12-03 アレクの決断
アレクは帝国から戻って来た日の昼過ぎに、父親であるラバンの元に深刻な表情でやって来た。
「⋯⋯どうしたアレク?」
「父上⋯⋯いえ国王陛下、今日は大切な話が合って来ました」
その改まった態度にラバンは気を引き締めた。
「話せ、アレク」
「実は⋯⋯リオンを妻にすると決めた、ついてはその為に必要な力を貸して欲しい」
「⋯⋯詳しく話せ、どうしてそうなった?」
こうして話し始める、アレクは父ラバンにリオンを妻にすると決めた経緯を⋯⋯
そのアレクの話を聞きながらラバンは思った。
これはアリシアの行って来た活動の結果が、実を結んだんだと。
そのこと自体をラバンはアレクに語る気はない、おそらく永久に。
問題はアレクとリオン二人の婚姻についてだ。
別にそれ自体は構わない、王家はサンドラを失い今後はゾアマンとの関係が疎遠になる可能性がある、その為の関係強化の為のリオンとの婚姻は受け入れられるだろう、しかし⋯⋯
それは人族の正妃を迎えた上の側室だったらだ。
「アレク、確認するが結婚はリオンとだけか?」
そのラバンの質問はアレクにとって頭の痛い、予想された問いかけであった。
「正直言って本心から結婚したい相手はリオンだけだ、しかしそれが難しいと理解もしている、別の人族の正妃を取った方が話は円滑に進むだろう⋯⋯」
「よくわかっているようで安心した⋯⋯で、誰を正妃にするのだ?」
「ネージュしかいないと思う」
そのアレクの考えは極めて妥当であった。
「ネージュ嬢を選ぶ理由は?」
「元々私はネージュと婚姻すると思っていた、そしてそれに関して今日まで不快に思った事は無い、ネージュは良き王妃になる素晴らしい女性だ」
「ネージュ嬢を愛してはいないと?」
「私の妃になる以上は人格や能力が優先される⋯⋯そう、思って来ましたから。 今更愛しているのかどうかわかりません」
アレクが言っていること自体はなんらおかしくはない、国を統べる王族の婚姻とは本来そういうものだからだ。
ラバン自身もそう思って国益に最も適うセレナリーゼと結婚したのだ。
そして愛した、妻を⋯⋯婚姻から始まる愛など王族には珍しくも無いのだ、しかし――
「それがわかっていたなら大人しくネージュ嬢とだけ結婚しておけば、よいではないか」
「わかっています父上⋯⋯それが最も賢明である事は、しかし私はもう賢明になれない、リオンを愛してしまったから⋯⋯」
「幸運だったなアレクよ、リオンとの婚姻はこの国の国益に叶うものになる、後はネージュ嬢さえ承服してくれたらだが⋯⋯」
「私が話をします、ついてはまず御父上のノワール公爵との席を設けては貰えませんか?」
「そうだな、話はまずそこからだ、手配しておこう」
「ありがとうございます父上」
そう言って退室しようとしたアレクをラバンは呼び止めた。
「アレクよ、王には何よりも優先される事がある。 しかしそれでも人なのだ、だから何か一つくらいは心の拠り所が必要なのだ⋯⋯」
「父上」
「この決断はこの国の未来を左右する、だがお前の人生でもある。 必ず上手くやれ」
「はい、父上」
そう言ってアレクは振り返り今度こそ退室した。
「⋯⋯アリシア殿が関与し始めて二か月といった所か⋯⋯思いのほか早かったな」
そうラバンは戦慄を通り越えて呆れさえ感じていた。
――さて、どうなるのか?
