05-19 『仮面』の下の決意
七月も終わりにさしかかったある日のこと、ここウィンザード帝国首都ドラッケンにある帝城の執務室で書類の整理をしている男がいた。
彼の名はアルバート・ウィンザード、この国の皇帝アナスタシアの皇配にして宰相も務めている人物である。
「ふう、午前中の会議の書類整理が思ったよりも長引いたな」
そう言いながら仕事中に係りの者が置いていったサンドイッチを軽くつまみ腹を満たす。
時計を見るともう昼をだいぶ過ぎていた。
「今からいって間に合うだろうか?」
実は今日の昼休みにはもう一つの仕事があったのだが、思いのほか時間がかかった為にすっぽかしてしまう形になってしまったのだった。
しかし今からでも行かない訳にはいかない、本棚に隠された仕掛けを操作してその裏に隠された秘密の階段を下りていく。
長い螺旋階段を下りたそこは地下であった。
この帝国の首都は今から二百年前に上下水道が完備されており、その当時に掘られたが今では使われていない地下通路が存在する、そしてこれもそんな秘密の通路の一つだ。
しばらく進むと厳重に施錠された扉がありそれを開けてアルバートは中に入った。
そしてその中の個室で簡単に着替えをする、といっても体型がわからなくなる黒いフード付きのマントを着用してその上から一緒に置いてあった〝仮面〟を被るだけだ。
その仮面は真っ白で飾りも無く目が一つ描いてあるのみ。
そしてその個室を出てさらに奥の部屋へ向かう、そこは広い会議室だった。
その部屋には一人だけ人が居たアルバートと同じ格好の怪しい奴である、しかし違う所があった彼が被っている仮面の目は三つだという事だ。
「ドライお前だけか」
「おおこれはアインス、お待ちしておりました」
ドライと呼ばれた男は読んでいた本を閉じた。
「皆はもう帰ったのか?」
「ええ、昼休みも終わりましたしね」
「お前は?」
「私は今日は午前中だけの半休でしたのでこうして代表としてお待ち申し上げておりました」
「そうか、それはすまなかったな」
「いえ、ちょうど読みたい本があったのでいい暇つぶしになりましたよ」
「そうか、では悪いが報告を」
「はっ! まず本日の会議は四名集まりました、そしてフンスより例の件の報告がありました」
「聞かせろ」
二人はさっきまでの砕けた話し方から一変、急に仰々しく話し始める。
「やはり冒険者失踪事件は偶然ではなく意図的な、そして組織的な陰謀と考えて良いとの事です」
「そうか⋯⋯」
「アインスこれは一体何が起きているのでしょう?」
「⋯⋯わからん、断定するにはまだ情報が足りん引き続き調査を進めろ」
「はっ!」
「⋯⋯しかし、かつてこの帝国で似たような事件が二百年前に起きた事がある」
「それはまさか!?」
「そうだ! あの破滅の魔女の仕業によく似ているのだ⋯⋯確証はないがな」
「では行方不明の者達は何かの実験体として⋯⋯」
「あくまでも可能性だがな⋯⋯外れて欲しいものだ」
「とりあえず今のところ報告は以上です」
「わかった、では私はもう戻る⋯⋯その前に例の物は持って来ておるな?」
「はいそちらの冷蔵庫に仕舞ってあります、お持ち帰りください」
ドライと呼ばれる男はこれまでの芝居がかかった言い方から一変、急に接客するような話し方になった。
「すまなかったな、ではまた会おう」
そう言ってアインスもといアルバートは荷物を受け取り帝城へと戻った。
執務室に戻ってきたアルバートはもうマントも仮面も被ってはいない。
そしてしばらく考え事をしているとノックの音が響いた。
「入れ!」
そして入室してきたのは彼の愛娘のルミナスだった。
「おお、ルミナスどうした」
「父上、紙とペンをお借りしたいと思って」
「何故ここに?」
「いま私の部屋が掃除中で追い出されてしまって、ここを使っても構わないかしら」
「好きにしろ」
「はい、父上!」
そしてしばらくの間アルバートは書類に目を通してルミナスは何か紙に書いては消してを繰り返していた。
「ルミナス、何をやっておるのだ?」
「風の魔術を新しく作ろうとしているんだけどいいアイデアがまとまらなくって」
「ふむ風か⋯⋯竜巻なんかどうだ? 強そうじゃないか」
「駄目よ父上、竜巻の魔術はもうあるのよ、まあそれを強化したものは作れないわけじゃないけど今ある術でさえ使いどころがなくて微妙なのよね」
「なら後は圧縮空気の爆発か真空の刃くらいか⋯⋯」
「それももうあるから、何かそれ以外のあっと驚くようなのを⋯⋯って考えているんだけどこれがなかなか無くてね」
「そうか⋯⋯力になれずすまないな」
「いいのよ父上」
「⋯⋯ルミナス、お前いま楽しいか?」
「ええ、それがどうかしたの?」
「いや、それならいいんだ」
かつてアルバートは妻であり皇帝でもあるアナスタシアと共に考え、娘のルミナスを森の魔女の弟子てとして差し出そうとした。
それがこの世界の為、ひいては帝国の発展の為、そう言い聞かせて⋯⋯
しかし断られてわかった、自分たちが心の底からそんな事は望んではいなかったのだと。
日々成長していく娘がどんどん強力な魔力を身に着けていくのを見守るしかなかった。
自分たちの常識では娘の成長をどうしていいかわからなくなり始めた頃、エルフィード王国で生まれたフィリスが娘と同じように強力な魔力を秘めている事がわかった。
それからアルバートとラバンは同じ悩みを分かち合う関係になった、そして我が娘ルミナスとフィリスが良きライバルとなってくれればと願っていたが早々にルミナスはフィリスから興味をなくしてしまった。
フィリスが魔術を使えないと知ったからだった。
やがて時が流れ魔術と剣術、違いはあれどお互い国を思い守る為に力を磨く姿に共感してルミナスはフィリスと打ち解けるようになった。
しかしルミナスは魔術の分野では孤独なままだった。
ルミナスが十歳くらいの時でもう誰も彼女に指導できる人物が居なくなったからだ。
そんなルミナスが自分以上の存在であるあの銀の魔女と交流を持つようになったのは当初不安だった。
しかし杞憂であった、決して腐ることなく遥かな高みを目指して突き進む娘の姿があったからだ。
今ではアルバートはアリシアに感謝していた。
「ところで父上、さっきから気になっているそれは?」
ルミナスが言っているのは先ほどアルバートがドライより受け取った荷物である。
「んっこれか、ちょうどいい一緒に食べるか」
その荷物の中身はケーキである。
ドライ⋯⋯この帝都に店を構える高級スイーツ店シルクス本店の総支配人バウム・シュトロイゼルが作りあげた珠玉の逸品である。
「うぉー! これはシルクスの⋯⋯このガトーショコラいただき!」
「なら私はモンブランだ」
「ああ、母上のお気に入りの一番と二番がいとも容易く⋯⋯父上も悪よのう」
「たまにはいいだろ、あいつには⋯⋯ほれ、このプリンでも残してやればいいんだ」
「プッ⋯⋯母上がプリン⋯⋯似合わない」
ツボにはまったらしくルミナスはお腹を抱えていた。
そんな愛娘をみるアルバートは普段子供たちの前では格好ばかりつけている妻の本当の好みをよく知っていた。
そしてアルバートも一緒になって笑いあったのだ。
⋯⋯そんな笑顔の〝仮面〟の向こうで静かに決意する。
――この平穏であたたかな〝日常〟を守る、と。
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