12-07 夢見る魔女と夢を見ない王女
私は気がつくと闇の中に居た、辺りを見渡しても何もない。
慎重に前へ進む、すると目の前にテーブルがありグラスが一つあった。
「何かしらこれ?」
少し考えてから特に罠でもなさそうなので、そのグラスを右手で取った。
――本当にそれでいいの?
何処からともなく声が聞こえてきた。
「あなたは誰?」
右手にグラスを持ったまま闇へ問いかける、しかし答えはない。
そしてその答えだと言わんばかりに、そのグラスからまるで血のように紅い液体が溢れて零れる。
思わずグラスから手を放し落とした。
当然のようにそのグラスは割れた。
そしてそのグラスだけではなく、辺りの世界そのものも消え始める。
そのまま、自分も消えていく――
気がつくと再び闇の中に居た。
そして目の前にはまたグラスがある。
今度はそのグラスをなんとなく
今度のグラスの中身は普通のワインになっていた。
――間違えないでね今回も⋯⋯
「いったい何の事! あなた誰!」
その答えは無かった。
そして世界が変わる――
朝の眩しい日差しにフィリスは目覚めた。
とても気持ちのいい朝だった。
「んーよく寝たわ、いい天気ね今日も」
今日は今年最後の日、それを締めくくる二年祭の日。
フィリスはいつも通り目覚めた。
いつも通り見た夢の事など忘れていた。
いや⋯⋯彼女は生まれてから一度も夢を見た記憶が無かったのだ。
今日は色々と忙しいためフィリスは朝食を一人で手早くすませた。
そしていつもの姫騎士の姿で街に出る、毎年の習慣だった。
街は今日の年末と明日の年始に備えて飾りつけや屋台などが出されていて、いつもとは趣が変わっている。
「あっ! 姫様だーー!」
街を歩くフィリスは子供たちに見つかった。
「みんなおはよう」
「おはようございます姫様」
そしてフィリスはその子供たちと共に巡回という名のただの散歩を続けたのだった、去年と同じように。
しかしこの後は去年どおりとはいかない。
昼頃にはアリシアがミルファやリオンを連れてやって来る予定だ。
とくにリオンは警戒しないといけない。
別にリオン自身に非があるわけではないが、今年は彼女が騒動の引き金になる可能性は高かったのだ。
フィリスはアレクがリオンとネージュに求婚した事をつい昨日知らされた。
その正式な発表は二か月後のアレクの誕生日におこなう予定だが、その前段階としてのお披露目をしておくつもりなのだ。
ネージュと違ってリオンはその姿どころか名前すら知らない王国貴族がほとんど、というのが現状である。
そんなリオンが今日初めてアレクの隣にネージュと共に立つ⋯⋯混乱は起こるだろう。
おまけにアリシアはそんなリオンの事を守ると、あらかじめフィリスに言っている。
これまでアリシアはこういった社交界では沈黙を貫いており、それが近寄りがたさにも繋がりトラブルはおこっていなかった。
そしてそろそろ、そんなアリシアにもちょっかいを出す貴族が出始める頃と今回のリオンが重なった。
嫌な予感しかしない⋯⋯それがフィリスの素直な気持ちである。
そんな暗雲を感じつつも今だけはそこから目を背けて、子供たちとの交流を楽しむのだった。
一時間ほど経ってお城に戻って来たフィリスはアリシアが既に来ている事を聞いて会いに行った。
アリシアはアレクの所で何かを話していた。
「おはようアリシア、ずいぶん早いわね? みんなは?」
「やあおはようフィリス、とりあえず今は私だけ来た、また後で迎えに行くよ」
そんな二人の挨拶が終わるのを見計らってアレクが話しかける。
「ではアリシア殿、こちらの馬車を持って行ってくれ」
そう言ってアレクは今書いた指令書をアリシアに渡した。
「ありがとうございますアレク様」
「いったい何の話?」
