15-02 白い覚悟

 その日の朝、アリシア達はエルフィード城の前に集合した。

 今からアクエリア共和国、東の都ポルトンへ向かう為に。

 集まったメンバーはルミナスも加わったアリシア達四人と、エルフィード王国を代表するのはリオンとネージュをトップにした外交団だった。

 今回アレクは参加しない。

 なぜならエルフィード王国とポルトンのエルフであるガディアの民とは、初めての交渉になるからだ。

 なので最初っから王太子のアレクが行く事は止められていたのだ。

 予定ではリオンやネージュとの交渉の後、アレクがあちらへ向かうか、向こうの代表をエルフィード城に招く事になるだろう。

 そして今回アリシアが驚いたのは、参加したルミナスの恰好だった。

 いつもとはまるで違っていたのだ、いつもの黒い奇妙な服ではなく白を基調にした、ありふれたドレスである。

 おまけに髪もいつものツインテールではなく下ろしていた。

「皇族っぽい⋯⋯ルミナスがそういう格好は珍しいね」

「皇族っぽいって、私は皇族なんですけど」

 そうアリシアとルミナスは言い合う。

 その姿を見たフィリスは今回のルミナスの決意のほどを思い知る。

 しかしルミナスは軽口を叩く。

「この服装は作戦なのよ」

「作戦?」

「ええ、かつて我が先祖クロエ・ウィンザードもこれで難局を乗り切ったのよ」

 ルミナスの説明はこうだ。

 要するに真っ白な服装で謝罪に行けば、向こうに泥や生卵などぶつけられた時、より痛ましく見える。

 そうする事によって相手の怒りを発散させやすくするという意図なのだと。

 歴史の記録にもクロエ・ウィンザードは純白の、まるで死に装束のような出で立ちで周辺国家に謝罪したという。

 こうしてウィンザード帝国は驚くほど速く、周辺国家との関係修復を成しえたのだった。

「なるほど」

 その説明を単純なアリシアはあっさり信じた。

「あっアレク様ね! ちょっと挨拶に行ってくるわ」

 そういってルミナスは今来たばかりのアレクの元へ行った。

 ミルファは思った。

 自分はアリシアの為なら同じ事が出来るが、見も知らない誰かの為にはとても出来ないと。

 フィリスは思う。

 自分がルミナスの立場だったらあんなにも明るく居られただろうかと。

「すごい方ですね」

「そうね」

「何が?」

 ミルファとフィリスは理解し、アリシアはよくわかっていなかった。

「アレク殿下、この度は我がウィンザード帝国の願いを受け入れ同行の許可を頂き、誠にありがとうございます」

 そうルミナスはアレクに完璧な礼をする。

 その普段のルミナスと全く違う態度をアレクは笑えなかった。

「こちらにも利益があると考えての戦略だ、気にする事は無い」

「ありがとうございます」

 事前の調査によってガディアの民が閉鎖的で、ポルトン以外とはまるで付き合っていない事はわかっていた。

 そして、その地に流れ着く原因になった帝国を恨んでいる事も。

 その帝国が単独でガディアへ向かっても、おそらく謝罪は失敗するだろうと想定されていた。

 だからこそ今回のエルフィード王国のガディア訪問に便乗して、今の帝国は世界と仲良くなっているとガディアにアピールしたかったのである。

 だがそれは帝国の都合だ。

 王国にとっては関係ないが、この申し出を受ける事で帝国に貸しを作れる。

 さらに帝国という言わば悪役を連れて行けば、ガディアも王国とは仲良くなっておかないと今後が不安だと思わせる事が出来るのではないか? という心理作戦だ。

 正直なところアレクは、今回のガディア訪問はそれほど期待していなかったのだ。

 ただリオンに箔がつけばそれでいい、そして確実に帝国には恩が売れるという状況になった、不確かな利益よりも確実な利益をアレクは選んだのだ。

 アレクとの挨拶が終わったルミナスが戻って来た。

「お待たせ、皆様」

 どうもお姫様モードが解除されていないようだった。

「なんかルミナスがお姉さんみたいだ⋯⋯」

「失礼ね! 私は元々お姉さんよ!」

 だがすぐに化けの皮は剥がれるのだった。


 アレクはリオンに近づく。

「リオン⋯⋯苦労をかけてすまない」

「いえそんな事ありません、私アレク様のお役に立てて嬉しいんですから」

「ネージュ、君もしっかり頼む」

「お任せくださいませ、アレク殿下」

 アレク達の見送りの挨拶が終わるのを待って、いよいよ出発の時が来た。

 アリシアの転移魔法が発動する。

