12-08 運命への導き手
アレクから馬車を借り受けたアリシアはイデアルに戻った。
「ただいま、馬車を借りて来たよ」
それを見たセレナとリオンは一先ず安心した。
「どうやら今度はまともな馬車だな」
「さっきはびっくりしました⋯⋯まさかカボチャで創った馬車でお城へ行けなんて言われて⋯⋯」
セレナはナーロン物語を多少は読んでいたのでアリシアの奇行は理解できたが、リオンはほとんど本を読まないので全く知らなかった。
「さっきのは本当にごめん⋯⋯私も出来上がったのを見ておかしいとは思っていたんだけど⋯⋯」
アリシアはカボチャをそのまま馬車にしたのだが、匂いなどなかなか酷かった。
かといってカボチャに見える馬車を創ったとしてもそれほどカッコいいとも思えず、もう時間も無かった為、急遽アレクに普通の馬車を借りに行く事になったのだ。
その王家の紋章の入った馬車を見てセレナは感慨深くなる。
――これにリオンを乗せて送り出す日が来るとは、な⋯⋯
もちろん今日、婚約発表があるわけではない。
あくまでも今日の二年祭はその前のお披露目である。
しかしそれでもアレクの隣にリオンが立つ事には違いはない。
そして今日集まる貴族たちはその意味を考えるだろう。
そこにどんな反応があるのか王家を離れて久しいセレナには正確には予想できない。
「アリシア殿⋯⋯リオンの事、よろしく頼んだぞ」
「もちろん⋯⋯私が始めた事なので」
アリシアは起こるかもしれない何かに、気を引き締める。
「いつも送り迎えありがとうございます、銀の魔女様」
たぶんリオンはわかっていない、アリシアがやっている事なんて⋯⋯
でもそれでいい、知らないままのリオンをアレクの元へ送り届ける事が、アリシアが始めた物語なのだ。
「じゃあ行ってきます、セレナさん」
「行ってきます、セレナ様」
アリシアとミルファが馬車に乗り、最後にリオンが乗る。
「セレナさん! ありがとう!」
馬車の窓から顔を出すリオンにセレナは返事を返す。
「お礼はまだ早い、馬鹿者⋯⋯また戻って来い、まだ教える事はいっぱい残っているんだからな」
「はい! 必ずここに帰ってきますから」
そしてセレナを残して馬車は消えた。
「⋯⋯帰ってくる⋯⋯か」
そのリオンの言葉はセレナには悪くないものだった。
一方アリシアによって転移した馬車は、王都の少し離れた場所へと現れた。
そこにはあらかじめ王国騎士団とそれを率いるルックナー将軍が待っていた。
アリシア達はいったん馬車から降りて挨拶する。
「お待ちしておりました、銀の魔女様方」
「お久しぶりですルックナーさん、今日はよろしくお願いいたします」
予定ではここから普通に馬車で街に入るのだ、何でもリオンはアレクが招待したと伝わるようにとの事らしい。
要するに儀式みたいなものである。
そして今回のアリシアはそういった形式を踏む事を、ある程度楽しんでいるのだった。
一方こういう場でアリシアの従者として注目を浴びる事になるミルファは、もう完全に割り切って心を無にしていた。
そしてリオンはガチガチに緊張していた。
いろいろとセレナに仕込まれたリオンだったが、初対面の人が多く居るとしり込みするのは変わらないらしい。
いざアレクに会ってしまえば自然体になれるのだが、その直前はけっこうグダグダだった。
「今日はよろしくお願いします」
そう何とかリオンは伝えられた。
「はい、お任せください皆様方」
騎士の中から一人馬車の御者として乗ってもらい、ゆっくりと馬車は進み始めた。
お城を目指して。
城門をくぐり城下町へ入る馬車、それを民たちが出迎える。
今回のリオンは以前の時の様な分厚いカーテンで遮ったりはせず、窓から顔を見せて手を振って応えていた。
アレクから貰った眼鏡越しに見る城下町は多くの人が溢れていた。
それを見てリオンは膝が少し震えている、早くアレクに会いたいと思っていた。
「リオン落ち着いて、私達もいるし⋯⋯」
「そうですよ、リオンさん」
リオンを落ち着かせようとアリシア達は小声で話しかける。
「ありがとう⋯⋯魔女様、ミルファさん」
アリシアはお礼を言って欲しくて行動してる訳では無いが、悪い気はしなかった。
「こちらこそありがとう、リオン」
「え?」
リオンは何故アリシアにお礼を言われるのか理解できない、そんな雑念が返って民衆への恐怖感を忘れさせた。
いつしかリオンの膝の震えは止まっていたのだった。
城下町を抜けてお城へと到着した。
そしてそこで出迎えるのはネージュだった。
「ようこそ銀の魔女様⋯⋯そしてリオン」
「ネージュ、あなたが出迎え?」
「今日はお招きありがとうございます、ネージュ」
アリシアは訝しげにネージュが出迎えた事が気になった、てっきりアレクがやると思っていたのだ。
しかしリオンは友達のネージュが現れたため、ようやく緊張から解き放たれたようだ。
そしてミルファが会話に参加しないのは、従者に対してこういった時に話しかけないのは社交界でのマナーだからだ。
よってミルファとネージュは無言で目を合わせた後、軽く会釈するに止まる。
「はい、今日はわたくしが皆様方をご案内させていただきます」
この役目はネージュ自身が志願したものである。
アリシア達はともかくリオンがお城の雰囲気に飲まれてしまわないように、守りたいと思ったからだった。
そして自分とリオンがとても仲がいいと、周りの貴族たちに見せつけるという打算もあった。
今日のリオンと自分はかなりの時間、アレクの隣に居るだろう。
その意味を考えない貴族はいない。
それなのにネージュとリオンが仲たがいしているなど勘違いされれば、最悪どちらが正妃に相応しいかという貴族たちの派閥が二つに割れてしまう。
もしそうなったら後から修正は困難だろう。
だからこそ始めが肝心だとネージュは思った。
今日はリオンと仲良くしリードする、そしてそれを周りの貴族たちに見せつけて知ってもらうのだ。
「では皆様方、大広間へご案内いたしますわ」
そしてネージュの思惑通り、その光景を見つめる多くの貴族たちが居た。
そしてその中にはローレル伯爵とその派閥も居たのだった。
「見たか! ローレル殿!」
「ああ⋯⋯」
ネージュがアリシア達を出迎え親し気に話す姿に、純血派の貴族派閥は喜びを隠せない。
「銀の魔女とエルフの姫、二つの力を最も御しているのは我らがネージュ様だ!」
そういって興奮する彼らを、酷く冷めた目でローレルは見ていた。
ローレルは思う⋯⋯
あの日の自分はどうかしていたと、日を跨ぐ毎に冷静になってくる。
やはり革命など起こしたくはない、アレクの命を奪いたくはない、それをネージュが喜ぶなど考えられない。
そんな風に思っていた、しかし⋯⋯
それでもローレルは彼らと未だに行動を共にしている。
迷っている⋯⋯いや、どっちつかずといった感じだった。
何が正しくて何が間違っているのか、その境目が今のローレルには曖昧だった。
でも見極めなければならない、残された時間は僅かだ。
その時間の中で革命を起こすべきか止めるべきか、その答えを出さなければいけない。
そんな今のローレルは、ギリギリのバランスで保たれていた。
きっと何か⋯⋯僅かでも切っ掛けがあればどちらにでも転ぶ、そんな状態だった。
「ネージュ様の幸せを⋯⋯」
今、城の中へと遠ざかっていくネージュの姿がローレルには眩しく見えたのだった。
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