11-13 誕生祭一日目 その四 宣伝活動
アリシア達がゲストハウスでオリバー相手に盛り上がっていた頃、帝都にナロンが戻って来た。
「やっと着いたー!」
「お疲れナロン」
ナロンと共に帝国首都ドラッケンに来たのはカカロ山へ行くときに一緒だった、槍使いの冒険者だった。
どうやらナロンの紹介した店で無事新しい槍を作ってもらえたようだった。
そのお返しにとその冒険者はわざわざ日程を合わせて、ナロンと一緒にここまで同行してくれたのだった。
なおナロンは父ガロンにその事で愚痴られる事になった、「なぜ自分を紹介しなかった」と。
とくにガロンは槍作りが苦手でもないらしい、ナロンが知らなかっただけだったのだ。
一方ナロンが紹介した店の主人はガロン相手に勝ち誇っていた、二人は昔からのライバル関係だったらしい。
ナロンは思う、当たり前だと思う物ほど案外見てはいなかったのだと。
「じゃあナロン、俺はこのままギルドへ行くから、またな」
「はいありがとうございました、またどこかで!」
ナロンにとってその冒険者との出会いも別れも一時の事だったが、それでも得た経験はいずれ作品に生かせればと考えるナロンだった。
「さあ、アトラに会いに行こう」
こうしてナロンはアトラが居るはずの、帝国劇場を目指すのであった。
帝国劇場にとってファンが演者の誰かに会いたいとやって来ること自体は珍しくもないが、いちいち相手をする事は無い、それは演者を守る事でもあるからだ。
だから最初はナロンも門前払いになるはずだった。
しかしナロンがアトラの名前を出すと話は変わってくる、今アトラの名前を⋯⋯ましてや人魚であるという事を知ってやって来るのは、明らかに関係者だからだ。
長い時間を待たされナロンは劇場へと入る事が許された、しかしナロンにとって待たされることはいつもの事であり、頭の中でどんな物語を書くか考える心の余裕さえあった。
そしてナロンは楽屋へと案内されアトラと再会した。
「あらナロンじゃない、来てくれて悪いんだけど歌は明日の本番まで待っててね!」
「うん楽しみにしているよアトラ、今日ここへ来たのはこれを渡したくって⋯⋯」
ナロンが持って来たものは、実家で父と一緒に作ったビキニアーマーである。
さっそくアトラはそれを試着してみた。
「どうアトラ?」
「んーいいんじゃない、動きやすいし音も出ないし」
どうやらアトラは気に入ったらしい。
「カッコいい⋯⋯」
二人の傍で休憩していたアイリスは素直にそう思った、アトラの下半身のアーマー部分によくあった上半身になり、これまでのチグハグ感がなくなった事によってまさにアトラは戦乙女といった風貌に早変わりしたからだ。
「ふふん、どうよ!」
アトラはその場でクルクルと周り、作業をしていた周りのスタッフにも見せつける。
そしてそんなスタッフの中に衣装担当の者が居たため、アトラはそのスタッフに迅速に引きずられて行くのであった。
「あーれー⋯⋯」
「アトラ!」
「⋯⋯明日の本番用の衣装を変更するんでしょうね、予定では鎧の足はなるべく隠すロングスカートの予定だったから」
そんなアイリスの解説にナロンは、
「余計な事したかな⋯⋯」
「いいんじゃない、あいつらプロよ。 今から衣装変更するってことは間に合うと、そしてその方がいいと判断したんだから明日の本番はもっとよくなるはずよ」
「プロの仕事か⋯⋯」
アトラも居なくなり渡す物も渡したためナロンは帰る事にする。
「じゃあ明日は頑張ってね」
そうナロンは休憩中のアイリスに手を振った。
「期待してなさい、明日の本番をね!」
その生意気そうな少女の言い方がアトラそっくりだったため、思わずナロンは吹きだす。
「何よ、あんた失礼ね⋯⋯」
「ごめんごめん、なんかアトラそっくりだったから、ついね」
「⋯⋯あの人魚、いつもあんな調子なの?」
「そうだよ」
「⋯⋯正直ムカつくけど、凄いよあいつ」
「うん、知ってる」
「明日は絶対負けない、主役は私なんだから」
「そっか⋯⋯楽しみにしているよ」
そう言ってナロンは楽屋を出た。
