第八幕 変わりゆく世界の永遠の誓い
15-01 いざ東の都へ
少年は一人森の中で迷っていた。
つい先日成人を迎えた少年はこれからに備えて父に、この森に連れてこられたのだった。
少年の父はこの国の領主だ。
いずれは少年がそれを引き継ぎ、この国を支えていく事になるだろう。
そしてその為にはこの国には無くてはならない隣人が居た。
それがこのガディア大森林のエルフ族である。
今日、少年は父に連れられ初めてエルフの族長に会う事になっていた。
しかし少年は好奇心で周りに気を取られて父とはぐれてしまったのだ。
「父上⋯⋯どこ?」
少年は心細くなる。
そんな少年に静かに近づく影があった
少年が気づいた時にはもう遅かった。
迫る鋭い爪に少年は恐怖の言葉もなかった。
その時、一本の矢が風を切り裂いた――
少年の目の前で
「まったく一人でこんな所でうろつくなんて、死にたいの人間?」
木の上から矢を
「あ、ありがとう君は?」
「人間に名乗る名前なんてないわ、まったく世話を焼かせないで!」
その短い金髪の緑の服のエルフの少女は、そう怒って振り返り去っていく。
「待って!」
少年はそのエルフの少女をすぐに追いかけた。
だがその少女に追いつけなかったが、見失うこともなかった。
そして少年は父との再会を果たしたのである。
それから父にこっぴどく怒られた少年はそのままエルフの里に連れて行かれ、そこでエルフの族長とその二人の子供に引き合わされた。
そのうち一人がさっき自分を助けてくれたエルフの少女なのは間違いなかった。
「さっきはありがとう、僕の名はトレインだ」
「⋯⋯ミラよ」
父親である族長に言われて、やっとエルフの少女は嫌そうに自己紹介をしたのだった。
これが後にこの国の領主となるトレイン・ブルードランとエルフの少女ミラの、最初の出会いである。
ヴァレンシュタインの翌日、アリシア達は魔の森に集まって会議をしていた。
議題はいよいよ明日になったポルトン行に関してだった。
「母上から正式に許可が下りたわ、だから私も同行する」
そのルミナスはいつもと違い一つの決意を胸に秘めていた。
「そう⋯⋯一緒に行くのね」
フィリスもそんな親友の決意に何か出来ないか考える。
「そっか、ルミナスの問題も加わるのか⋯⋯また面倒にならないといいけど」
アリシアは単に自分の思い描くような世界の為に転移門を設置して回るだけなのだが、周りがそれをほっとかない。
どんどんこの機会に便乗してくるのだ、つまりこの世界は思ったよりも広いという事なのだろう。
「大丈夫でしょうか?」
ミルファは何となくアリシアがトラブル気質だと気づき始めていた⋯⋯
なにせ行く先々で事件が立て続けに起こるのだから。
あんなものは本の中だけの話だと思っていたのだがアリシアはその本の中の人に憧れているので、そうなるのかもしれないとミルファはやや的外れな事を思っていた。
そんな会議に加わったルミナスの⋯⋯いやウィンザード帝国の問題、それはガディアのエルフにルミナスが謝罪に行くというものだった。
帝国を代表して⋯⋯
過去帝国はエルフの森を多く燃やした。
その為逃げ出したエルフの多くが今流れ着いているのがガディアなのだ。
こうして今回のポルトン訪問はアリシアの転移門設置、リオンの外交団、ルミナスの謝罪の三つの目的が出来たのだった。
「さて⋯⋯どうするか」
そう考えるアリシアにフィリスは言う。
「アリシアは気にする必要はないよ」
「ええそうよ、私達が勝手に便乗して利用しているだけなんだから」
「そうです、アリシア様は転移門の設置だけで十分ですよ」
そうみんなに言われてしまった。
「いや私としても面倒事は御免だけど、何もするなと言われるとなんか落ち着かない⋯⋯」
とはいえアリシア自身何をしていいのかわからないのだが。
「外交は兄様たちがちゃんとやるからアリシアは何もしないでいいの」
「私の謝罪だって土下座して石でもぶつけられたら、それで終わりだから⋯⋯とりあえず今回は」
「王国はいいとして帝国はそれでいいの、ルミナス?」
「そもそも解決する問題かどうかもわからないしね、とりあえず今回は謝れる機会があったから謝ろうってだけよ」
そうルミナスは何でもないように言う。
