11-14 誕生祭一日目 その五 偉業への挑戦
アレク達が去っていった後、馬の厩舎で働く老人が一人の騎士を出迎えていた。
「これは騎士様、毎日精が出ますな」
「爺さん、あんたほどじゃないさ」
「ははっ! こっちはこれだけが生きがいでしてね」
そんないつもの挨拶を終えて、その騎士はある馬の前に立つ。
その馬は小柄な葦毛だった。
周りの馬と比べて一回り若い馬だった。
「餌は食っているか?」
「よく食ってますよ、騎士の旦那」
「そうか⋯⋯」
その騎士はその葦毛の馬を愛おしく撫でた。
「旦那⋯⋯本当にその馬で出る気ですかい、明後日のレース?」
「ああ、そのつもりだ」
「その馬はまだ若い⋯⋯来年ならともかく、今年勝つのは無理だと思いますぜ」
「⋯⋯勝ち負けなんてどうでもいい、こいつで走りたいんだ、今年はな」
「ならもう止めませんがね⋯⋯」
そしてその騎士は馬の状態を確認し終えると帰っていった。
「あんな事が無ければ旦那は史上初の五連覇も夢じゃ無かったのに⋯⋯残念だな」
騎士の男を見送った老人は、その相棒である若い葦毛の馬を見つめながら残念そうに呟いたのだった。
そして夕刻になり、ネージュがゲストハウスへと帰還した。
すると何やら慌ただしい様子だった。
「ただいま戻りましたアレク殿下、これは一体何の騒ぎですか?」
「お帰りネージュ、これから三国合同夕食会だ、君も支度してくれ」
「ええ⋯⋯わかりましたわ」
その予定になかった行事にやや戸惑うネージュだった。
そしてアレクの言った通り夕食会が始まった。
「――こうして皆と共に食卓を囲み親睦を深める機会に⋯⋯乾杯」
この夕食会の乾杯の音頭を取ったのはウィンザード帝国の皇帝アナスタシアであった。
席順は国ごとに分かれるのではなく年齢ごとに仕切られていた、いわゆる大人組と子供組に分けられたと言ってよい。
そして穏やかにその食事会が始まり、やがて最後のお茶が運ばれる。
マナーとしてはここからが歓談の時間である。
「フィリス、ルミナス、いつもこんな夕食会するの? 前の世界会議の時は無かったけど?」
「そうね、今までこんな事は無かったわね」
そうルミナスが答える。
「⋯⋯アレク兄様が提案したみたいよ」
そうフィリスに言われてアリシアはアレクの方を見る。
席順的にはアレクは大人組の方になっていたため、アリシア達子供組とは席が離れていたのだった。
アリシアの視線を感じたのかアレクは不意にこちらを見て、少しだけ微笑んだ。
「⋯⋯気をきかせてくれた、という事かな?」
「どういう事アリシア?」
「ここへ来る前にアレク様に、これからも国同士ずっと仲良くして欲しいって言ったんだ」
「なるほど⋯⋯それでこんな機会を提案したのね兄様は」
アリシア達の近くで話を聞いていたリオンは、やっぱりアレクは凄いなと思った。
そんな話をしていたアリシアは意を決する。
「フィリス、ルミナス、ミルファ、あの話今ここでしよう」
「ここで?」
「確かにいいタイミングかもしれませんね」
「⋯⋯頑張ってくださいアリシア様」
そう友人たちに背中を押されてアリシアは立ち上がる。
「少し私の話を聞いて欲しい」
その声で少し離れた大人達⋯⋯各国の王たちがアリシアに注目した。
「何かな、アリシア殿?」
とりあえずアリシアへの対応の代表はラバンが行うようだった。
「今私は魔の森の近くに街を作っている⋯⋯そして、その街にある設備を作る計画を立てている」
「ある設備だと? なんだそれは?」
「それは私一人で創れるけど作ってはいけない物です、多分この世界の在り方を大きく変えてしまうので⋯⋯」
そこでアリシアはいったん区切る、そしてゆっくりと王達一人一人と目を合わせてからはっきりと告げた。
「その作ろうとしている物は転移門です」
大きなざわめきが起こる。
「アリシア殿⋯⋯その転移門とはあの伝説の⋯⋯別の場所どうしを繋ぐあの転移門か!?」
「はい、そうです⋯⋯あれから色々調べて魔の森と六ケ所繋ぐくらいなら出来ると判断しました」
