06-07 銀色の夢

「じゃまするぞ」

 そう言って休憩中のアリシアとアレクが居る部屋に入ってきたのはキーリンだった。

「キーリン猊下どうでしたか、皆の反応は?」

「ほっほっほっ皆困惑しとるわい、まあ一人怒り心頭なのもおったがな」

「それはさっきのサリートン大神官の事ですか?」

 そう聞き返しながらアリシアは用意してもらった紅茶に多めに砂糖を入れていた。

「ああそうじゃ、優秀な奴なんじゃがちいとばっかし若すぎて欲が多すぎる奴でのう、ほっとくと見とらん所で自滅するタイプじゃ」

 それを聞きながらアリシアは紅茶を一口飲みキーリンに訪ねる。

「やっぱりお金や権力が目的なんですね皆さん」

「こいつは手厳しいのう⋯⋯あっこっちにも一杯くれんか?」

 そしてキーリンとアレクにもミルファが紅茶を出して、話し合いが始まる。

「金金金そればっかりじゃよ、教会なんてもんはな」

 そうキーリンが愚痴り始める、しかしここでお道化た調子を切り替え真剣に話し始めた。

「わしが若いころから見てきた教会はずっとそうじゃった、上の者は権力と金に執着して肥え太る、しかしそれでも彼らが維持し続けるこの教会が無くなれば救われなくなる者も居る、それが現実じゃった」

 そんなキーリンの告白に、アリシアとミルファは顔を曇らせる。

「わしには運もあってこの教皇の地位を得たがそれでもままならんことは多いよ、金では簡単に解決する問題ばかりなのにじゃ、だから痛快じゃったよさっきの銀の嬢ちゃんは」

 そう言ってキーリンはアリシアに笑いかけたのだった。

「私はただこの世界で一人の魔女として、ずっとこの先面倒事を押し付けられ続けるのが耐えられないだけです、でも銀の魔女教団があるだけで救われる人が居るのなら作ること自体を止める気はないんです、ただ私には関係ないところでやって欲しいだけで」

「と、いう事なんですキーリン猊下」

 アレクはやや疲れた調子で話した。

「わしの考えとしては全面的に支持するよ、むしろ魔女なんて者にあれこれこの世界を好き勝手にされる方がたまらんわい、ただ若いもんにはそういった事は見えてこんのじゃ、金や名誉に目が眩んでな」

「大変ですね」

 アリシアは思いっきり他人事だと言わんばかりの態度だが、その紅茶には最初の一口以来口をつけてはいなかった。

「さて銀の魔女よこの問題は長引くと後々まで尾を引く、わしも手伝ってやるから腹を割って話そうじゃないか」

 ようやくアリシアは紅茶を飲み干し、そして話し始める。

「私はただ師の名誉や名声がこの先のずっとこの世界で無くならないで欲しいだけだから、自分の教団でそれを潰す様な原因にはなりたくない、後は私はあまり大きな責任を負いたくない面倒事を増やしたくはない、そんなところです」

 そう言いながらアリシア自身も結局は、名誉や名声に囚われているのだと自覚する。

「これは困ったのうアレク殿下よ」

「ええ全くです」

 そしてキーリンは真っすぐアリシアの目を見つめて話し始める。

「アリシア殿、この世界にグリムニール教だけでなく数多の魔女教が存在するのはな、これまで多くの魔女が目の前で奇跡を起こして来たからじゃ、魔法という力でな」

「つまり私にも、何かしら力を振るう事を強要するのですか?」

「強制はせんよ、しかし純粋な信仰だけで教団など成り立たん、打算や利益あってのものという事じゃよ」

「ではお聞きしますが、皆さん私に何を望んでいるのですか?」

 そのアリシアの質問にはアレクが答えた。

「魔女に解決して欲しい問題なんて数えきれないほどある、しかしその多くは我々為政者が成すべきものであり、人の手で解決できなければならない事だ、しかしそれでも取りこぼすものや間に合わない問題もありいつだって縋りたいと思っているものなんだ、我々は」

