05-18 そして日常が訪れる

 アリシアが三つの武具を創りみんなに渡してから数日がたった。

 あれから三人はそれぞれ与えられた武具の使いこなしに勤しんでいたが、やはりというかフィリスだけは当たり前の様に最初っから上手く使いこなしていて、今では別の訓練を始めていた。

「――七、八、九、十!」

 今フィリスは空中でサイドステップを繰り返していた、以前アリシアに教わった魔力操作の技術を用いて足の裏の空気を固定して、それを足場にした機動力向上の訓練である。

 今では空中歩行だけなら二十歩くらい、剣を使いながらなら十歩くらいが限界であるが、この調子ならもっと伸びるだろう。

 ただ欠点としては固定した空気の限界が精々二秒くらいなので静止が出来ない事くらいである。

 そんなフィリスの訓練とは別にルミナスとミルファは一緒に武具の扱いに慣れる訓練をしていた。

「【解放release】『火炎矢ファイヤー・アロー』!」

 ルミナスは杖に『装填』しておいた魔術を六発同時に『解放』して、ミルファに向かって撃つ。

 それをミルファは『誘導』して引き付けて――

「『吸収』!」

 その盾で即座に吸収し対処する。

「【装填reload】『氷結矢アイス・アロー』」

 そしてルミナスはその『装填』された『氷結矢アイス・アロー』六発をミルファにではなく、周りに配置された的へ向けて撃った。

 しかし『誘導』によって再びミルファの盾へと吸い込まれるが――

「『反射』!」

 今度は跳ね返した。

 なお『吸収』も『反射』も言う必要は無いが、今は訓練中の安全確保の為に言うようにしているだけである。

 そして『反射』された『氷結矢アイス・アロー』をルミナスは、『火炎矢ファイヤー・アロー』を『復唱』による連射で全てきれいに相殺する。

「ふう、だいぶ魔力を使ったわね」

「回復しますか?」

「ええ、頼むわ」

 ミルファは盾に吸収された魔力を自身を経由しながらルミナスへと送る。

 以前ミルファは魔法の翼から魔力を引き出す技術を独力で身に着けていたが最近は自分の魔力を他人へと与える技術も身に着けた、これも魔力操作技術の習得がもたらした恩恵の一つである。

「ありがとミルファ、このおかげで効率よく長時間訓練が出来て捗るわ」

 元々魔素濃度の高いこの魔の森では魔力の回復速度も速いが、それでもこの訓練方法は効率が良すぎた、何せ訓練で使用した魔力の半分くらいは回収して補給できるのだから。

「いえ、どういたしまして」

「しかし本気でやりあったら私、ミルファに勝てないんじゃ⋯⋯」

 ミルファの盾のエグイ性能はルミナスにとってあまりにも天敵だった。

「確かにそうですけど、もしルミナス様が攻撃してこなかったら私から勝つ手段も無いのですが⋯⋯それにフィリス様にはぜんぜん敵いませんでした」

 これまで何度かミルファはフィリスとも模擬戦をおこなったが一度も勝てなかったのである。

 虚実を織り交ぜた剣術、それに気を取られていると足払いなどで転ばされて終わりだった。

 フィリスのここ最近のセレナリーゼとの特訓の成果が出てきた証拠だった、しかしそんなフィリスも杖を手にしたルミナスの圧倒的な手数の弾幕を突破できないという、なんとも奇妙な三竦みの関係が出来上がっていたのだ。

 そんな訓練をしていた三人の前にアリシアは現れた。

「フィリスはともかく随分慣れたみたいだね」

「ええ、ご覧の通りですわ!」

「あのアリシア様、お出かけですか?」

 そのミルファの指摘通り今のアリシアは身支度を整えていた、武具を創ってから今日までわりとのんびりと本を読んでたりして過ごしていたのだが⋯⋯

「さっきオリハルコンの在庫が少なくなってるのを思い出したから、取ってこようかと思ってね」

「あいかわらずアリシアは突拍子もなく、とんでもない事言い出すわね」

 フィリスも訓練を止めてこちらへ来て、そう言った。

「アリシアさま、何処へオリハルコンを取りに行かれるのですか?」

 ここグリムニア大陸でオリハルコンが取れる鉱山はごく限られていた。

「えっと、みんなも来る?」

 三人はそれぞれ目を合わせた後ついて行くことにした。


「じゃあ行く前にこれを渡しておく」

 そう言ってアリシアが三人に手渡したのは、ペンダント型の魔法具だった。

「これは何アリシア?」

「これは使うとここ魔女の庵へと来ることが出来る魔法具だよ、今から行くところは危険だから万が一の時には使って」

「何処へ行かれる気なのですか?」

 オリハルコンの鉱山は主に帝国領に多く存在している、しかしそのどれもがここまでアリシアが警戒するほどの場所ではない、最もそこでアリシアが採掘する気なら盗掘になるため止めなくてはいけないのだが。