「六ケ所? それは我々の国とか?」
「はいそうです、エルフィード王国、ウィンザード帝国、アクエリア共和国の四つの都、それぞれを魔の森と繋ぎそこを中継する事でお互いの国に移動しやすくする⋯⋯世界中どこへでも、それが私達が立てている計画です」
「私達だと?」
そしてラバンはフィリスを、アナスタシアはルミナスを見た。
「技術的には可能です、でも勝手にしていい事ではないし問題は必ず起こるはずなので、それでもこの計画を進めて欲しいと全員が賛同してくれたなら私は⋯⋯銀の魔女の名を残すものにしたいです」
しばらく沈黙が訪れる⋯⋯
「⋯⋯なぜ今そんな話をした、アリシア殿?」
「今日まで皆さんが作りあげてきたこの〝やさしい世界〟を、私も信じたくなったからです。 そしてその維持のためにはもっと頻繁に手軽に行き来出来た方がいいのではないかと、みんなで考えました」
「⋯⋯全く、とんでもないことを言い出してくれたものだな」
「わかっています身勝手な事だってことは⋯⋯だからこそ、そんな事も出来るのだと今知ってもらって、これからゆっくり考えて欲しいのです、作るべきか作らざるべきか⋯⋯その答えを私は待ちます、何年でも」
今王たちの頭の中で様々な事が巡っているだろう。
「何かご質問があれば答えますが、仕様とかは予定通りにならないかもしれませんが⋯⋯」
「⋯⋯どの程度の規模なのだ、その転移門は?」
「そうですね、王様たち同士が毎日往復する程度の使い方なら全く問題ないです」
「では物流など大きな商業利用は出来ないのか?」
「出来なくはないけど魔の森の魔素だけでは常時繋ぎっぱなしは無理ですね、時間や回数を制限するか出口側も魔力を供給できる魔素溜まりに作れば可能だと思います」
それから暫く王達のいくつかの質問に対しアリシアは丁寧に答える、そして――
「アリシア殿最後に聞きたい、この事業で得るアリシア殿の報酬はなんだ?」
その最後の問いはアレクだった。
アレクは疑問だった、最近アリシアが変わりつつあることは気付いていたが、それでも魔女のルールを逸脱しない範囲内でだ。
そしてこの計画は明らかに、アリシアへの対価を支払いきれないとアレクは思っていた。
ここまでしてアリシアが得たいと思うものが知りたかった。
「一つは単なる自己満足、創ってみたいから作るだけ。 二つ目は私の名をこの世界の歴史に刻む様な偉業を一つくらいはしておきたいと思ったから。 そして三つめは⋯⋯私もこの世界に貢献できたっていう満足感が欲しいから、それが私の報酬」
「⋯⋯採算は度外視という事か」
「この計画だけです、多分こんな事をするのは」
王達は考え込んでしまう。
「⋯⋯あの皆さん、こんな事いうのもなんですが私だってすぐに作れる訳じゃないんで、この場ですぐ答えを出して欲しい訳じゃないです」
「いつまでだ?」
「とりあえず来年の春の世界会議までにどうするか決めて頂ければいいなと思い、この場で発表しました」
一同は完全に黙り込んで考え込んでしまった。
「あの⋯⋯とりあえず皆さん、明日からのミハエル殿下の誕生祭もありますし、いったんは置いておいてください」
「⋯⋯そう思うのなら終わってから言って欲しかったな」
「すみません⋯⋯ごめんねミハエル殿下も」
アリシアは王達に謝罪しながら、最後に迷惑をかけたミハエルに謝った。
「いえ構いませんアリシア様、むしろ僕の誕生日でこんな凄い事を言ってもらえて嬉しいくらいですから」
そうミハエル本人に言ってもらえたおかげでアリシアは、この誕生祭を台無しにせずに済んだと思った。
やはり軽率だったと思いつつも行動したこと自体は後悔はない、少しずつ自分のやりたい事をみんなに知ってもらう努力を続ける、そしてそれに全力を尽くす、後悔をしないように。
ミハエルの誕生祭最初の一日目は、アリシアの起こした大きな波紋によって終わりを告げた。
その結果がどうなるのか今はわからない。
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