「⋯⋯私は人を嫌いにはなりたく無いんです、だから余裕があるとき気まぐれに対価を貰って何かする、それ以上の事は背負いたくはないと考えています」

「それは森の魔女殿の教えじゃな、昔似た事を言っておったよ」

「そうなのですか⋯⋯師は何も深入りはしなかったんですか?」

「ああ見えて森の魔女殿はお人よしじゃったからな、何だかんだと力を貸してくれたよ⋯⋯まあきっちり対価を要求されたがな」

「師はどんなことをしていました? 師はそういった武勇伝はちっとも話してくれなかったから」

「その⋯⋯森の魔女殿ははっきり言ってそれほど多芸ではなく、専らその武力において問題解決の手助けをしてくれたのがほとんどなんだ」

「そうですか⋯⋯」

 アレクの答えはアリシアの期待したものでは無かった。

「なあ銀色の嬢ちゃん、何か理想は無いか? 出来るかどうかじゃなく、こうしたいこうなりたいそういう夢じゃ」

 アリシアは思い返す、師はどこまでも教師であり力を授けてくれた恩人だ、しかしアリシア自身師の様になりたいかといわれると実はちがった、尊敬はしているが成りたい理想の魔女像は別だったのだ。

「⋯⋯私は〝風車の魔女〟になりたかった」

「誰だそれは?」

 そんなアレクの質問にミルファが答える。

「ナーロン物語の登場人物ですアレク様」

「本の中の人か⋯⋯どんな人物なんだ?」

「自分自身が問題を解決するのではなく、彼女が気に入った白百合姫が困難に立ち向かいそれを陰からほんの少しだけ手助けする、そんな魔女です」

「白百合姫か⋯⋯そっちは良く知っている、フィリスがよく言っていた⋯⋯だからかアリシア殿?」

「何がです?」

 アレクは真剣な目でアリシアを見つめながら問う。

「フィリスは君の白百合姫なのか?」

「⋯⋯否定はしません、最初出会った時からそういう気持ちは確かにあったから⋯⋯でもフィリスには返し切れない恩があるし、大切な仲間で友達です」

「⋯⋯そうか」

「フィリスのように真っすぐで正しい事ばかりしたい、そんな気持ちが私にも少なからずあります、でも魔女の私がそういう行動をとり続けるのは危険だと教え込まれてきました、だからそういった事はフィリスにやってもらおうと、そのかわり出来る限りの手助けをしてあげたいと考えています」

 かつてアレクは森の魔女のアリシアへの教育は洗脳に近いと教えられた事があった。

 たしかにぴったりだと思った、この魔女の時代をひっそりと締めくくるには相応しいのかもしれないと。

「なるほどのうそれなら納得じゃ、あの理念も言わば自分が必要とされない世界を目指しているわけじゃな、嬢ちゃんは」

「⋯⋯そうかもしれませんね」

 キーリンに言われてアリシアは妙に心にストンとはまる様な感覚があった。

 この世界で起こる様々な問題や戦いをフィリスやルミナスといった英雄たちが解決していく、自分は影から見守りつつ時々ほんの少し手助けだけして、そして称えられる彼女たちの話を聞きながら美味しいものを食べる、そんな日々こそが望みなのかもしれないとアリシアは思った。

「つまりこういう事なのか、アリシア殿が力を振るう必要のある組織ではダメなんだ、むしろアリシア殿をただの人集めの為の存在と割り切ってその上でその集めた人達中心で世の中に貢献する、そんな組織構造でなければならない」

「⋯⋯なるほど、いいですねそれ」

 アレクの案にアリシアも賛成だった。

「あの⋯⋯前から考えていた案があるのですが⋯⋯」

 遠慮がちに言い出したのはミルファだった。

「――こういう仕組みはやっぱり駄目なんでしょうか?」

「⋯⋯画期的だな」

「でもそれは不正とかどうなんですか?」

「不正は必ず起こるだろうが相互に監視するような構造を作りあげれば上手くいくかもしれん、午後からの会議はその方向性で話を進めてみよう」

 こうしてミルファの発案が元となってアレクが動き出す。

 それはこれまでの魔女教とは違う、新しい時代の組織の姿だった。

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