しかしフィリスは知っている、その裏でどんな決意がルミナスにあったかくらいは。
今回の帝国の謝罪が同時に行われるのは王国にメリットがあるとアレクは読んでいたから許可したのだ。
すなわちガディアが帝国という脅威に対して王国と手を組んだ方がいいと思わせる⋯⋯といった目論見だ。
そんなアレクの考えを知るフィリスは、王国と親友の間で板挟みになる。
「ところで帝国はエルフに謝罪して、なにか目的があるの?」
そんなアリシアの問いにルミナスは答える。
「そうね、たしかにエルフと仲直りできれば色々頼りになる事もあるでしょうね、でもそんなのはたいして期待していない⋯⋯むしろこれ以上恨みを買わないのが目的ね」
これまで帝国とガディア大森林は物理的な距離と海に遮られて接触する事は無かった。
しかしいずれは転移門で気軽に行き来できるようになるだろう。
その前に帝国はガディアのエルフと仲直りしておきたい、新しい問題を増やしたくはないというのが本音だったのだ。
「難しい問題ですね」
そう言うミルファには解決の糸口すらわからなかった。
「まあこればっかりは、そもそも解決できないかもしれない事だけどね⋯⋯でもやらない訳には⋯⋯ね」
「上手くいくといいけど」
アリシアは自分の行動が新たな問題を引き起こしているのを自覚していた。
しかし今更立ち止まる訳にもいかない。
そしてこの問題はアリシアが関与しなくてもいずれは表面化する時が来ていただろうとも思っている。
結局アリシアは自分がどうするべきか決めかねていた。
しかしみんなはそれはアリシアの問題では無いと気にする必要はないと言っている。
アリシアに出来る事はみんなの送り迎えと何かあった時なにかできる準備をしておくくらいだった。
そしてそんな会議はたいして実りもなく終わる。
その後、気分転換としてちょっとした雑談になった。
「そういえばフィリスとアリシアさまはどうやって出会ったの?」
「あ⋯⋯私も知りたいです」
強引にルミナスは話題を変えた、ここまでの雰囲気を断ち切りたかったのであろう。
そしてその話題はミルファにとっても知りたい事でもあった。
なぜならこの四人は帝国で出会ったが、ルミナスとミルファはそれ以前のアリシアとフィリスの出会いを知らなかったのだ。
「え⋯⋯私とフィリスの出会い?」
若干アリシアは口ごもる、何故ならそれはアリシアにとってあまり思い出したくない失敗の記憶だからだ。
しかし隣のフィリスがにやけて笑い出す。
「そういえばあの時のアリシアって――」
あの時フィリスは必死だったが、後に思い返せばアリシアがいかにグダグダでテンパっていたか気づいていた。
アリシアがフィリスの口止めをしようとしたがもう遅かった。
全てがばれてしまった。
「へー、アリシアさまにもそんな時があったんですね」
「⋯⋯もしかしてその時の銀貨ってあの箱に入っている?」
そうミルファが口を滑らす。
ミルファは掃除の為にアリシアの部屋に入った事は何度もあって、その時ベット脇の小箱に入っている銀貨を好奇心で見た事があったのだ。
「ふーん、アリシアあの時のお金まだ持ってたんだ」
「別に⋯⋯今まで使う機会が無かっただけだよ」
アリシアは誰とも目を合わせずそっぽを向いていた。
それが怒っている訳ではなく、ただ恥ずかしがっているのがみんなには伝わるのだった。
その後、みんなでアリシアの機嫌を直すのに時間がかかるのだった。
フィリスはお城に戻って来た。
アレクと今日の事そして明日からのポルトン訪問の事を話し合った後、自室へと戻る。
そしてフィリスは見た、自分のベットの脇の物を。
そこには一輪の花が活けてあった。
しかしその容器は壺ではない、ガラスの小瓶だ。
そう、あの時アリシアが父であるラバンを回復させたエリクサーの瓶だった。
この瓶には保存の
「まあ私もアリシアの事は言えないんだけどね」
あの日のアリシアとの出会いから一年がたった。
それからの日々はフィリスにとって素晴らしいものに変わったのだ。
だから大丈夫。
これからも素晴らしい日々になると、フィリスは信じていたのだった。
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