07-04 対策会議

 送魂祭より数日が経った。

 それぞれの帰国への旅路は無事終わり、再びアニマの使徒からの襲撃は無かった。

 しかしこれによってアニマの使徒が本格的に潜伏を始めた事もはっきりし、この問題が長引く事が予想されるのであった。

 そしてそれから初めて魔の森で皆が集まり、相談する機会がやってきた。

「まずはみんなが無事に帰れて良かったよ」

 そんなアリシアの感想から始まった。

 しかしルミナスは不満げだった。

「いっそ襲撃があれば、それで終わりだったんだけどね」

「まあ、彼らもそれがわかってて、やらなかったんでしょうけど」

「長引きそうですね、この問題は⋯⋯」

 フィリスやミルファも襲撃など無いにこした事は無いのだが、それでもさっさとこの問題を終わりにしたい思いがあった。

「アニマの使徒は弱すぎて私でも探知できないしね、何か大きな事でもしない限りは」

 アリシアの言葉からも忸怩たる思いが込められていた。

「それはそうとアリシアさま、頼まれていたやつですが持って来ましたわ」

「ありがとうルミナス」

「アリシア、何を頼んでいたの?」

「⋯⋯帝国に残っていた資料だよアリスティアの」

「破滅の魔女の資料ですか?」

 その持ってきてもらった資料をざっと目を通しながらアリシアは答える。

「アニマの使徒の問題は全員で解決する方がいい、でも現状で私にできる事は無いし⋯⋯もちろん目の前に現れれば別だけど、出て来るとは思えない」

 あの時の一件で彼らがアリシアに最大限の警戒を持ったことは、容易に想像できる事だった。

「じゃあアリシアはどうするの?」

「⋯⋯私がすべきことは、アリスティアが復活した時に備える事かな」

 そのアリシアの言葉に周りの緊張が高まる。

「アリシアさまは、破滅の魔女が復活するとお考えなのですか?」

 いったん資料を読むのを止めたアリシアはその質問に答える。

「彼らアニマの使徒が手段を選ばず、失敗を恐れなかったら復活を防ぐ事は出来ないと思う、それに今封印されているアリスティアが何かの切っ掛けで死ぬこともあり得るし」

「破滅の魔女が死ぬ?」

「どんな状態で封印されて、どこに封印されているのか全くわからないけど、想定外の要因で死ぬこと封印が解ける事はありえる事だからね、そして復活したアリスティアは私にしか対処できないと思うし⋯⋯」

 そんなアリシアを見てフィリスは問う。

「アリシアあなたに出来るの、その破滅の⋯⋯いえアリスティアを倒す事が」

「今まで聞いてきたアリスティアの能力だけなら、倒すだけなら多分簡単だよ」

「いえ聞き方を変えるわ⋯⋯貴方は倒したいと思っているの? アリスティアを」

「⋯⋯正直気が進まない、私には倒す理由も無いし、何よりこの機会を逃せばもう無いかもしれないしね、同胞に⋯⋯魔女に会えるのは」

「やっぱりアリシアは戦わない方がいいよ、これは私達が背負ってきた問題なんだから」

 今日までのアリシアの心情を察するフィリスは、やっぱりこうなったかとは思っていた。

「ありがとうフィリス、でも私はきっと戦うアリスティアと、アリスティアとみんなとだったらみんなを選ぶってそれだけは決めているから」

「⋯⋯なら出来るだけ破滅の魔女が復活しない内に、アニマの使徒の方々を捕まえないといけませんね」

 そうミルファが結論を言い、フィリスもルミナスも同意する。


 それからしばらくフィリスとルミナスの意見交換に時々ミルファが質問する傍らで、アリシアは持ってきてもらった資料を読み漁っていた。

 そして読み終えたアリシアは重く口を開く。

「もし今アリスティアが復活したら何も手出しが出来ない、何か根本的な対策をしておかないと」

「そんなに厄介なのアリスティアは?」

「⋯⋯師が倒すのを諦めたと聞いていた時から倒すのは無理なんじゃないかとは薄々感じていたけど確信に変わった、これは無理、最悪この世界全ての生物を全て死滅させる必要まであり得る」

「どういう事ですか?」

「⋯⋯アリスティアは死ぬと同時に自身の複製体へ魂を移して復活する、だからその予備の体を全部破壊してから倒せばいいと思っていたけど、最悪別の生き物の体へ割り込める可能性までありえる」

