13-14 海と砂漠の包囲網

 突然暴れだした魔獣に闘技場と観客席を遮る柵は破壊された。

 そして侵入してきた魔獣が観客に襲いかかる。

 それを見て真っ先に動いたのはフィリスだった。

 目立たないように羽織っていた外套を脱いで、いつもの姫騎士姿で人々を救うべく駆けつけた。

「早く逃げなさい!」

「は⋯⋯はい!」

 そう言って一礼してその観客は一目散に逃げていく。

 それを横目で確認しながらフィリスはその魔獣と対峙し続けていた。

「出遅れたわね! 私たちも行きましょう!」

 そうルミナスが参戦しようとしたが⋯⋯

「アリシア様!」

 その時アリシアは頭を抱えてうずくまっていた。

 それをミルファが焦って介抱しようとする。

「⋯⋯私は大丈夫⋯⋯みんなは行って!」

 具合が悪いというより妙にイラついている⋯⋯そんな印象のアリシアの言葉遣いに、ルミナスとミルファは驚く。

「大丈夫ですか、アリシア様⋯⋯?」

 ミルファはこんなアリシアを見たことは今まで無かった。

「たぶんこれは呪いの一種⋯⋯だと思う、だからあの魔獣や私はイラついている⋯⋯」

 その一言でルミナスはおおよその事態を把握した。

「ミルファ、あなたはアリシアさまについていて! アリシアさまはそのままで戦わないで!」

「わかっている⋯⋯いま私が戦ったら、たぶんやりすぎる⋯⋯と思う」

 ルミナスはミルファにアリシアを任せてフィリスの元へ駆け出した。

 そしてルミナスが合流した時にはすでにフィリスは魔物を一体切り伏せていた所だった。

「待たせたわね!」

「ルミナス! ⋯⋯アリシアは?」

「たぶん大丈夫! でも今は戦えない!」

「わかった!」

 それだけのやり取りで二人は共闘を始めた。

 そして二人は破壊された檻の中に入り、その場の魔物を倒し始めていく。

 いつしか逃げ惑う観客たちは逃げる事を止め、その二人の戦いを見物し始めていた。

「まったくアンタは完全武装で見物なんて⋯⋯やる気だったんじゃない!」

「な⋯⋯これはその⋯⋯何となくよ! ルミナスだって武装していたじゃない!」

「この私がアンタに後れを取る訳にはいかないでしょ!」

 喋りながら戦う二人はそれでも連携はバッチリで、いつしか逃げるのを止めた観客たちを虜にしていた。

 そしてミルファに介抱されてだいぶ落ち着いたアリシアも安心して見守る事が出来たのだった。

 やがて戦いは終わった。


 こうして騒動が終わった闘技場にドレイクは大急ぎでやって来た。

 そして素早く現状や経緯を把握していく。

 その間ミルファは逃げる時に怪我をした観客たちを治していた。

「その皆様方、今回は誠に申し訳ありません、そしてありがとうございます!」

 そうドレイクはアリシア達に謝罪する。

「今回別に私は何もしていないからね、お礼ならみんなに⋯⋯」

「そうですか⋯⋯ありがとうございます姫様方」

「私は当然の事をしたまでです」

「そうよ、民を守るのは皇族の勤めよ」

 そう聞きながらドレイクは大きな借りが出来てしまったと感じていた。

「⋯⋯ドレイクさん、早く何とかした方がいい」

「早く? 一体何の事ですか銀の魔女様?」

「さっきからこの国で呪いを振りまいている者が居る⋯⋯早く何とかしないとまた騒ぎになる⋯⋯最悪多くの魔物を呼び寄せる⋯⋯」

「な⋯⋯なんだと!」

「もしかしてアリシアさま、先ほどからその呪いの影響を受けて?」

「うん⋯⋯ちょっとだけ⋯⋯今はもう対抗しているから平気⋯⋯気分は悪いけど」

「大丈夫なのアリシア?」

「なんかこう暴れたい⋯⋯壊したい⋯⋯そんな気分」

「あまり良いとは言えないみたいね」

 ドレイクはアリシアに忠告されたことを考えていく。

「この街は海と砂漠に挟まれた場所⋯⋯そのどちらからも魔物が押し寄せてくる?」

「可能性はある⋯⋯早めに対策して」

 そしてドレイクは行動を開始した。

「皆様方、どうかこの街を救うべく力を貸してくれ!」

「ええもちろんよ、バーミリオン卿」