「魔の島、そう呼んでいる所」

「何処なのですか、それは?」

 ミルファが知る限りそんな名前の島は無かった。

「ここグリムニア大陸から北西へ約二千キロくらい離れた場所」

「え゛それって竜の巣じゃないの!?」

「知っているのルミナス?」

「ええまあ、大体その辺りの場所に大きな島があることは⋯⋯しかし周りの海流や岩礁そして島から襲ってくる竜の大群に、今まで誰も辿り着けていない人跡未踏の地ですわ」

「まあ確かに人が住める場所じゃないね、あそこは」

「そんなところへ私たち、今から行くのですか?」

 ミルファが不安そうに言った。

「やめておく? 無理強いはしないけど」

「いえ行きます! 連れて行ってください!」

 いつになくルミナスは強く言い切った。

「どうして?」

「〝西風と共にやって来る〟帝国にはそんな言葉があります、語源としてはその島から風に乗ってやってきた竜が災いをおこすというものですが同時に富をもたらすものでもある、要するに良いも悪いも始りはそこからと言った意味ですわ」

 過去の大戦終結時に帝国はそれまで戦争で奪った領土の返還を行った。

 その時、周辺の小国は今の国境線であるローグ山脈を帝国から奪おうとはしなかった、何故ならそこは竜の巣窟になっていたため管理できる力が無かったからだ。

 だからまだ力が残っていた帝国に押し付けざるを得なかったのだ、もしそうでなければ今の帝国領はもっと小さくなっていたかもしれないのだ。

 つまりその魔の島の竜の巣は、帝国の守り神の故郷で見果てぬ聖地とも言える。

「なるほどね、帝国皇女としては見てみたいわよね」

 フィリスにはルミナスの気持ちがなんとなくわかった。

「わかった、じゃあ一緒に行こう、二人はどうする?」

「私も行くわ」

「お供します」

 こうして結局全員一緒に行く事になった。


 アリシアの転移魔法で連れて来られたそこは、猛吹雪の極寒の地であった。

 すぐにアリシアはみんなを魔法で寒さから守る。

「ここが竜の巣⋯⋯イスペイより雪がすごい」

 アクエリア共和国北の都のイスペイは雪と山の国である。

「こっちだよ、大きな声を出さないでみんな」

 そのアリシアの指示に三人は従う。

 遠くを見渡すと空に大地に色とりどりの竜がうじゃうじゃ居た。

「以前、エルフィード王国へ贈った黒竜もここで狩ったんだよ」

「えっ? ここで!?」

 つまりはあれ位の竜がいるわけだとフィリスは一層気を引き締めたのだった。

 しばらくすると洞窟があり、そこへ入る。

「ねえアリシア、直接この洞窟へ転移出来なかったの?」

「出来なくはないけど以前やっていきなり目の前に竜が居た事があったからやめた」

「ここにも竜が居るのですか?」

 不安そうにミルファが尋ねる。

「今は居ない、この間にさっさとすませよう」

 どうやらこの状態でアリシアも竜とは戦いたくはないらしい。

 洞窟の中をしばらく歩いていたアリシアは立ち止まる。

「着いた、ここ」

 そうアリシアが指差す所にはオリハルコンの鉱脈が広がっていた。

 それをアリシアは魔法で切り出しどんどん収納魔法へと仕舞っていく。

「こんなに簡単にオリハルコンを⋯⋯固いはずなのに」

「よし終わった、帰るよ」

「え、もう? まだいっぱいあるのに?」

「今はこれだけあれば十分だから」

 オリハルコンの鉱床はまだまだ続いていた。

「⋯⋯これだけあればどれだけの富になるのかしら?」

「まず間違いなくオリハルコンの相場が狂うわね」

 フィリスとルミナスは世界経済を壊しかねないものに興味を持たない、そんなアリシアの在り方に感謝した。

「そうだ、フィリスこれ」

 そう言ってアリシアが差し出したのは、今とったばかりのオリハルコンを魔法で不純物を取り除いて小石くらいに生成した物だった。

「剣の修理に必要になったら使って」

「あ、ありがと⋯⋯」

 そう言ってフィリスは手のひらいっぱいの小石オリハルコンを受け取った。


 洞窟を出るとそこには大きな竜が居た、しかしこちらには気付いてはいないようだ。

「今私にはあれを狩る理由が無い、みんなは戦ってみたい?」

 三人はそれぞれが持つ武具を強く握った、しかし――

「やめておくわ、力試しにはもっと別の機会があるはずよ」

 そう言ったフィリスを見てアリシアは少し笑みを浮かべた。

「じゃあ帰るよ」

 そしてそのまま転移魔法でみんな無事に魔の森へと戻ったのだった。

 なお三人は今回使わなかった魔女の庵へのみ転移できる魔法具は便利だと希望したため、アリシアは回収はしなかった。

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