11-06 帰郷
アリシア達がケーキを食べアトラが楽譜に苦戦していた頃、ナロンは一人故郷を目指していた。
ナロンの故郷のカカロ山はこの帝都から馬車で二日ほどの距離である。
帝都の外で駅馬車に乗り、ナロンは故郷を目指す。
しかしそれは孤独な旅ではなかった。
「へーそうなんですか!」
今ナロンは馬車に乗り合わせた見ず知らずの冒険者と話の真っ最中だった。
ナロンが目指すカカロ山は帝都より南に位置する、そのためローグ山脈という高い壁に阻まれてはいるが、直線距離だと魔の森とは案外近かったりする。
もっとも険しい山脈を超えるより、共和国側を迂回する方が普通は早いし安全だが。
そんなカカロ山を目指す冒険者は意外に多い。
なぜならそこは鍛冶師の聖地でもあるからだ。
中堅を卒業し、そろそろ一流へ⋯⋯そう考える冒険者たちは装備の一新を考える。
そして目指すのがドワーフの山カカロ山だった。
そこには優秀な鍛冶師が数多くいる、だから優秀な装備が手に入るのだ。
今ナロンと話している冒険者もそんな理由でカカロ山を目指す一人だった。
「いつかこの手で竜を倒すのが夢なんだ、その為の武器はいくらくらいするんだろうか?」
「えーと、どうなんでしょう?」
ナロンは鍛冶場で働いてはいたが経営には全くかかわっていなかったので、相場というものがわからなかった。
ナロンは思った。
当たり前で身近なものほど案外知らない事があるのだなと。
こうして故郷へ戻る旅の途中でも作品作りのための取材は欠かさなかったが、それは故郷の父との再会を緊張するナロンの現実逃避だったのかもしれない。
「ふー、やっと着いた⋯⋯」
二日間の旅を終えてナロンは故郷に戻った。
「じゃあなナロン」
「はいさようなら、あっ! あっちのドダンって人の店がオススメですよ!」
ここまで一緒に来たその冒険者は槍使いだった、そして自分の父はあまり槍を作らない職人なので知り合いの店を紹介したのだ。
「ありがとうな!」
その冒険者と別れてナロンは一人に戻った。
今から家へ戻る、あらためて緊張がこみ上げてくる。
「よし帰ろう!」
意を決してナロンは自宅へ向けて歩き始めたのだった。
家までの道を見てナロンは思う、何も変わっていないと。
むしろこの短期間で変わった自分がドワーフ族としては異端だと、ナロンは理解している。
「着いた⋯⋯」
時間は昼前だ、中から料理の匂いが漂っている。
間違いなく母はいる、そしてそろそろ父も昼食の為に帰ってくる頃だろう。
丁度いい時間に帰れたと前向きに考え、ナロンは自宅のドアを開いた。
「ただいま母さん!」
中から走る音が聞こえる。
「ナロン! 帰って来たの!?」
「うん⋯⋯ただいま」
「⋯⋯お帰りなさいナロン」
こうしてナロンはついに帰宅したのだった。
自宅に上がりナロンは荷物を下ろす。
「ナロン、もうすぐ食事の時間だから少し待ちなさい」
「あっ! 手伝うよ母さん」
そしてしばらくして玄関のドアが開く音がした。
ゆっくりと近づく音がする。
そして帰って来た父ガロンはナロンを見つめた。
「帰って来たのか」
「うん、ただいま父ちゃん」
その後ナロン一家は無言で食事を済ませるのだった。
「何しに戻って来た?」
食事が終わり最初に口を開いたのはガロンだった。
「今、魔の森で働いている、働きながら本を書いてる」
そう言ってナロンはこの間出版されたばかりの自分の本を、ガロンに差し出した。
厳密には魔の森へ行く前に書いたもので、魔の森で書いたものはまだ書籍化されてはいないのだが。
無言で受け取ったガロンはその本を読み始める。
そのナロンの物語は一人の少年が冒険者を夢見て準備する話だった。
主人公の少年はあるパーティーの荷物持ちだった。
しかし温かい先輩たちに見守られ、冒険者資格を取れる十三歳になった時に物語は始まる。
少年はそれまで得た知識で依頼をこなそうとするが、意外に上手くいかない。