「もしかしてアリシアを乗っ取るなんて事が出来るの?」

「⋯⋯ないとは言い切れない、もちろん私なら大丈夫だとは思うけど、みんなは乗っ取られない保証が出来ない」

「それを繰り返せば、破滅の魔女は永久に不滅という事なのですか?」

「ミルファさすがにそれはない、魂にも寿命がある、魔女がどれだけ長生きしようとして体を維持したとしても肝心の魂はどれだけ引き延ばしても千年持てばいい方、体を失った後も憑依や転生を繰り返したとしても最終的には自分を保てなくなり無になる」

「最悪破滅の魔女は後千年生き続けるわけか⋯⋯ならいっそ殺すのではなく、その魂を直接消してしまうような魔法は無いのですか?」

「⋯⋯魂魄を破壊する魔法は出来ない、今から覚えてアリスティアほど強固な魂に通用するかどうか」

 これまでアリシアは多くの命を糧にしてきてはいるが、その魂を壊した事は無かった。

 魂を損傷させるとその魂は来世へは行けなくなってしまう、その為長い目で見ればこの世界の魂の総量が減っていく事になるのだ。

「結局私達は破滅の魔女が復活した時には何も出来ない、だからその復活を阻止する事しか出来ないってことね」

 そうルミナスは結論付けるのであった。


 最後にアリシアの疑問があった。

「何故アリスティアがここまで多芸になったのか理解できない」

「多芸?」

「記録にはアリスティアに師は居ない、こういう魔女は何か一つに特化した傾向になるけど明らかに異質な能力が二つある」

「二つの能力?」

「怪我や病気を治すのは戦争中自然に学べるかもしれないけど、魔物を造ったりそれを造る工房を作成する事、この二つは明らかに一人では学べない、何か切っ掛けや師が居ないと⋯⋯」

 そのアリシアの疑問にはルミナスが答えた。

「その疑問の答えは何となくわかりますわアリシアさま、我が偉大なる先祖クロエ・ウィンザードの当時の日記にはこうあります、その頃帝国では大規模な下水道が整備され始めその工事に一人の魔女が関わっていた事、そしてその下水道の浄化用に使う粘液生物スライムの品種改良にも関わっていると⋯⋯おそらくそれが」

「破滅の魔女アリスティアだと」

 その説明を聞きアリシアの中で疑問は解ける、そしてそれは難題になった。

「つまりアリスティアには治癒の力、工房作成、魔物の品種改良、この三つの力があるという事か⋯⋯」

 工房作成以外の治癒と魔物造りに関しては、アリシアははっきり言って専門外だった。

 今日ルミナスが持ってきてくれた資料の中にはそのクロエ・ウィンザードの日記もある、それも後で読んでおこうとアリシアは思った。

「ねえルミナス考えて、もし今アリスティアが復活してしまったら、どうすると思う?」

 そのアリシアの問いにルミナスはしばらく考えて答えた。

「破滅の魔女自身がどうするか読めないけどもし復活したなら、周りのアニマの使徒ならまず魔物を造り続けてもらう、そしてそれを何かしらの戦略的に使い世界に打撃を与える、こんなところでしょうね⋯⋯」

「つまりどこかで魔物の不自然な増殖が始まった時、アリスティアが復活しているという事ね」

「そんな日が来なければいいのですが⋯⋯」


 魔の森から遠く離れた帝国にある、とあるダンジョンの奥深くにアリスティア達は居た。

「ひとまずここを拠点としますアリスティア様」

 辺りを見渡しながらアリスティアは答える。

「うん、これならすぐにでも魔物を造れるよ、さすがだねフリーダムは!」

 かつて帝国領のあちこちにこうした工房を造ってきたのは、アリスティアが手なずけたワーム系魔獣や当時帝国の技術者として下水道作成にも関わっていたフリーダムの手腕だった。

「他にも数か所ここと同じように整備してある拠点はあります、アリスティア様」

「うん、いいんじゃない、じゃあいっぱい造るよ魔物や魔獣をね!」

「僕も手伝うよアリスティア様!」

「ええ、また一緒にやりましょうパーチェ」

 アリスティアとパーチェが初めて出会ったのは、その下水道で使う粘液生物スライムの品種改良を一緒にした事だった。

「アリスティア様のお力ならば数日もあればまとまった戦力となる、後はそれをどう生かすかは吾輩たち次第だな」

 リーベは過去の戦争中最もアリスティアによって救われた騎士団の生き残りだった。

「ああそうだ、やっと始まるのだ世界への復讐が⋯⋯そして偉大なるアリスティア様の名が再び世界に知れ渡る時が」

 皆それぞれアリスティアとの出会い方は違ったが、彼女に救われその力に感動し、魂の全てを捧げる事を誓った事は一緒だった。

 今そんな、アニマの使徒たちは歓喜に震えていた。

 そしてそれを見つめるアリスティアは、まるで我が子を見守る母親の様な目で見つめていたのだった。

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