時間もあまりなかったためにアリシアはフィリスの案内で馬車置き場へと向かう、そしてその道すがらこれまでのあらましを説明した。
「ナーロン物語にちなんでリオンを乗せる馬車をカボチャで創ったら大不評で⋯⋯もう間に合わないからアレク様に普通の馬車を借りに来た」
「またそんな事を⋯⋯カボチャの馬車とか現実だと匂いとかきつそうね」
「実際そうだった⋯⋯創ってみるまで知らなかった、なんであんなものを物語ではやっているのか意味がわからない⋯⋯」
「まあ空想のお話だしね」
「⋯⋯リオンは幸せになれるかな、本のお姫様みたいに」
「わからないわね、兄様が好きなだけじゃ耐えられない事もあるかもしれないし」
「私は物語の魔女ってもっと気楽で楽しい事だと思っていたよ」
「でもそれがアリシアの〝夢〟なんでしょう?」
「そうだけど、ここまで周りに迷惑をかける事だとは考えていなかった⋯⋯ネージュにも悪いことしたしね」
フィリスは周りに聞こえないように小声で話す。
「⋯⋯そのネージュ様だけど兄様彼女とも婚約をしたわよ」
「えっ? じゃあアレク様、二人と結婚するの?」
こちらも小声だった。
「そうなのよ。だから今夜は荒れるかもね⋯⋯」
気が重くなるフィリスに対してアリシアは気が楽になった。
「そっか⋯⋯そうなったのか⋯⋯」
アリシアにとっての目標はあくまで
それさえ達成できればアレクの隣にもう一人立っている事は割とどうでもよかった。
しかもそれがネージュならば、さらに問題ない。
アリシアにとってのネージュは、始めはリオンの為に追い払うただの障害だった。
しかしなんかの間違いで深く関わる事になってしまっていた。
その過程と結果でネージュはリオンやアリシアとも友好を深めてしまった。
この事は大きな誤算だったがアレクが二人を選んだのなら話は大きく変わる。
「これが⋯⋯ハッピーエンドなんだね」
「気楽ね、アリシアは⋯⋯」
「⋯⋯そうだね、ごめん」
アレクが人とエルフから妻を取る⋯⋯確かに面倒な未来になるだろう。
その責任の一端は確かにアリシアにある。
「でも何も起こらないようにする事が私たち王族の勤めだから、アリシアに頼るのは間違っているわね」
「それでも私が余計な事をしたことが原因だから⋯⋯もしもの時は力になる、何が出来るかはわからないけど」
「そのアリシアの決心は無駄にして見せるわ」
フィリスはアリシアに頼らなくてもいいようにする事が自分の役割だと思っている。
しかし、そんなフィリスの力になりたいとアリシアは心の中で誓う、そして⋯⋯
――いつか私はフィリスの夢を叶えたい⋯⋯
そんな新しい目標がアリシアには出来たのだった。
馬車置き場に付きアリシアはリオンを乗せて運ぶ馬車を借り受けた。
「じゃあまた後でね、フィリス」
「また後で、アリシア」
そして転移で帰ろうとするアリシアをフィリスは呼び止めた。
「アリシア! ⋯⋯アリシアの夢、叶えようね」
「うん。 ⋯⋯いつかフィリスの夢も叶えてみせるよ」
「⋯⋯そうね」
そしてアリシアはイデアルに帰っていった。
アリシアが消えた場所を見つめてフィリスは呟いた。
「ありがとう⋯⋯私の魔女さま」
――いつか私のところへ魔女がやって来て、私のやりたい事に力を貸してくれるの!
今までフィリスがたった一度だけ願った子供の頃の夢は、もうすでに叶っている。
だからフィリスはもう夢を見ない。
その代わり追うのは理想だ。
――平和でやさしい世界をつくりたい、その為にならなんだって出来る⋯⋯アリシアと一緒なら。
「今夜は何も起こらない、すばらしい明日はやって来る」
そう信じてフィリスは歩き始めた。
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