06-06 価値無き御輿
本日よりここアクエリア共和国西の都ローシャに在るグリモニール大聖堂の大会議室で、アリシアの教団である銀の魔女教団の設立に関する会議が始まる。
「アリシア殿、おそらく長い話し合いになるし色んな人の意見や都合もあるだろう、あまり溜め込まずに思った事ははっきり言って欲しい」
そう最初にアレクはアリシアへ助言する。
「そこまでなのですか?」
アリシアにはまだ新しい魔女教団が増えるという事がよくわかっていなかった。
一方アリシアの隣で控えているミルファは心を鎮めて覚悟を決めているようで、最初に出会った頃を思い出す様な無感情さであった。
「アリシア様、基本的にこれから会う話し合いの相手は身勝手な方々ばかりです、どうか心を静めて冷静に切って捨ててください」
「⋯⋯⋯⋯」
最近のミルファは明るくよく笑うようになっていたので、これには結構アリシアも堪えた。
会議室の席順は今までの世界会議の様な円卓ではなく、大きな長方形の机である。
その中央の上座にアリシアとミルファが補佐として座り、右側の一番の上座にアレクが座ってその後はエルフィード王国の宗教関係者が続く、そして左側の上座にはキーリン・メルクリウス教皇が座りその後はこの大聖堂のみならず世界各地の代表神官が続いていた。
「ほっほっほっ、アリシア殿久しぶりじゃのう」
「キーリン教皇お久しぶりです」
アリシアとキーリンは互いに礼をする、基本アリシアは目上の存在であっても無条件で敬ったりしないが、老人には敬意を払う傾向がある。
そんなアリシアにとってキーリンは、素直に敬意を払うのが自然だと思える雰囲気をまとった老人だった。
そして全員が席につき入り口の扉が閉められ、とうとう会議は始まった。
「これより銀の魔女教団、設立会議を始める」
アレクの号令によってこの会議は始まった。
そして全ての人が見つめる中アリシアは語る、自分の教団が目指す方向性を。
このグリムニール教団で公認の魔女教団は全部で五十近くある、と言ってもそのほとんどはその教団の名となった魔女が元々住んでいいた地方や村でのみ信仰されるような、細々としたものなのだが。
世界中で信仰されるような魔女の教団は、文言の魔女ルーンファストの教団くらいと言ってもいい。
そしてそのルーンファスト教団が掲げる理念は〝偉大なる魔法と魔術の恩恵に感謝せよ〟くらいのものである、なので魔術を使う事が仕事の国軍や治療院などからまとまった寄付が継続的にあり、それを基にした様々な福祉が行われている。
つまり今からアリシアの掲げる理念によって、どんな所からどれほどの寄付が集まるのか、とても重要な事なのである。
「まず私の教団を作ろうとしてくださりご苦労様です、では早速ですが私が掲げる理念を発表します」
一同静まりかえり固唾をのむ、このアリシアの一言で下手をするとこの世界のバランスが崩壊しかねないのだからだ。
そしてここに居る各聖職者たちの今後の運命も大きく変わるのだ。
「まず大前提として私の師の教団に迷惑をかけない事、その上で他人に迷惑をかけずに日々を楽しむ事です」
水を打ったような沈黙が訪れた⋯⋯
アリシアの発言の意味の理解が広がると共に周りには困惑や動揺など広がっていく、なお教皇であるキーリンは今にも噴出しそうな笑いをこらえていた。
「銀の魔女様! それでは何もわかりません! その理念でどこの誰をどう導くというのですか!?」
キーリンの隣に座っていた偉そうな神官が立ち上がり喚く。
「私は誰も導く気なんてありません」
「そんな訳にはいきません! アレク殿下これはどういうことです!?」
大きく声を上げているのは一人だけだが、キーリン側の神官たちは概ね同じ考えだという事がその表情から伝わってくる、なおエルフィード王国側の関係者にはすでにアレクが根回し済みの為大きな動揺は見られなかった。
「サリートン大神官それが銀の魔女様の望みであり思い描く世界なのです、そして我がエルフィード王国はそれを全面的に支持する!」
そうはっきりアレクに言われサリートンは絶句する。
ここに集まった各地の大神官たちは皆多かれ少なかれ、同じ様な前提でこの会議に臨んでいた。
すなわちエルフィード王国の国教でもある森の魔女教に代わる新たな銀の魔女教団が作られるのだと、そして出来るだけ多くの地で銀の魔女教団支部を作りあげ少しでもアリシアへの繋ぎにしたい、という考えだ。
