15-12 未来への贖罪

 その後、森の中の活性化した魔獣たちを間引く為にガディアの戦士とポルトンの警備隊が力を合わせて戦い始めた。

 なおルミナスは今は戦えないため悔しそうだった。

 しかし今アリシア達は族長の屋敷に居た、リオンが倒れたからだった。

 リオンが倒れた理由⋯⋯それは海に落ちた時に眼鏡を失くしてしまったせいだった。

 あの眼鏡は日光に弱いリオンの眼を護るべく、アレクが贈ったものだったのだ。

「リオン! 大丈夫か?」

「はい平気ですアレク様⋯⋯これくらいの痛みはよくある事ですから⋯⋯」

 海から上がりしばらくリオンは眼鏡を失くした事に気づかなかった、その為こうなってしまったのだった。

「俺のせいだ⋯⋯リオンが無事だったから油断して眼鏡がない事に気づかなかったから⋯⋯」

「アレク様のせいではありません、私だってしばらく気づかなくて⋯⋯忘れていたから、大切な贈り物だったのに⋯⋯」

「そんな事気にするな⋯⋯アリシア殿、根本的に治す事はやっぱり無理なのか?」

「前にも言ったけどアリスティアくらいの魔女じゃなければ治せない、だからあの子の力を研究したいそう思ってきた⋯⋯」

「そうだったな⋯⋯反対したのは俺だったな⋯⋯」

 アレクはアリスティアの魔法を手にする事でアリシアが道を踏み外す事を危惧していた、だから反対したのだ。

 それは正しい事だと今でもアレクは思っている、だが激しく後悔する自分も居た。

「でも⋯⋯あれから私は独自に再生魔法を会得した⋯⋯今なら治せるかもしれない」

「本当に!?」

「ただ眼みたいな繊細な場所にするのは初めてだから、失敗するかも⋯⋯」

 アリシアにも自信はなかった、なにせ初めての挑戦だからだ。

「⋯⋯やってください銀の魔女様」

「リオン!」

「今のままじゃやっぱり嫌です、この眼をちゃんと治してずっとアレク様の隣に居たい」

「⋯⋯いいんだね?」

「はい、お願いします」

 ゆっくりとアリシアはリオンに近づく⋯⋯それは誰かに止めて欲しかったからかもしれない。

 慎重にアリシアは魔力を通してリオンの眼をる⋯⋯

 普通の人と比べてどこが悪いのか、何が違うのか⋯⋯探り当てる。

 そして解決方法を見つける、しかし⋯⋯

 その手が止まる、怖くて震えてきた。

 アリシアは再生魔法をもう何度も使って来た、今更躊躇なんてないはずだった、でも⋯⋯

 ――そっか⋯⋯私はガディアのエルフ達の事がどうでもよかったから、遠慮なく出来たんだ⋯⋯

 そんな真実に気づいた。

 アリシアは内心嫌いだったのだ、このガディアのエルフ達が⋯⋯ルミナスに石を投げた彼らが。

 そんなどうなってもいい人達だからこそ躊躇も遠慮も無く再生魔法の実験体に出来たのだ。

 しかしリオンは違う⋯⋯大切な人だった。

 そのリオンの光を永遠に奪うかもしれない事を自分は恐れているのだと、アリシアは気づいた。

 やっぱり止めよう⋯⋯そう思ったアリシアの震える手にそっとフィリスが手を添えた。

「大丈夫⋯⋯アリシアなら、ちゃんと出来るから⋯⋯」

 不思議だった。

 それまでの震えが止まった。

 無心になってアリシアは再生魔法を発動する⋯⋯しかし理解する、このままだと創造魔法で眼球を創り直すのと一緒で原因を取り除けないと⋯⋯


 ――その魔法はこうやって使うんだよ⋯⋯


 今、アリシアはとても懐かしい声を聞いた気がした。

 そしてアリシアは再生魔法の深淵に辿り着く、に導かれて⋯⋯

 リオンの眼を治す為に⋯⋯悪い部分だけを造り変える為に⋯⋯

 アリシアの再生魔法が終わった⋯⋯

 沈黙が辺りを包む⋯⋯


 ――これでもう大丈夫⋯⋯大切に使ってね、あたしみたいに間違えないで⋯⋯

 その声は、気のせいだったのだろうか?


