08-10 使命と矜持

 ザナックとカインは、セレナにこれまでの経緯を話した。

 それを聞きセレナは頭を抱える。

「人魚をここまで密航させてしまった⋯⋯だと?」

「それの何が駄目なんですか?」

 そんなアリシアの疑問にミルファが答える。

「アリシア様、人魚は国際法で勝手に陸へ連れて来ては、いけない事になってるんです」

 その説明を聞きそういえばフィリスがそんなような事を言っていたなと、アリシアは思い出す。

「でもこの場合はその人魚の密入国という事で、罰せられるのは人魚じゃないの?」

「⋯⋯銀の魔女殿、実はな人魚の密入国に関する取り決めはないのだ、だってそうだろう歩けもしない人魚が自分の意志で陸へやって来る、そんな事を想定していないからだ」

「⋯⋯なるほど、じゃあこの場合罰せられるのは人魚の密入国を手助けした、冒険者が悪いの?」

「当然の事だ、俺たちはその罪を認める」

「ああ、俺たちの不注意が原因だからな」

 それを聞きセレナはため息を付く。

「お前たちだけではない、関所の担当者たちも同罪だ」

 そして冒険者一同はアリシアの前に並び、頭を下げた。

「銀の魔女様、申し訳ありませんでした!」

「悪かったのは俺たちです、決して他のギルドや冒険者のせいじゃありません!」

 要するに彼らは他の人まで巻き込まないでくれと訴えていると、アリシアは思った。

 まあ確かに彼らたちの不注意は悪いが、そもそも人魚が自分の意志で密航してくるという状況を想定しろという方が無茶だと、アリシアでも思った。

「ふむ⋯⋯で、そこの人魚さんはなんでわざわざここまで来たの?」

 アリシアに訊ねられてついに満を持して、その人魚はしゃべり始めた。

「あなたがここの魔女ね会いたかったわ。 ねえあなた、私を歩けるようにしなさい!」

「え? 人魚の君を?」

 アリシアはその言葉の意味を理解し、困惑する。

「出来るでしょ? だってあなた魔女なんでしょ!」

 アリシアにとってその人魚の態度は無礼なものであったが、予想外の要求に怒るという感情は起きなかった。

「⋯⋯幻術で足に見せるとか、その尾ひれを切り落として義足にする、とかなら出来るけど?」

 そのアリシアの言葉にアトラはギョッとする。

「なんでこの美しい尾ひれを切り落とさなきゃいけないのよ、それに幻術ってそれで歩ける訳ないでしょ」

 もっともな話だった。

「単に私の持ってる力だとそういう解決方法しか無いってだけだよ、不満があるなら帰っていいよ」

「ちょっと、今更帰れる訳ないでしょ! アトラはみんなに歌を聞かせなきゃいけないんだから!」

 人魚の歌⋯⋯その言葉にアリシアは興味を惹かれる、何せ最近人魚の歌に興味を持ったばかりなのだから。

「とりあえず事情を話して」

 そしてアトラは語る、自分の歌を世界に届ける使命を⋯⋯

「⋯⋯なるほど、つまり足で歩く必要はないのかな? ただ陸を移動できれば」

 そうアリシアは考え同時にとなりで話を聞いていたミルファは、魔法の絨毯の様なものでも与えれば、それでいいのではと考える。

「何か他に方法があるの? じゃあやって頂戴!」

 だがアリシアは答えた。

「代償無しで魔女に何かを叶えてもらえると、思っているの?」

「代償? アトラお金なんて持ってないわよ」

 そもそも人魚は貨幣といったものは使わない種族である。

 そんなアトラをアリシアは、頭の先から尾ひれの先までじっくり見つめる。

「⋯⋯まさかあんた、このアトラちゃんを何かの材料にでも使う気じゃ!」

「確かに昔の魔女は人魚を材料にしていた事もあったけど、今じゃ代替素材は見つかっているから別にいいよ」

「だったらこのアトラちゃんには、歌しか残ってないわ!」

 そう誇らしげに胸を張る。

「ならその声を代償に、陸を移動できるようにすればいいの?」

 その少し意地悪なアリシアの提案にアトラは即答する。

「却下よ、歌を失ったアトラに価値なんて無いじゃない、それで陸を自由に移動できても仕方ないでしょ!」

 きっぱりとそう答えた。

 そしてアリシアは少しだけこの人魚アトラに興味を持つ。

 自分自身だって魔法を失えば生きる価値など無いと、そう思っているからだ。

「セレナさん、この人魚をここへ置いておくことに何か問題があるの?」

 そう尋ねられてセレナは返答に困る、何せ前例がないからだ。

「⋯⋯少なくともここまでたどった経路の警備をしていた者と、その人魚には罰が必要だがどのくらいになるか見当がつかん」

「あのーよろしいでしょうか」

 その時赤毛の少女が話しかけてきた。

「何だ?」

「あたしナロンと申します、そしてこの人魚はアトラで⋯⋯それでこのアトラはここまで誰にも発見されていなくて、自分の意志でここまで魔女様に会いに来たんです!」

 その説明を聞きセレナは言わんとする事を理解する。

「つまりその人魚が陸に上がってから国境を越えた証拠はないと、ここエルフィード王国の海岸から這ってここまで辿り着いたと、そう言いたいのか?」

