15-13 光と影の契約

 全ての事件の発端となったシリウスの処遇は帝国へ行く事となった為、即時旅立つとはならなかった。

 数日後にルミナスが連れて行くからそれまでに準備をする時間がシリウスには与えられた。

 そしてこのまま王国とガディアの話し合いも出来ないため、今後の話し合いは転移門が完成してからという事になる。

 アリシアは転移門の作成を後日行う事として、今は先にしなければならない事があった。

 アリシアは転移魔法でエルフィード国王の人達をお城へと送った後、ルミナスを連れて魔の森へと急いだ。


 魔の森の皆の家の中で、ルミナスを心配そうに仲間たちは見つめる。

「それでアリシアさま、私の身体は一体どうなっているのですか?」

 つい先ほどルミナスは闇の精霊に取りつかれ、暴れまわっていたのだった。

「ルミナスの中の闇の精霊は今は弱まっているけどまだ消えたわけじゃない、このままルミナスが回復したら闇の精霊もまた回復する」

「それってまたルミナスが暴れだすって事?」

「このままだとそうなる」

 ルミナスは真剣な目でアリシアに問う。

「その闇の精霊は取り除けるのですか? アリシアさま」

「もちろんできるよ、今なら簡単に元に戻せる⋯⋯だけどもう一つだけ選択肢がある」

「選択? もしかしてこのまま残すのですか?」

「そう⋯⋯このまま闇の精霊をルミナスの中で飼い慣らす、もしできればルミナスは魔女になれる」

「私が魔女に!?」

「うん、私だって全ての属性の精霊と契約して、この身に取り込んでいる」

「だからアリシアさまはそんなにも強いのですね」

「正直今からルミナスが魔女になっても繊細な技術は身に付けられないと思う⋯⋯ただ強くは成れる、確実に」

「ええ何となくわかるわ、楽器とか子供の頃からやってないと身に付かない感じですね」

「そんな認識でいいと思う」

 ただパワーアップできるだけならこんなにも真剣にアリシアは話さないだろうとルミナスは思った。

「この闇の精霊を私の中に残すのに危険があるのですね?」

「危険⋯⋯そうかもしれない、ルミナス次第にはなるけど」

「私次第?」

「今までルミナスには魔女の感覚がなかった、それが突然できる⋯⋯もしかしたら気が狂うかもしれない」

「どういう事アリシア?」

 フィリスが心配そうに聞く。

「ひらたく言うとこれからルミナスは精霊の姿がえて、その声がこえるようになる⋯⋯」

「⋯⋯視界の中に常にゴキブリが居て、すぐ近くで蝉がずっと鳴いている様な感じかしら?」

「まあそんな感じ⋯⋯かな?」

「その例えはどうなのよルミナス⋯⋯」

「それはちょっと嫌ですね」

 ルミナスの例えに同意するアリシアと嫌そうな二人。

「要するにそういったものにこれから耐えて、慣れなきゃいけない」

「出来ないなら闇の精霊を消すしかない⋯⋯という事ね」

「そう⋯⋯でも後から闇の精霊を消すのは危険が増す、今すぐ消すなら安全確実だけど」

「つまり私に決めろという事ですね、アリシアさま」

「そうだね」

 アリシアの本音はこのまま闇の精霊を消し去りたかった、ルミナスを危険にさらしたくないと思っていたから。

 少し前までの自分だったらルミナスを魔女に変えようとしただろう、でも今はそんな思いは消えていた。

「やるわ私! このままこの闇の精霊を飼い慣らして見せる!」

 しかしルミナスはそう決断したのだった。


 そしてその日の夜、四人はずっと一緒に居たのだった。


 深夜になるとこの魔の森の濃厚な魔素を吸収しルミナスは急速に回復していく。

 そしてそれはルミナスの中の闇の精霊を復活させる事でもあった。

「ああ⋯⋯これですか⋯⋯これが⋯⋯」

「大丈夫? ルミナス」

「ええまだ⋯⋯今までボンヤリえていたモノがはっきりとえてきた、そしてこえなかった声がこえ出した⋯⋯」

「どんな感じなのルミナス?」

「そうね⋯⋯人ごみの中でずっと注目されて、全員バラバラに話しかけてくる⋯⋯感じかしら?」

