10-09 星を目指す道標

 帝国劇場⋯⋯それはウィンザード帝国首都ドラッケンの中央大通りに面した場所に作られた、歴史と伝統ある場所だった。


 帝国に着いたアリシア達はルミナスの案内で帝国劇場へと辿り着いた。

「ようこそ! ここが偉大なる帝国劇場よ!」

 そしてルミナスの呼びかけで係りの者に支配人を呼びに行かせた。

 そして支配人がやって来るまでの間にルミナスは、ざっとこの場所の説明をアリシアに聞かせる。

「この場所は我が偉大なる先祖クロエ・ウィンザードが作らせた場所なの⋯⋯」

「それは確かあの日記の人だね⋯⋯てことはここは二百年も前からあるのか、凄いな」

「ええ、それだけの歴史がある、でも私はここが帝国の始まりだと感じているのよ」

「どういう事?」

 アリシアにはピンとこない。

 そしてフィリスがげんなリした表情になる、フィリスは何度も聞かされたことなのかなとアリシアは思ったが⋯⋯

「偉大なる先祖クロエがここを作ったのは、まだ大戦争が終わって間もない頃なのよ」

「よくそんな決断したわよね、その人」

 どうやらフィリスの表情の原因はそこらしい。

「戦争が終わり謝罪もした、しかし世界からの目はまだ帝国には厳しかった、そんな中先祖はここを作った⋯⋯もう帝国は戦いの為だけの国ではなくなったんだと世界に知らしめるために、そして戦うだけではない文化が生まれ、帝国から世界へ広がっていく事を伝える為に」

「それはルミナスの誇りなの?」

「そうよ⋯⋯私だって守るものの為には戦うけど戦いの為に戦う訳じゃない、そう生きる事が出来る時代を作り上げたこの場所と共に、そんな先祖は私の誇りよ」

「⋯⋯やってる事と言ってる事は立派で正しいんだけど、そんな大変な時期に限りある予算と人員をこんなものに割いて⋯⋯その隙に他国から侵略されたらどうする気だったのかしら?」

 そのルミナスの先祖に対するフィリスの感想は辛辣であった。

 そしてそういう所がフィリスにとって、クロエ・ウィンザードを手放しで称賛できない理由でもある。

「クロエ様は素晴らしい先見性を持っていたのよ! 正しい大丈夫だって確信があったに違いないわ! あんたと違ってね!」

 そしてこの意見の違いが長年フィリスとルミナスのクロエ・ウィンザードに対する評価の違いとなって、何度も衝突してきたのだった。

 そしてここまでの説明を黙って聞いていたミルファは思った。

 ――同族嫌悪なんじゃ?