「さすがにそこまでは⋯⋯ただ途中で私達が発見して保護し、その意志を汲んでここまで連れてきたと⋯⋯いう訳には行かないですよね⋯⋯」

 最後ナロンは声が小さくなる。

 セレナは頭を抱えその案を検討する、そもそも人魚に国境はない、国という概念が無い種族だからだ。

 そもそも陸で活動出来ない為内陸まで侵入する事などあり得ない、誰かが捕獲して連れまわす以外ありえなかったからだ。

 そして今、ここの冒険者ギルドは非常に不安定な立場である。

 多くの有能冒険者を引き抜きそれで失敗すれば避難は免れない、さらにアリシアの機嫌を損ねただけでも終了なのだ。

 ――このナロンのシナリオを採用すれば穏便に修める事は出来るが、しかしいいのかそれで?

 セレナは悩む。

「別にいいんじゃないですかセレナさん、正直に罪を告発して誰か喜んだり得をする訳じゃないでしょ? 黙っていても誰も困らないのだし、それともわざわざ罪人を増やすの?」

 そうアリシアは言った。

 アリシアは魔女だ、約束は守るが嘘はつくのだった。

「この場の全員に告ぐ⋯⋯忘れろ!」

 セレナが折れた瞬間だった。

 正直に罪を償い回り道するのはこの始まって間もないギルドには致命的だと、判断したからだ。

「よっしゃー!」

 冒険者たちからも歓声が上がった。

「言っておくがな、こんな面倒をいきなり持ち込んだ責任は取ってもらうからな、覚悟しろよ」

「はい⋯⋯」

「では後はその人魚の事だけですね」

 冷静に周りに流されず、ミルファはそういった。

「え? ここに居てもいいんじゃないの?」

 そのアトラにアリシアは話す。

「君は私に払える代償を持っていない、ここに居ても望みは叶わないよ、だから海へ帰った方がいいよ」

「それは駄目よ、アトラには歌をみんなに聞かせる義務があるのよ!」

「義務? 君がやりたいからじゃないの?」

 そのアリシアの疑問にアトラは答える。

「いい? アトラの歌は世界の至宝なの、これを聞かない事は人生の損失なの、だから私は何があってもこの歌を世界中に聞かせることを諦める訳にはいかないのよ!」

「⋯⋯たとえ命を失っても?」

「世界中の人へ歌を届けた後なら構わないわ!」

 しばらくアリシアはアトラの目を見つめる、そこには微塵も迷いはなかった。

「⋯⋯なら今ここで歌って頂戴、その歌に価値があるのか無いのかここに居る皆で決めよう、そして一人でもそこまでじゃないって言えば君は海へ帰る、それでいい?」

「構わないわ!」

 そして始まるアトラの歌が⋯⋯

 そしてこの賭けはアトラに歌わせた時点で、アリシアの負けだった。


「――♪」

 その場の全ての人が言葉を失っていた、そしてアリシアは認めるこの歌はみんなが聞くべきだと。

 しかしそれでもアリシアにも譲れない魔女の矜持がある。

「セレナさん、この人魚⋯⋯いえアトラをここへ置いておいてください」

「それはわかったが、それでどうするのだ?」

「方法はまだ決めていないけどアトラが自由に動ける何かを用意する、そしてその代償をアトラが何か用意出来ればこの契約は履行する」

「じゃあアトラを歩けるようにしてくれるの!?」

「足を創るのはさっきも言ったけど無理、でも何でもいいんでしょ陸の上を自由に移動できれば?」

「まあそうだけど、どんなの?」

 少しアリシアは考える、そして収納魔法から錬金釜を取り出した。

「例えばこんなのとかどう?」

 その取り出した錬金釜は宙に浮かんでいる。

「なんだこれ?」

 辺りの冒険者たちも覗き込む。

「色んな材料を煮込むのに使う釜だよ宙に浮かんで中の重さも感じない」

 暫く見ていたアトラはその釜が気に入ったらしい。

「いいじゃないそれで! 水も入るし快適そう、あと動けるように出来る?」

「そのくらいは簡単」

 魔女が何かを作るための釜に自ら入る人魚という絵を想像をして、思わず冒険者たちは笑ってしまう。

 そしてアトラは水樽から釜へと移動しようとするが、アリシアに邪魔される。

「なんで邪魔するのよ!」

「だって君、まだ対価を払ってないでしょ、君に使命があるように私にも魔女の矜持がある、代償なく望みを叶えるなんて魔女にあってはならない」

「でもアトラちゃん何も持ってないし⋯⋯」

「代償は何でもいいよお金でもね、私は君の夢を邪魔する気はないから、だからここで何か働くのはどう? セレナさん何かやらせる事ある?」

「人魚にやらせる仕事か⋯⋯ちょっと思いつかんが?」

「ちょっとアトラちゃんに歌う以外の事が出来る訳ないでしょ!」

「ならやっぱり尾ひれを貰おうか⋯⋯それでもいいけど」

「はい、真面目に働かせてもらいます!」

 そしてアリシアはセレナを見た、セレナはため息を付きながら承諾する。

 そして渋々ながらもアトラは、ここの冒険者ギルドの職員(仮)となった。

「で⋯⋯その子は誰なんだ?」

 セレナは見覚えのない、赤毛の少女ナロンを見つめるのだった。

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