「大丈夫なのでしょうかアリシア様」

「⋯⋯耐えてルミナス、そこを乗り越えて⋯⋯それを気にせずいられるようになれば楽になれるから」

 そう助言するアリシアだったが始めからそうだった自分と、突然こうなったルミナスでは苦痛は段違いだとも思っていた。

「これが魔女の⋯⋯アリシアさまの世界なのですね⋯⋯」

「そう⋯⋯その雑音に耳を傾けたり意図的に遮断したり、自由に出来るようになったのが今の私」

「ふふふ⋯⋯待ってなさい⋯⋯」

 こうしてルミナスの試練は続く。


 翌朝ルミナスはげっそりとしていた、一睡も出来なかったからだ。

「あのルミナス様、朝食はどうされますか?」

「いいミルファ、今は食べる気がしない⋯⋯」

 それを見たアリシアは蜂蜜の瓶を取り出す。

「今は寝ない方がいい、無防備な精神は精霊に壊される可能性があるし、これでも舐めて栄養は取って」

「ありがと⋯⋯頂くわ」

 そう言いながらルミナスは時々蜂蜜を舐めながら起き続けていた。


 限界だ⋯⋯そう思った時すぐに対処できるようにアリシアは片時もルミナスの傍を離れなかった。

 フィリスとミルファは交代で休みながらルミナスを見守る。

「フフフ⋯⋯ブラックコーヒーがこんなにも美味しいなんてね」

 ルミナスは壊れ始めていた⋯⋯


 ルミナスに命を賭けてまで魔女になって欲しくはない、そう思ったアリシアは決断する。

 もうこれまでだと、そして見たルミナスの顔を――

 その表情はとても晴れやかだったのだ。

 ヤバい――

 そう思いアリシアは対処しようとする、しかし――

「やっとわかったわ、こうすればよかったのよ!」

 そう叫んだルミナスの手には、銀のナイフが握られていた。

 それでルミナスは迷わず自分の手首を切った。

「何やってんのよルミナス!」

「早く止血しないと!」

 フィリスとミルファは慌てるがアリシアは違った。

「そっか⋯⋯そんな方法が!」

 おどろくアリシアを見てルミナスは笑う。

「その様子ですとこれで正しいのですわね、アリシアさま!」

「うん」

 みんなはルミナスの流れる血が彼女の足元へと落ちるのを見つめる。

 そしてその血は床を染めることなくルミナスの影へと吸収されていたのだった。

「これでいいのですね?」

「うん⋯⋯そのまま契約してルミナス」

 そしてルミナスは自分の影と契約を始める。

「闇の精霊よ、我が血と影を対価に命ず、我に従え! 汝の名は〝影絵シルエット〟!」

 ルミナスの中に居た闇の精霊は彼女の影に吸い込まれて同化していく⋯⋯

 そしてその影はは禍々しく輝くがすぐに収まり、おとなしくなった。

「成功したよ⋯⋯ルミナス」

「ああ⋯⋯なんて清々しい気分かしら⋯⋯」

 そしてそのままルミナスは意識を手放したのだった。


 ルミナスをベットへ運びゆっくり眠らせる。

「ねえアリシア、どうなっているの?」

「契約したんだよルミナスは闇の精霊と⋯⋯そして、使い魔にした」

「それで血と名前を⋯⋯」

 フィリスとミルファもようやく理解する。

「これでルミナスは魔女になったの?」

「いや⋯⋯ルミナスは魔女には成れなかった」

「どういう事?」

「私は⋯⋯魔女は色んな精霊を魂に直接取り込んでいるけどルミナスにはそこまでは出来なかった、でも使い魔にするという方法で闇の精霊と繋がったんだ」

「魔女とは違うのね」

「不完全⋯⋯といっていいのかな? よく私にもわからない、でもルミナスは魔女とは違う何かに成った事に違いはない」

「今眠ってらっしゃるのは?」

「たんに寝不足なだけだよ、今では闇の精霊はルミナスにとても従順になっているし、命にかかわる事はないよ」

「そっか⋯⋯よかった、まったくいつも無茶ばかりして馬鹿ルミナス」

 こうしてルミナスはその身に闇の力を宿したのである。

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