13-03 仕事始め

 魔の森へ戻ったアリシアはそれから一日ゆっくり休んだ。

 そして翌日の一月三日がイデアルの仕事始めである。

 今日は朝早くから王都のノワール公爵邸へ行き、ネージュを迎えに行かなければならない。

 正直ちょっと面倒だなとアリシアは思い始めている、早く魔法転移門ルーンゲートを設置したいというのが素直な気持ちだった。

 ネージュを連れてイデアルへ着いた時、冒険者ギルドの前でも仕事始めを行っていた。

「諸君! もう十分に休んだ事だろう、さあ仕事の時間だ!」

 そのセレナの声に腕を上げて応える冒険者たち。

「あっちも今日から仕事みたいだね」

「そうですわね⋯⋯こちらも気を引き締めなければ」

 そう言ってネージュは一人で製薬工場へと入っていった。

 ネージュを見送ったアリシアは何となく冒険者たちの朝礼を見続ける。

「世界各国のギルドを通じて依頼は既に来ている! すぐに始めるぞ!」

 そうセレナは鼓舞した。


 ここでこのイデアルの冒険者ギルドについて解説する。

 イデアルの冒険者ギルドの周辺には依頼をする人は住んでいない、その為よそのギルドと違って依頼は他のギルドからの斡旋という形に、今はなっている。

 世界のどこかのギルドに「こんな素材が欲しい」という依頼が入り、それが魔の森にしかないものの場合その依頼がこっちに回されて来るのだ。

 そしてそれを事前にアリシアが許可した場所や量の範囲内でのみ、冒険者たちが採取や狩りを行う。

 その狩場である魔の森は三つのエリアに分かれている。

 その区分はいわゆる魔素濃度の濃さで分けられているのだ。

 森の中心から深層エリア、中層エリア、表層エリアと大雑把に分けられている。

 それらの境界は日によって多少変化する、海の潮の満ち引きのように。

 なのでアリシアは冒険者達に今いる場所の魔素濃度を測定する魔法具を与えていた。

 基本的にアリシアが許可している狩猟区は表層エリアだけである。

 しかし中層に侵入する事を禁じてはいない、たんに危ないから可能な限り近づかない方がいいだけだ。

 ただ深層には立入りそのものを禁じている、そこでは冒険者が死ぬからだ。

 あと深層と中層の一部はアリシアが徹底的に管理しているので、荒らされたくないという思いもあるが半面表層はほとんど手つかずの原生林である。

 そこにある資源はアリシアにとってそれほど重要なものはなく、本当に重要な深層や中層を守るバリケードくらいにしか思っていない。

 だからアリシアはそこでの狩りを冒険者ギルドに許可したのだった。


「よし! ひと狩り行こうぜ!」

 そう叫んで魔の森へ行こうとする冒険者たち、それに続こうとしたリオンをセレナが止めた。

「リオン、お前はもう森へは行かんでいい」

「え? なんで?」

 そのリオンの問いには答えずにセレナは冒険者達に問いかける。

「お前たち、まだリオンが必要か?」

「大丈夫だ! もうリオンちゃんが居なくても平気さ!」

「そういう事だ、リオン」

 元々冒険者達はリオンの事を魔の森に不慣れな間だけの案内人だと説明されていたのだった。

 そして魔の森に順応した冒険者たちはもうリオンが居なくても平気だと答えたのだった。

 こうして魔の森へ向かう冒険者達をセレナやリオンが見送る所をアリシアは黙って見ていたのだった。


 そしてセレナ達にアリシアは近づき話しかける。

「おはようございますセレナさん、それにリオンも」

「おはようアリシア殿」

「おはようございます、魔女様」

 セレナの声は二日酔いを感じさせないしっかりしたものだったが、リオンのはやや元気がなかった。

 おそらくたった今、付いて行かなくていいと言われたせいだろう。

「リオン、よく聞け⋯⋯今後はお前の身に何かあっては困るのだ」

「そうだね」

 そのセレナの説明にアリシアも同意する。

「私がアレク様と結婚するから?」

「そうだ、お前にとっては惚れた男に近づければそれでいいかもしれんが周りの者にとってはそうはいかん、エルフのお前とこの国の王になるアレクの婚姻は今後の両種族の講和に必要だ、もし今お前が居なくなれば最悪戦争だぞ?」