 ミルファ自身は確信してはいないが、ルミナスから聞かされた事がある。

 それはフィリスが時々とんでもない決断をする事があるという事だ。

 何の手掛かりもなく全くわからない事なのに、まるでこれから起こる事を知っているかのような決断をし、選択する事があるという。

 以前ミルファはフィリスの言葉一つで巨大粘液生物スライムに特攻したルミナスを見て、本気で信じているのだと思い知らされた。

 最近ミルファもクロエ・ウィンザードの伝記を読み知ったが、何でこんな決断ができるのか理解不能な事が多い。

 のちの歴史的には正しく大成功なのだが、この時点でそれはまるで未来を知っているのでは? としか考えられない事があまりにも多い。

 戦いと政治、違いはあれどフィリスとクロエは同じタイプの天才だったんじゃないかと、ミルファは思う。

 そして案外そういう者同士は、お互いを認めたくないものだとミルファは知っていた。

 とはいえこれ以上こじらせる気もないため、ミルファは沈黙を貫く。

 そしてアリシアもそのクロエ・ウィンザードについて、思いを巡らせる。

 彼女の残したヒントによって自分はアリスティアを過去送りにしたのだ。

 そしてアリシアが見た彼女の日記から感じた印象は、天才というよりも愚者だった。

 しかし彼女は失敗を恐れない強い心の持ち主だと感じた、全肯定は出来ないが多少は見習いたいとは思うアリシアだった。


 そしてそんな話をしている間に支配人がやって来て対応を始めた。

「これはようこそいらっしゃいませ、皇女殿下!」

「突然の訪問、苦労をかけるが頼む!」

「御意」

 そうルミナスに恭しく首を垂れる支配人。

 そして応接間へと案内された。

「本日はどのような御用でしょうか?」

 そう訪問理由が支配人には予想できなかった、何せ今は何の公演もしていない準備期間中だからだ。

 今月末にルミナスの誕生日に合わせて公演を行う予定ではあるが、皇室が劇場に足を運ぶかはまだ決まってはいない。

「今日はこちらの銀の魔女様が劇場を視察したいという事で案内したのよ」

「ぎ⋯⋯銀の魔女様が視察ですか!?」

「実は私は劇場を作ろうと考えています、そこでこの歴史ある帝国劇場を参考にしようとルミナスに無理を言って案内してもらいました」

 そのあまりの情報に思考が停止しかけるが、素早くその支配人は立ち直る。

「わかりました、精一杯務めさせていただきます」

「うむ、期待しておるぞ!」

 あえてルミナスは尊大に振舞うのであった。

 そしてまずルミナスは、ここ帝国劇場の見取り図を持ってくるように命じた。

 しかし支配人は難色を示す、何故ならそれは機密に属する情報だからだ。

 ここ帝国劇場は頻繁ではないが年に数回は帝室の方々を迎えている。

 それに各国の要人や貴族も来る、だから破壊工作者や暗殺者が紛れ込むことも想定されている。

「心配いらない、この三人は信頼できる人達よ」

 そう強くルミナスに言われて、従わない訳にはいかない支配人だった。


 そしてアリシアは見取り図を見ながら、同時に広域探査魔法を使って間取りを探っていく。

 素人のアリシアから見てあまりにもわからない空間が多い建物だった。

 それらの意味や使い方を一つ一つ支配人はアリシアに答えていく。

 一時間ほど質疑応答を繰り返し、ようやくアリシアは構造だけならこの帝国劇場と同じ物を作れるだけの知識を得た。

 とはいえこれと同じ物を作る気はアリシアにはない。

 アリシアの考えではこの規模の建物は魔の森の近くに作るには、大きすぎると思っている。

 そのうち多くの人が訪れる場所に変わっていくとは確信してはいるが、ここまでの建物を必要とするほどにはならないだろう⋯⋯たぶん。

 そしてその後、アリシア達は劇場のあちこちを支配人に案内されて見学した。

 ここを訪れる人を感動させ、くつろがせるためだけに存在する設備の数々を学んでいく。

 最後にアリシア達は観客席に座ってみた。

 いま舞台の上では役者たちが稽古をしている。

 本来予定ではかったのだが支配人が気をきかせてくれたのだった。

 そしてその役者たちは短い寸劇をして見せてくれた。

 アリシアは劇の内容そのものよりも、舞台を見せる為にどうするのかという所を見て学んでいく。

 アリシア自身も人形劇を行った事があるが、これに比べれば素人芸だったと言わざるを得ない。

 アリシアにとって劇の内容よりも役者や裏方の人達の工夫や苦労を、学べたことは収穫だった。


 たった四人の観客の小さな拍手⋯⋯しかし舞台の上の役者たちは不満な顔など一切ない。

「ありがとう、今日は大変学ぶことが多かったです、何かお礼をしたいけど何がいい?」

 そのアリシアの発言に役者も支配人も息を呑む⋯⋯皆わかっているのだ、これが千載一遇の機会だという事は。

 舞台の上の主人公を演じていた少女が大きく透き通った声で言った。

「では私達に皆さまの劇をする許可をください」

 そういって舞台の上の役者一同が礼をする。

「そんな事でいいならいくらでもどうぞ」

 そのアリシアの答えにフィリスもルミナスも同意する、異議があるのはミルファだけだったが言えるはずもない。


 劇場を出たアリシア達は⋯⋯

「うん、勉強になった、ありがとうルミナス」

「いえ、どういたしまして」

「でもこれだけで劇場を作れるのかな?」

 フィリスの疑問ももっともだった。

「まあ無理⋯⋯というより、これをこのまま作る訳じゃないから参考程度にしかならないね」

「意外と冷静ですねアリシアさま」

「でも一つだけはっきりと大切な事がわかった。 それはいくら立派な建物を作っても意味はない⋯⋯来る人見る人に伝える、感動がないと駄目なんだ」

「中身が肝心って事ですか⋯⋯」

 ミルファは思う、もしここで自分たちの劇が行われればそれを見た人々はさらにアリシアを称えるだろう⋯⋯そしてミルファ自身に対しても。

 今までミルファは無我夢中でやって来ただけの事を、美しく飾り立てられてまるで別人のように自分に返ってくる評価とのギャップに苦しんでいるのだったが、もう気にしない方がいいのかもしれないアレは自分じゃないと⋯⋯その達観はただの現実逃避なのかもしれない。

 そしてここから始まる、アリシアの新しい目標が⋯⋯

 それは一人の人魚姫をスターにする事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る