ラバンはアリシアが描いている次のシナリオを信じて待つだけだった。
そしてそんなものはとっくに無い、アリシアの手を離れた運命の小舟は何処へ辿り着くのであろうか⋯⋯
ラバンはそんな事実を全く知らなかった。
その翌日、グレル・ノワール公爵はラバン王から呼び出された、至急話し合いたい事があると。
そしてグレルにとっても都合の良いタイミングだった。
昨夜娘と話し合い、これからの事をラバンと話し合いたいと思っていたからだった。
そんな朝、グレルは娘のネージュも出かける支度をしていた事に疑問を持つ。
「ネージュ、今日はお前を城へ連れて行く気はないが?」
「いえ違いますお父様、今日はこれからイデアルへ向かうのですわ」
イデアル⋯⋯それは銀の魔女が新しく作ったばかりの、魔の森の近くの街の名だ。
「今から行くのか? 新年際に間に合わなくなるぞ」
ここ王都エルメニアとイデアルは馬車で二日ほどの距離である。
その為往復の日程だと数日後のお城で行われる新年際には間に合わない。
「大丈夫ですお父様、今日中に帰りますので」
「今日中にだと?」
そのグレルの疑問の答えがすぐにわかる。
「お嬢様お迎えが参りました」
そう使用人がネージュを呼びに来たからだ。
そしてその迎えの使者が誰なのか、グレルはすぐに知る事になる。
それは銀の魔女アリシア本人だったのだ。
「銀の魔女様、ありがとうございます」
「いいよ、こっちの都合だし今日の予定は⋯⋯ノワール公爵、ネージュをお借りします」
「ああ頼む⋯⋯」
「夕暮れまでには送り届けるのでご安心を」
「そうか、わかった⋯⋯ネージュよ精一杯頑張りなさい」
「はいお父様、では行ってまいります」
そう言ってネージュとアリシアは消えてしまった。
「⋯⋯私も行くか、城へ」
こうしてグレルは慌ただしく城へと向かうのだった。
グレルが城に着くとすぐに王であるラバンとの面会が始まる、そしてその席にはアレクも居た。
「グレル、よく来てくれた」
「王の命とあればすぐに駆け付けるは、臣下の勤めです」
その畏まったグレルの態度がラバンにはいつもより慇懃に思えた。
「ノワール公よく来てくれた、今日の面会は私が王に頼んで貰ったのだ」
「アレク殿下が?」
「ではこれより話は、息子のアレクが行う」
つまり王は立会人に過ぎないという事かと思いながら、グレルはアレクの言葉を待った。
「さっそくだが本題に入る。 ノワール公、貴方のご息女のネージュを正式に妻に迎えたい」
「は?」
グレルは思わず変な声が出てしまった、それはそうだろう今アレクはリオンに熱を上げていると思い込んでいるグレルからすれば今日のこの面会で婚約破棄を言い渡されるのでは⋯⋯とすら、覚悟していたからだった。
「⋯⋯それは構いません、その為に儂はネージュを育ててきたのだから⋯⋯話はそれだけですかアレク殿下よ?」
「⋯⋯実はもう一つある、同時にエルフからも妻を取ると決めた」
「それは良い判断ですな、それで正妃はどちらに?」
「もちろんネージュだ、彼女ほど私の正妃に相応しい者は居ない」
そのアレクの言葉はグレルにとって一番聞きたかった答えだった。
「では娘を選ぶのは単に能力だけで、ですかな?」
意地の悪い質問だとグレル自身も思う、王族の婚姻などそんなものは当たり前なのに。
「この際はっきり言おう、私はもう一人の妻にする女性⋯⋯エルフ族のリオンを愛してしまった、だから人族からの正妃は彼女を拒絶しない人選が最優先になる」
「それが娘だと?」
「そうだ、彼女たちは親友だ、二人なら私の妻同士上手くやっていけると確信している」
「つまり私の娘はそのエルフのおまけだと言いたいのですかな、殿下は?」
「そう聞こえても仕方がない自覚はある、しかし私はこの事で言葉を飾り不誠実にはなれん。 約束する、私はネージュをリオンと同じように幸せにして見せる、だから貴方の大切な娘を私にください」
そう言いきってアレクは深く、グレルに頭を下げたのだった。
そしてグレルは考える。
もうすでにグレルはネージュの意志を知っている、この申し出を受ける事に何一つ文句は無い。
「もしも娘を⋯⋯ネージュを不幸にしたら殿下、貴方の命を貰うぞ」
「どうぞご自由に⋯⋯ありがとうございます、ノワール公」
こうして話は終わった。
この後はいつ正式に発表するとかの細かい打ち合わせが続いたのだった。
グレルが城を出た時もう夕刻だった、馬車に乗り貴族街の公爵邸へと戻る。
その時ちょうどネージュが戻って来た、アリシアの転移魔法によって。
「ノワール公、ネージュをお返しします、それじゃまた明日ネージュ」
「はいありがとうございます銀の魔女様、それではまた明日ごきげんよう」
「ごきげんよう」
そう言い残しアリシアは消えた。
「ネージュ、明日も行くのかイデアルへ?」
「はい」
「そうか⋯⋯後で儂の部屋へ来なさい、話がある」
「はい、お父様」
グレルは安心していた、娘にいい知らせを出来る事に。
そして革命など起こす必要はもう無いとこの時、確信していたのだった。
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