 その説明でリオンは今自分が背負っているものに気がついた、しかし⋯⋯

「⋯⋯じゃあなんで私は今まであんな恐ろしい森に行かされていたの?」

「お前を鍛える為に決まっているだろう、度胸もついてはっきり喋れるようにもなった、そうでなければお前はアレクとまともに向き合えたか?」

「⋯⋯無理でした」

「はっきり言ってあのままのお前だったら無価値だった、しかし今はそうではない⋯⋯リオン、自分の価値を理解しろ、これからはな」

「は⋯⋯はい」

 立場が変われば扱いも変わる、その事を理解はしても受け入れるのにはリオンには少し時間がかかりそうだった。

 そしてふとアリシアは思った。

 ――そういえば私は森を出てすぐに王様たちに会ったけど、物怖じしなかったな⋯⋯

 はたしてそれが魔の森の恐怖に慣れ切ったせいだったのか、アリシアにはわからなかった。

「これからは私の傍で机仕事が主になる、慣れろ」

「えっ? えーー!」

 リオンはじっとしているのが案外苦手だった。

「お前は王妃になるんだ、書類仕事ばっかりだぞ、今から慣れておけ」

「はい⋯⋯」

 リオンの長い耳が下がっていた、心底嫌なのだろう⋯⋯

「まあ頑張ってね⋯⋯リオン」

 アリシアは周りの人に嫌な仕事を押し付けられる自分が恵まれているのだと、あらためて感じたのだった。


 それからアリシアは他の場所も見て回る事にした。

 現在イデアルにある施設は先ほどの冒険者ギルドとネージュの美容液工場、あとはこの街の役所と銭湯と鍛冶場と食堂と雑貨屋くらいである。

 他にも住居スペースもあるが、そこには立ち入るつもりは無い。

 なのでアリシアはまず製薬工場へと向かった。

 工場に入ると既に何人もの職員が仕事中だった。

 その手近な人にアリシアはネージュの居場所を聞く。

 その職員はアリシアに緊張しながらも社長室の場所を教えてくれた。

 アリシアはお礼を言った後その社長室へと向かう。

 そしてそこには既に大量の書類に目を通して働いているネージュが居た。

「もう仕事しているんだ」

「あら銀の魔女様、何か御用ですか?」

「いや用ってほどじゃないけど⋯⋯何か困った事はない?」

「困ったことは特に⋯⋯まだここでも仕事には慣れていないので」

「そう⋯⋯」

「ただ⋯⋯ここへ来るのにいつも銀の魔女様のお力を借りるのは、心苦しいと⋯⋯」

 とはいえ今のネージュに片道二日のここと王都を往復する暇も無いのが現実である。

「それに関してはアレク様にここと王都を繋ぐ魔法転移門ルーンゲートの設置の許可を申請しているからたぶんもうじき創れる⋯⋯と思う」

「本当ですか!?」

「一応まだ秘密ね、セレナさんとゼニスは知っているけど」

「わかりましたわ」

「世界中と繋ぐ前に、問題点のあぶり出しの為の先行実験として他の国には話を通すって、アレク様は言ってたけど⋯⋯」

「なるほど、それならすぐに認可されますわね」

 そうネージュは予想する。

「ネージュには直接面倒をかけないと思うけど」

「管理は役場のゼニスに任せるおつもりですか?」

「そうなる予定」

 現在この街の役場はそれほど業務がある訳では無いので、兼任してもらう事になっている。

 将来的には魔法転移門ルーンゲート管理の専門の部署を立ち上げる事になるかもしれない。

「じゃあまた何かあったら報告して、また夕方迎えに来るよ」

「はい、ありがとうございます」

 別れ際、大量の書類をテキパキ処理するネージュを見て将来リオンの負担は少なくなりそうだなと、アリシアは思うのだった。

 こうしてアリシアは工場を後にした。


 そしてその後役場にも立ち寄り、同じようなやり取りを責任者であるゼニスとした。

 ゼニスはアリシアの顧問会計士なのだが現在は大して仕事がない、アリシアがお金をほとんど使わないからだ。

 その為このイデアルの街の財政管理を頼んだのだった。

 ほとんどアリシアの顧問会計士の方がついでになっているのが実状なのだが。

 役場に居たこの街を守るために派遣された警備兵などにも一通り挨拶したアリシアは、その後食堂に行って母が作った食事を取る事にするのだった。

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