そして帰ろうとするナロンを支配人のリゲントが呼び止めた。
「お待ちくださいナロンさん」
「あ⋯⋯先ほどはどうも、突然押しかけて申し訳ございません」
「いえそれはいいのです、本当にお知り合いでしたので⋯⋯居るんですよね、知り合いのふりしたファンの方が⋯⋯」
「ははは⋯⋯」
ナロンは乾いた笑いを返す。
「ところでナロンさんは作家の方だとか?」
「え⋯⋯アトラに聞いたんですか? よしてくださいよ、まだデビュー作一本のド新人なので作家なんて烏滸がましいです」
ここでリゲントはおやっと思った、あのアトラが誉めていたのだからてっきり凄い作家だと思い込んでいたからだ。
「ええっと⋯⋯あった」
そう言ってナロンは荷物から自分の本を取り出す、その本は見本としてマハリトがナロンの所へ持って来た五冊のうちの一冊である。
ちなみに一冊は保存用にナロンの部屋に、もう一冊は魔の森のギルドの食堂に、さらにもう一冊は実家に置いてきた為、ここにあるのは後二冊だ。
その内の一冊をナロンはリゲントへ手渡した。
「これがあなたの本ですか?」
「そうです⋯⋯拙くて恥ずかしいけど、良ければどうぞ」
「ええ、読ませてもらいますよ」
こうしてナロンは帝国劇場を後にした。
ナロンを見送ったリゲントは、
「しばらく忙しいし、読むのはまた今度だな⋯⋯」
わりとぞんざいな扱いだった。
この時宿に戻ったナロンは大きな勘違いをしていた事に気付くのは、もう少し後になっての事である。
その頃、ネージュはある貴族の館へと赴いていた。
そこはネージュが先月懇意になったばかりの伯爵家である。
「あらネージュさん、よく来てくれましたわ」
「ご無沙汰しております、奥様」
挨拶もそこそこにネージュと伯爵夫人は本題に入る、そう美容液に関してだ。
まだネージュの帝国での人脈は、ほとんど無いといってよい。
そしてこの伯爵夫人こそが先月のルミナスの誕生祭の時知り合った、伝手の一人である。
ネージュが見定めた条件は、ある程度地位が高く顔が広くて宣伝効果が期待できそうな女性だった、しかも家では当主の頭が上がらなさそうな雰囲気の⋯⋯
ネージュの読み通りこの家の主人はこの件に関して無関心ではあるが、妻のわがままを全て叶えるというまさに理想の貴族家だった。
いくつものめぼしい貴族の中からこの幸運を引き当てた事に、ネージュは思わず震える。
しかし、そんな素振りは一切見せず商談を進めていく。
「奥様、こちらが例の美容液でございます」
「こ⋯⋯これがっ!」
しかしまだネージュは現物を渡さない。
「こちらの要求は明日の演劇祭に行く際に使って頂き、そしてそれに興味を持たれた奥様のお友達にも分けて差し上げて欲しいだけです」
「その誰かは、私が選んでいいの?」
「ええ、奥様の選ばれる方は素晴らしいに決まっていますから、信頼しておりますわ」
今この時、目の前の伯爵夫人がどんな計算を巡らせているのか、ネージュは大体予想できている。
綺麗ごとだけではない、家の利益に繋がるどの相手に自慢し施すのか計算を巡らせているに違いない、しかしそれでいいそれこそがネージュの企みなのだから。
まだネージュには帝国での十分な人脈は無い、だからこの婦人の人脈を利用する。
もちろん見返りはある、若さを保つという抗いがたい報酬を。
もしもこの伯爵夫人がネージュを裏切って今渡す試供品を独り占めしたとしてもそう長くは持たないだろう、夫人が手持ちの美容液を使い果たす頃にはこの伯爵夫人の名はネージュのブラックリストに刻まれているのだ。
そして二度とその美容液を手にする事は出来ないだろう。
ネージュが選んだこの伯爵夫人は欲に忠実ではあったがそこまで愚かではない、ネージュの言われるままに広告塔の役目を果たすつもりだ。
「わかったわネージュさん、私に任せなさい」
「期待しております奥様⋯⋯今後とも我が『プリマヴェーラ』をよろしくお願いします」
こうしてまた一つ、ネージュは自分の仕事をこなすのであった。
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