 そして目の前のリオンはゆっくりと、その瞳を開けた。

「⋯⋯痛くない⋯⋯眼が痛くない。 治った、治りました!」

 リオンは生まれ変わったその苺水晶のような瞳で最初にアレクを見つめた。

「リオン! 見えるのか!?」

「はい! アレク様!」

 そんなリオンをアレクは抱きしめた。

 そしてネージュもリオンとアレクに抱きつき一緒に喜んだ。

 その近くでアリシアは脱力する⋯⋯それをフィリスが支えた。

「おめでとうアリシア⋯⋯」

「ありがとうフィリス⋯⋯」


 ――ありがとう⋯⋯そして、さようなら⋯⋯


 この時、アリシアの中であの日以来ずっと残り続けた未練が消え去ったのだった。


 こうして長い一日が終わり辺りは宵闇に包まれる。

 エルフィード国王の者たち、ガディアの里の者たち、ポルトンの者たち。

 それらが集い話し合う、それはこの一連の事件の発端となったシリウスの処遇についてだった。

「許してあげられないの?」

「難しいな⋯⋯」

 リオンの頼みをアレクは叶えてやりたい、しかしアレクの立場はそれを許さない。

 リオンをさらいアレクに決闘まで挑んだのだ。

 だがアレク自身にはもうわだかまりはない。

 シリウスの暴走に悪意はなく、純粋な愛ゆえのものだったからだ。

 もしかしたら自分がシリウスのようになっていたかもしれないと、アレクは思う。

 だからアレクはこう言うしか出来ない。

「ガディアの民よ、この度の一件はそのシリウス一人の暴走だという事にする、よって其方らの手で彼を裁け!」

 これがアレクの精一杯だった。

 そしてシリウスもそれでいいと受け入れる。

「族長⋯⋯今回の俺の暴走、誠に申し訳ない。 いかなる処分も覚悟している」

「兄さん⋯⋯」

 不安げに見つめるミラを隣でトレインが支えていた。

 それをチラッと見たシリウスはもうこの先の心配は要らないと悟った。

 ――妹を⋯⋯このガディアの民を頼んだぞトレイン⋯⋯

 そうトレインにシリウスは全てを託した。

 そしてついに族長であるシャリオの判決が下る。

「シリウスよ⋯⋯そなたをこの里⋯⋯いや、この国から追放する」

「謹んでお受けします」

 許された⋯⋯訳では無い。

 何の当てもないシリウスにとっては、このまま死罪となった方がましだった。

 こうなっては王国にあるゾアマンへも行きづらく、どこへ行けばいいのかシリウスには皆目見当がつかなかった。

「刑の執行は今この時よりとする」

 それに誰も異議を挟まなかった。

 周りを見渡し一同へ頭を下げたシリウスは振り返りその場を去ろうとした、着の身着のままで。

 そんなシリウスをただ一人呼び止めた者が居た。

「待ちなさいシリウス!」

「帝国の皇女!?」

 シリウスはこの流れで呼び止める者が居たことに驚き、それがルミナスであった事にもっと驚いた。

「貴方、帝国に来なさい!」

「帝国に? なぜ?」

 奴隷にでもする気かこの皇女は? そうシリウスは思った。

「あれから二百年たった、焼かれた森は完全ではないが元の姿を取り戻しつつある、でもそこには誰も居ない」

 ルミナスは静かに語り出した、それを皆は聞く。

「森が完全に元通りになるには後百年はかかるだろう⋯⋯もし貴方に罪を償う為に人生を捧げる覚悟があるのなら⋯⋯来なさい、我が帝国へ!」

 ガディアの民がざわつく⋯⋯

 今ここに居る者の中にはあの頃森を焼かれ、追い出された者もまだ居るのだ。

「その森が元に戻ったら⋯⋯俺たちは戻ってもいいのか⋯⋯故郷へ」

 そんな年寄りのガディアの民の声が聞こえた。

「ええもちろんよ、元々そこは貴方たちの故郷なのだから」

 シリウスは再び振り返り、父を見た。

 父シャリオもまたあの頃の帝国から逃げてきた一人だ。

 そして地に眠る時には故郷の土に⋯⋯と、願っていた事をシリウスは知っている。

 気がつくとシリウスは膝を着いてルミナスに頭を下げていた。

「帝国の皇女よ、その言葉ありがたく頂く。 そして我が人生を同胞の故郷の再生に捧げる事を誓う」

「帝国の皇女ルミナス・ウィンザードの名において命ず! 汝シリウスよ、その人生を捧げよ! 先祖と⋯⋯子孫の未来の為に」

「御意」

 そんなルミナスに族長の⋯⋯いや父親のシャリオは気がつくと、頭を下げていたのだった。

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