ」
「何故だ! そこまで俺が嫌いなのか!?」
「違うよ⋯⋯きっとシリウスは私を選ばないからだよ、だってあなたが好きになってくれた〝勇敢な私〟は、アレク様と出会って近づきたくって、それでも勇気がなくて周りの皆が引っ張ってくれて、少しずつ勇気を分けてくれた、そうして出来たのが今の⋯⋯貴方が好きになってくれた私だから」
「⋯⋯そうか」
この時シリウスは悟った、アレクに完全に負けたのだと⋯⋯そしてリオンを諦めたのだ。
そしてシリウスは振り返りアレクへと近づく。
「アレク!」
「なんだシリウス?」
アレクは離れていたためさっきまでの会話を聞いていなかった。
「握手してくれ⋯⋯頼む」
「いいぞ、そのくらい」
二人の男は固く手を握り合った。
「リオンを⋯⋯そしてガディアの事を頼む」
「リオンの事をお前に言われるいわれはないが、ガディアの事は引き受けた」
「そうだな⋯⋯その通りだアレクよ。 俺が認めた男、立派な王になれよ!」
「もちろんだ」
そしてアレクとシリウスの話は終わり、別れの時が近づいた。
「皇女殿下! もう思い残すことはない! さあ帝国でもどこへでも連れて行くがいい!」
しかしそんなシリウスをルミナスは悪戯そうな目で見ながら言った。
「あら貴方、まだ準備が出来てないみたいよ」
「何⋯⋯?」
そう言われてシリウスが振り返るとそこには、見送りに来ていたガディアの里の者たちから数名シリウスとルミナスの前に出て来て、膝を着いた。
「お前たち⋯⋯」
それはガディアの戦士団だった。
全員というわけではない、比較的歳を取った年配の者が多かった。
そして彼らの多くには一つの共通点があった、それはアリシアによって手足などを再生され戦士に復帰できた者たちだという事だ。
「もう我らが居なくとも若い戦士たちはやって行けます」
「魔女殿に救われたこの戦士の命、ぜひ故郷の為に使いたい」
「どうか我らも一緒に⋯⋯若様」
それを聞きシリウスはルミナスを見る。
「しっかり貴方が纏めなさい」
許可は下りた。
「お前たちの命は俺が預かった! ついてこい!」
「はい!」
そんなシリウスをシャリオは満足気に見つめていたのだった。
新天地⋯⋯いや見知らぬ故郷へと向かうガディアの戦士たちの中に一人のエルフの少女が居た。
その少女はリオンに近づき突然こう言った。
「私、貴方には負けませんから!」
ペコリと礼をして慌てて戻っていく、それをリオンはポカンと見ていた。
今まで話したことない子にいきなり何を言われたのか、まったくわからなかったからだ。
「あの子は兄さんの事が前から好きなのよ」
そうミラが説明してくれた。
「シリウスの事を?」
「ええそうなの、あれでけっこうモテるのよ兄さんは、本人は気づいてないけど⋯⋯」
「そっか」
「まああなたが気にする事じゃないわ、王子様と仲良くね」
「うん、ミラもね」
「⋯⋯え、ええ」
ミラはまだ戸惑いながらそう答えたのだった。
アリシアの転移魔法によって旅立つシリウスたちを見送りながら、リオンは思う。
自分が変われたのだという事を⋯⋯誰かに負けたくないと言われるくらいに⋯⋯
そしてリオンは太陽を背にして立つ愛しい人を、その瞳で見つめた。
リオンはいつしかネージュと手を取りあいながらアレクを見つめていた。
私達二人でアレクを支える⋯⋯そう誓いながら。
そんな二人にアレクが近づく。
「さあ戻ろうか、エルフィードへ」
「はい、アレク様!」
「お疲れ様、アレク」
そのリオンとネージュの笑顔は疲れ切ったアレクへの何よりの報酬だった。
また頑張りたいと思えるだけの力を持っている。
それも二人も同時に。
アレクは今の自分に出来ない事はないと確信できる。
今まで自分のぼんやりしていた王になる道が開けたと感じたのだった。
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