 アレクは目の前から消えていくリオンをじっと見つめ続けた。

 そして消えてしまった。

「⋯⋯リオン、無理はしないでくれ」

 自分にそんな事を言う資格がない事くらいわかっていても、そう言わずには居られないアレクだった。


 アレクを置き去りにしてアリシア達はポルトンへ転移した。

 ここポルトンは王国から最も遠い国である。

 大陸を横断し、海を渡らなければならない、とても今までは気楽に来れる場所では無かったのだった。

 それがアリシアのおかげでこんなにも手軽になったのだ。

 そうでなければネージュやフィリスのような立場の者には、ここへ来る許可は下りなかったであろう。

「ここがポルトンか⋯⋯素晴らしい島だね」

「素晴らしい?」

 アリシアの呟きにフィリスは反応するが、その答えを聞く事は出来なかった。

 目の前にここポルトンの領主トレインが現れたからだ。

「皆様ようこそポルトンへ、歓迎します」

 トレインは男性としては低めの身長と少し太った体型で丁寧に礼をした。

「歓迎ありがとうございます」

 そう答えるのはネージュだった。

 あくまでこの使節団の代表は彼女だからだ。

 なのでフィリスやリオンは言わばお飾りである。

 そしてアリシアはあまりでしゃばるのに苦手だったから、かえって助かっていた。

 トレインは次々と挨拶を終え、次はアリシアの番になった。

「銀の魔女様、この度は本当にありがとう」

「いえ、私の思い付きに突き合わせてかえって迷惑をかけたと思ってますので」

「そんな事は無いよ、この国は周りが全部海だから転移門は本当に嬉しいんだ」

「それならよかったです」

 少なくとも歓迎されているとアリシアは知った。

 後はほかの皆がちゃんと歓迎されるかだったが、それはアリシアにはどうする事も出来ない問題だった。

 ただ皆が上手くいくようアリシアは祈るばかりである。

 こうしてアリシア達はトレインが用意した馬車に乗り、領主邸へと招かれるのだった。


 その馬車での移動中での事だ。

「ねえアリシア、さっきこの島が素晴らしいって言ってたけど、何で?」

 そのフィリスの質問にアリシアは答えた。

「ああそれはね、この島なんと今は氾濫の真っ最中なんだよ」

「えっ!? 氾濫ってスタンピードの事!」

「そう」

 氾濫⋯⋯スタンピードとは魔素溜まりが決壊し周りに魔素が溢れ出し、それに釣られて魔物や魔獣が周りに拡散し被害が出る事だ。

「でもこの島、とても静かで平和そうですけど?」

 ミルファの疑問はもっともだ、この島は彼女の観察通りの平和な状態だった。

「そうなんだ、それが素晴らしいんだよ、この

 その説明でルミナスは気づいた。

「そっか⋯⋯この島は森ばっかりで、それが終わったらすぐ海になるから物理的に魔物が出て行く事が出来ないのか」

「さすがルミナス、その通り」

 そしてアリシアは説明する。

「この島は魔素溜まりだけど、どれだけほっといても何も起こらない便利な構造になっているんだ」

 アリシアが管理している魔の森などでは魔素が溢れる事になれば大惨事になる。

 それを防ぐには森の魔素を無駄に使い、溢れないようにするしかない。

 アリシアが何故転移装置を世界に使わせたいかの答えの一つがこれだった。

 要するに魔の森の魔素をエネルギー源にして転移装置を維持すれば、魔の森は氾濫する周期がとても遅くなるのだ。

 もし上手くバランスの良い転移施設の使用頻度になれば今後何もしなくなっても氾濫する事は無くなる、それはアリシアにとって素晴らしいメリットである。

「つまりこの島全体から常に魔素が海に流れ込んでいるって事ね」

「でも魔物は泳げないから」

「そういう事」

「ねえアリシアさま、それならこのポルトンの転移装置側からも魔素を供給できるようにすれば、転移門はもっと使える回数が増えるんじゃないかしら?」

「確かにそうだね、技術的にも可能だよ」

 アリシアが創ろうとしている転移門の欠点として、使用回数がそれほど多くは出来ないというものがあった。

 最終的に六つの国に一日数回ずつ使えるくらいの使用数になると想定されていたのだ。

 しかしここポルトンからも魔素を供給できれば、もっと使用回数が増える。

「まあそれは交渉次第だね」

 アリシアはまた一つ、この国でやる事が増えたのだった。

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