諦めず何度も挑戦し、時には元のパーティーメンバーの助言などを受けながら、少しずつ進み⋯⋯
最後は初めてゴブリンを討伐して終わる、といった内容だった。
言ってしまえば、駆け出し冒険者あるあるといった内容を物語にしたものである。
しかし実際にそういった失敗を繰り返した冒険者たちとの取材によって、中身のある内容になっていた。
「久しぶりに安物の、良い剣を打ちたくなったな⋯⋯」
それがガロンの感想だった。
ガロンはこの本を読んで、冒険者を目指す若者が最初に手にするのに手ごろな剣を打ちたくなったのだ。
この本の出版を決めたマハリトも内容の面白さよりも、駆け出し冒険者の良い教科書になるのでは? という方針で出版させたのだ。
「いつ戻るんだ、魔の森へ」
「父ちゃん⋯⋯全部で十日ぐらいの休暇を貰って来たから、一週間後くらいかな?」
「そうか⋯⋯こいナロン、久しぶりに見てやる」
「うん、父ちゃん!」
こうしてナロンとガロンは鍛冶場へと向かうのだった。
父に連れられてナロンは鍛冶場へと入る、ここは何も変わっていない。
中で作業していた若手の職人達がナロンに気付いた。
「お嬢! 戻って来たんですか!」
「うん、ただいまみんな!」
あっという間にナロンは父の弟子たちに囲まれた。
それを見たガロンが怒鳴る。
「お前ら、仕事に戻れ!」
そして蜘蛛の子を散らすように散って行く弟子たちだった。
「ナロン、見てやる何か打ってみろ」
「うん父ちゃん」
そういって素直にナロンは槌を振り始めたのだった。
しばらくナロンを眺めながらガロンは考えていた。
素直に鍛冶仕事をして以前よりもいい音を出していると。
決して娘は鍛冶が嫌いなわけではない、嫌々でこんな仕事が出来る訳ない。
ただそれ以上にやりたい事を見つけ熱を上げているだけなんだと、認めたのだった。
ナロンが打ち終わった、まだ研いでもいない剣を見てガロンは⋯⋯
「魔の森は楽しいか?」
「うん⋯⋯楽しいかな? みんなすごい人達ばっかりでさ、あたしもやらなきゃって思えるよ」
それが本の事であり鍛冶の事でもあるとガロンにもわかる、そうでなければこの短期間でこの成長はあり得ない。
「銀の魔女様に教えたそうだな」
「ああ⋯⋯あれはちょっとだけで、あの人天才だよ。 あたしが教えなくても変わんなかったよ」
「魔法をつかって打ったんだろ、不自然すぎる出来栄えだったからな、あの帝国刀は」
ガロンに言わせれば、よくもあそこまで魂のこもっていない高品質の量産品を作れるな⋯⋯というのがアリシアへの率直な評価だった。
「ははは⋯⋯」
全てお見通しという父の凄さを、改めてナロンは感じた。
「天才はお前だナロン、だから少しくらい寄り道しても取り戻せる⋯⋯今はやりたい事をやってみろ、飽きたらまた鉄を打てばいい」
「父ちゃん⋯⋯ありがとう」
今、初めてナロンは認めてもらえたのだった。
そして心から思った、一度帰って来て良かったと。
そしてガロンは自分の仕事に戻った。
迷いなく無心で⋯⋯会心の音を響かせながら。
暫くして弟子たちがナロンにまた近づく。
「お嬢、今度は何作ってんです?」
「えっと、友達へのお土産かな?」
それを見た弟子たちは騒ぐ。
「ビキニアーマーとか色っぽいもの、お嬢に似合わねえ!」
そう笑いあう。
「別にあたしが着る訳じゃないし⋯⋯」
「たしかにそのサイズじゃ、お嬢には合わないな」
ナロンは自分が今作った胸部装甲を見ながら思う。
邪魔だからこれくらいの大きさでよかったのに⋯⋯と。
「てめえら、いつまで騒いでるんだ! さっさと仕事に戻れ!」
親方のガロンの声が響く、以前のように。
やっと戻って来たナロンの故郷⋯⋯そこは何も変わってはいないのだった。
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