何故なら魔女教団は数多くあれど神輿となる魔女はもうすべてこの世には居ないからだ、アリシア以外は。
そしてそのアリシアにどれだけ力を振るってもらえるかが懸かっている、その為の環境作りなのだこの銀の魔女教団発足会議とは。
「銀の魔女殿! それでは貴方は何もしないと言うも同然ではありませんか!?」
そんな半ば喚くようなサリートンの問いかけを、アリシアはあっさりと切り捨てる。
「ええ、そうですよ」
「そんな事が許されるはずないだろう!」
そんなサリートンを冷ややかに見ながら、アリシアは告げる。
「一体誰の許しを得る必要があるんですか? 本来魔女とは自由な存在です、これまで崇められてきた魔女達だってやりたい事をやってきたに過ぎません」
そのアリシアの答えに誰もが絶句する。
「もうこの世界に魔女は私しか居ないんです、そんな私に何を期待するというのです? もうこの世界はあなた達が守り導く世界だと私は考えています、だから私は大きな事に関わる気は無いんです」
「そんな理念で教団を纏めていくなど出来るものか!」
サリートンは喚くように叫んだ。
「無理なら無理で構いません、別に無くても私は困りません、むしろ作った方が面倒事が増えるでしょうし」
「その言い草はなんだ! こっちがどんな思いで教団を作ってやろうとしているのか――」
「黙らんか!」
サリートンを黙らせたのは、あたりの空気を震えさせるようなキーリンの一喝であった。
「メルクリウス教皇しかし⋯⋯」
「しかしもあるか、元々此方の都合で銀の魔女殿に名を借りようと乞うたのだ、善意や慈悲など無いただの魔女にな」
それを聞き渋々と言った風にサリートンは座った。
それを見てアレクが語り出す。
「皆様、銀の魔女殿の理念は魔女に頼らない世界を我々で作っていく事なのです、その為に自身の魔女教団には金や権力といったものは必要ない、ただ世界中に窓口となる支部さえあればいいとの事です」
「世界中に支部じゃと?」
皆を代表してキーリンが問う。
「ええ本部はまだどこに作るかそれすら決まってはいません、その上で出来るだけ多くの場所に小さな支部を作る、そう予定しいてます」
辺りがざわめく。
今までの大抵の魔女教はその元となった魔女縁の地に本部が存在する。
そして支部など無いところが多く、あったとしてもその多くはこの大聖堂の敷地内に間借りして存在するのがほとんどだ。
例外なのは世界最大の魔女教団であるルーンファスト教団で本部をここローシャに持ち、そして各地に多くの支部を作っている事だった。
「では銀の魔女教団の本部はエルフィード王国では無いのですか?」
一人の神官の質問にアレクが答える。
「はい。 銀の魔女殿の都合により他国に建設する予定です、おそらくここローシャになるかと」
辺りのざわめきが大きくなり出した時キーリンの声が響く。
「少し休憩にせんか?」
その提案に誰も異議はなかった。
「ええい、腹立たしい!」
そう叫びながらサリートンは持っていたグラスを床に叩きつけた。
「儂は時期教皇になる男だ、どうするかよく考えろ!」
そうぶつぶつ呟きながら一人個室の中で歩き続ける。
サリートンはこれまでキーリン教皇の元でこの大聖堂を取り仕切ってきた、役職こそ同じ大神官だが他の地方の小さな教団を任される様な大神官と自分は違うのだという自負があった。
そんな彼に千載一遇の機会が巡ってきたのだ、これから先何十年いや何百年も君臨し続ける事が出来る、若い魔女が現れたのだ。
そしてその新興教団は他の魔女教団とは発言力が違って当たり前だ、何せ神輿である魔女が生存しているのだから。
優秀な自分を差し置いて各魔女教団の教団長となった者達へ見返す時がようやく来たのだと、そしてゆくゆくはキーリンに成り代わり自分が教皇になる事も夢ではないと、そう思っていたのだ。
その神輿の魔女があんな道理のわからぬ小娘でなければ。
あんな何もしないと公言した魔女を祭り上げたところで何が得られる? 地位、名誉、金、サリートンが得るはずだったものが届かなくなる。
「何とかしなくては⋯⋯」
サリートンは頭を掻きむしりながら部屋の中を歩き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます