10-15 挑戦者の街
帝国に訪れていた王国の関係者を送り届けたあと、アリシアはミルファと共に魔の森の冒険者ギルドへとやって来た。
「⋯⋯ずいぶん派手に壊れていますね」
そうミルファが呆れるくらいに、ギルドの建物は半壊していたのだった。
セレナとアナスタシアのせいである。
「失敗だったかな?」
全てはアリシアのちょっとした気まぐれの善意で、アナスタシアをここへ連れてきた事が原因である。
「建物を壊すくらいケンカしたのはあの人たちですので、アリシア様は何も悪くないかと⋯⋯」
「そうなのかな⋯⋯まあすぐ立て直す予定だったし、この際このままでいいか」
とりあえずそういう結論で、壊れた建物はこのまま放置することにしたアリシアだった。
「アリシア殿、このたびは本当にすまない」
面会したセレナは最初にアリシアに謝罪する。
あの二人がケンカになればこうなる事はわかるが、どうしてケンカになったのかアリシアは理由を聞いてみた。
「なぜケンカになったんです?」
重要な事だ、同じような理由でフィリスとルミナスがケンカする可能性だってあるからだ。
「⋯⋯最初は楽しく会話し酒も飲んでいた、しかし少し老けたなと言ってやったら気楽な冒険者をやっていた奴と一緒にされたくないとキレ始めて⋯⋯こっちだって家族と別れて寂しかったんだぞと口論になり⋯⋯気がついたら建物が壊れていた」
「そんな理由ですか⋯⋯」
アリシアはくだらないとは思う。
しかし十年の時を超えてようやく再開した友との喜びは否定する気はない。
「誠に申し訳ない」
「まあいいですよ、どうせここは壊す予定だったし、だから直しませんよ」
ようやくセレナはアリシアの怒りを買わずに済んだ事に一安心するのであった。
「ではネージュが今王都で人の手配をしているから、ここの工事の着工は来週くらいからですか?」
「そのくらいの予定だな」
アリシアの作業は街の周りの城壁作りと、下水道や噴水などの水路を引く事だ。
それは専門家の意見を聞きながらしなければならないが、作業自体は二日もあれば終わるだろう。
その後ここに街を作るのはセレナやネージュの仕事だ。
アリシアは何でもかんでも自分一人で作るよりも、その方がいいと考えている。
だってここは皆の街になるのだから。
「⋯⋯来月はミハエル君の誕生祭もあるし、また当分忙しいな」
とはいえ去年の今頃のアリシアは一人ぼっちで、ただ淡々と課題だけをこなす日々だった。
それに比べれば今の日々のなんと充実している事か。
少なくとも今のアリシアは多忙を投げ出したいとは考えてはおらず、忙しさを楽しんでいるそんな心の余裕があったのだ。
こうしてアリシアは今後の予定をセレナと確認した後、魔の森へと帰っていった。
そしてセレナは⋯⋯
「今年の冬はそれほど寒くなくて助かったな⋯⋯」
半壊したまま放置されたギルドを見つめながら、そうぼやくのであった。
一方その頃、アリシアによって王国首都エルメニアに送り届けられたネージュは、身体を休める暇もなく活動を再開していた。
「帝国での後れを取り戻さなければ⋯⋯」
ネージュにとって帝国でのルミナスの誕生祭は、時間の浪費でしかなかった。
もちろんそこで出会う帝国貴族たちとは今後も付き合ってゆく大切な人達だ、だからこそ顔繫ぎは手を抜いてはいない。
しかし今のネージュは多くの仕事を同時にこなさなければならないのだ。
化粧液作り、その販売網の形成、製薬会社の設立、そしてギルドの街づくり⋯⋯あまりにも多忙だった。
おまけに来月には帝国の皇太子ミハエルの誕生祭が迫っている、どうして二か月続きで生まれているんだと内心帝国に対して毒づく。
おかげで来月には今回のルミナスの誕生祭で出会い構築した帝国での人脈に対して、それなりの進捗成果を発表しなければならない。
つまりギルド街づくりと並行して化粧液作りも達成できていなければ不味いのだった。
幸い化粧液作りに関しては早めに集めた人材によって既に試作品が出来ている。
あとはそれをより安定したより高品質に持っていくだけである。
時間との戦いだがおそらく大丈夫だろう、今は王都に仮の作業場があるがあまり良い環境ではないので、彼らが仕事をしやすい新しい職場の完成は早くしなくてはならないのだ。
「まずは街づくりの人員と資材の手配を⋯⋯後は製薬職員に何かやる気にさせる差し入れを⋯⋯と」
目まぐるしくネージュの中で計画が練られていくのであった。
それから数日後、ネージュはアレクと相談するためにお城へと向かった、そしてそこで思わぬ出会いが待っていたのである。
「おお、これはネージュ様ではありませんか」
「あらローレル伯爵、お久しぶりです」
ローレル伯爵、彼はエルフィード王国の貴族である、そして古くからネージュのノワール公爵家と近しい間柄であった。
「最近の活躍はお聞きしておりますぞ、立派になられましたなネージュ様」
「ありがとう伯爵」
ネージュにとってローレル伯爵は昔なじみの叔父さんの様な存在だった。
「化粧液事業を始めとしたアレク殿下や銀の魔女様とも懇意とか⋯⋯順風満帆ですな」
「⋯⋯ええ、そうですね」
計画だけで何一つ形になっていない事業を、この段階で褒められるのはネージュにとって心苦しいものであった。
そしてネージュのアレクとの面会時間がやって来た。
「申し訳ございません伯爵」
「いえいえお気になさらず、殿下のお力になってくださいませ」
今回力を借りるのはむしろ自分の方だとは言いづらいネージュだった。
こうしてローレルはネージュを見送った、そして――
「アレク殿下とネージュ様⋯⋯これで王家の未来も安泰ですな」
そのローレルの表情は喜びに満ち溢れていたのだった。
そしてさらに数日が経ち、魔の森のギルド街の建設が始まった。
アリシアはネージュが集めた技術者たちの意見を聞きながら、魔法で水路をどんどん作っていく。
その作業は本職の作業員たちからも半ば呆れられ、称賛されるのであった。
「⋯⋯あんな人材がうちにも欲しいな」
「無理に決まってるだろ」
そんなやり取りがあったとか、なかったとか。
こうしてアリシアは二日ほどで城壁と大まかな水路を作り上げたのである。
そしてここから先の細かい水路の完成や、街づくりは彼らたち普通の技術者の仕事である。
なのでアリシアは彼らたちの邪魔をしないように、街の中心の広場に噴水を創っていく。
フィリスのデザイン画を基にした、美術的な価値もある観光資源にもなるような見た目にもこだわった実用品として、その噴水は設計されていた。
それをアリシアは時間をかけてゆっくりと創った。
全部で五日ほどかけてアリシアの予定していた工程は完了した。
終わった後アリシアは空を飛び、まだ空っぽの街を見下ろす。
大きな六芒星型の城壁で囲まれたせいで、まるで箱庭のようだと思った。
川の流れを変えて街の中に水を引き込み、また川へと戻す⋯⋯そんな水路が街中に巡らされている。
今水を流して様子を見てはいるが、特に問題もなさそうでホッとする。
そんな街の中心にはアリシアが創った噴水があり、さっそくアトラはそこに居座って歌っていたのだった。
作業員たちもすぐ近くに水があるのは助かっているようで、アリシアとしても非常に喜ばしい。
かつてアリシアは王都を見下ろした時あんな大きなものを一人では作れる気がしないと感じたが、それは正しくもあり間違いでもあった。
街とは一人で作るものではないのだ。
そこに住む全ての人々が力や知恵を出し合って、より良い場所にしていくものだと。
「ここはどんな街になるのかな?」
きっと面倒事もあるだろう、しかし力になってくれる人は多く集まってくれた
だから大丈夫だ、全部一人でする訳じゃないから⋯⋯そうアリシアはあらためて思った。
今はまだ空っぽの街。
しかし、いつかは多くの人が訪れるこの街。
みんなで作った街。
アリシアの街。
そんな街の名前を付ける権利をアリシアは与えられた、みんなの思いやりによって。
やがてアリシアはこの街をこう名付けた。
挑戦する者の街〝イデアル〟と。
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