「まあ仕方ないわね」

「依頼としてなら引き受ける」

「ありがとうございます」

 こうしてアリシア達を巻き込んだこの街の防衛が始まった。


 ドレイクは兵士を指揮して砂漠からの魔物の襲来に備える事になった。

 アリシア達は海から迫る魔物の警戒と、この騒動の原因を探す事になる。

 手早く作戦を立てたアリシア達は行動を開始した。


 海へと移動しながらアリシア達は話す。

「この騒動の原因は呪い⋯⋯呪いの歌だと思う?」

「歌ですか?」

「てことは人魚の仕業?」

「たぶんそう⋯⋯私も呪歌には詳しくないから確かな事は言えないけど」

「アトラなら知っているんじゃない?」

「⋯⋯なるほど、なら私はいったん劇場によってアトラを連れて来る、みんなはこのまま海の警戒に」

「了解!」

「わかったわ」

「はい、わかりました」

 こうして海へと向かう馬車からアリシアだけ下りて、アトラの元へ向かった。

 アリシアが行く事にしたのは仲間の通魔鏡の位置に、アリシアなら転移できるからだ。

 劇場に一人着いたアリシアはすぐにアトラと合流した。

「呪歌ですって?」

「そう⋯⋯何か心当たりある?」

「⋯⋯あるわ、そこへアトラも連れて行って」

 こうしてアトラを連れてアリシアは海へと⋯⋯仲間たちの元へと転移したのだった。


 アリシアが着いた時、海岸の特設ステージでは大混乱だった。

 海から大量の魔物が溢れて来ていたからだ。

 逃げ惑う人々を守る為にフィリスやルミナスは既に戦っていた。

「フィリス! ルミナス! どうなっているの?」

「アリシア! こっちは着いたとたんに海から魔物が出て来て、この有様よ!」

「ミルファは何処?」

 海岸で戦っているのはフィリスとルミナスだけでその場にミルファは居なかった。

「ミルファはあっちよ!」

 そうルミナスが指差す先には魔法の翼を使って空を飛び『銀鏡の盾アルジェント』で次々と海の魔物を石化させるミルファの姿だった。

「みんなはそのまま時間をかせいで! その間に私は原因を取り除く」

「わかったわ」

「頼んだ!」

 そしてこの場を仲間に任せてアリシアはアトラと共に海へと向かう。

 そこには狂ったように歌い続けるラティスの姿があった。

「ラティス⋯⋯なんで?」

「知ってる人魚なの? アトラ」

「ええ⋯⋯まあね」

 とりあえず問答はそこまででアリシアは素早くラティスを黙らせる事にした。

 アリシアの魔法によってラティスの歌が途切れる⋯⋯

「なに⋯⋯この呪い、重い⋯⋯」

 以前アリシアが解呪したネズミとは訳が違った。

 アリシアは手こずる⋯⋯歌を止めさせるのと呪いを抑え込む事があまり進まない、このままだと時間がかかる。

 アリシアがそう思った時アトラが歌い始めた⋯⋯この場には場違いなやさしい歌声だった。

 そのアトラの歌声がしだいにラティスの心に届き始める⋯⋯

 ――この歌は⋯⋯アトラ?

 そしてラティスの意識が覚醒した。

「よし! これならすぐに止められる!」

 その言葉どうりアリシアはその呪いを抑え込み消滅させた。


 海の上に呪歌が止まった反動で意識を失ったラティスが浮かぶ。

 それを見たアトラは義足を外して海へ飛び込んだ。

 またたく間にアトラはラティスに近づくと抱きかかえた。

「何やってんのよアンタは!」

 そういってアトラはラティスの頬を叩き続けた。

 それを見ながらアリシアは広域探査魔法を使って周りの様子を探る。

 呪いは解いたがその影響で集まった魔物はまだ留まったままだ。

 しかもまだ引き返さずに近づく存在もある。

「みんな! まだ敵は居る! 気を抜かないで!」

 アリシアは大声で仲間たちに警告する。


 いまだ多くの魔物の襲来を防ぐためアリシア達は海で、そしてドレイク率いる兵士たちが砂漠で防衛し続ける。

 戦いはまだ終わらない。

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