05-11 箱庭の死闘

 魔法の箱庭の中に作られた新月の塔の前まで三人の人形がたどり着いたのをアリシアは確認する、そしてやや表情を曇らせながら呟く。

「どうやら無事に塔まで来たみたいだね⋯⋯みんなには悪いけど色々試させてもらうよ」

 そんなアリシアの目の前にいる三人の本体は、表情一つ変えることなく箱庭を眺めていた。


 一方人形となって新月の塔を見上げるフィリス達はというと。

「ねえフィリス、この塔の元々の話ってどうなってんの?」

「まあ大雑把に言えばこの塔の中には様々な仕掛けや罠、それに魔物がひしめいていてそれを主人公の白百合姫がなんやかんやで突破して、最後は新月の魔女をやっつけて終わりよ」

「なるほど、割とありがちな話ってわけね」

「とはいっても元々のお話の塔は十三階建ての塔だったけど、これは見たところ三階建てって所だからだいぶ端折ってあるんだと思う、だから私の知識はあまり役には立たないかも」

「いいじゃない、それこそが冒険ってもんでしょ!」

 そう言ってルミナスは不敵に笑った。

「じゃあみんな準備はいい? 原作通りなら入ってすぐザコに囲まれるから」

 そう言いながらフィリスは剣を構える、そしてこの人形が装備していた剣はフィリスがアレクから借りている剣と同じデザインだった。

 そしてルミナスの杖もミルファの盾もいつも使っている物と同じ物である。

 しかしミルファのみ例外があった、いつもは持ち歩かないメイスが準備されていたためミルファはそれも装備する。

「ミルファ、やれるの?」

 メイスを構えるミルファをルミナスは心配そうに見つめる。

「はい訓練はいつもしているので⋯⋯それにここでは殺生ではありませんし」

 そう言いながらミルファはその手のメイスを何度か振って具合を確かめていた。

「ならいいけど」

 ルミナスは若干なにか引っかかるものがあったが今は気にしないことにした。

 そして三人は塔の中へと侵入した。


 薄暗い塔の中に三人の足音だけが響く⋯⋯

 しかしその三人に音もなく近づき沢山ある柱の陰から小さな人影が現れた、小鬼ゴブリンの集団だった。

 小鬼ゴブリンは魔物の中では最も弱いとされている、ここグリムニア大陸の魔素溜まりを中心に多くの場所で生息している一般的な存在だ。

 とはいっても多少の知性を持ち武器や道具も使うおまけに見た目が人型の為に、冒険者になり立ての駆け出しには最初の壁ともいわれている。

 もっともその戦闘力は人間の子供ぐらいで、まともに一対一で戦えば冒険者になったばかりの者でも容易に倒せる、しかし入り組んだ地形で待ち伏せされたり数で押して来たりなど油断していい存在でもない。

「やっぱり出たわね」

 ナーロン物語を読み込んでいたフィリスにとっては想定通りの展開だった。

 ここで三人はこの自分の人形の体がどこまでいつも通りに戦えるか試すためにも、あえて作戦らしい作戦もなく連携らしい連携もなく戦ってみることにした。

 フィリスは軽快なフットワークで一体ずつ的確に倒していく。

 ルミナスは小鬼ゴブリンが固まっている所へ範囲魔術を叩き込む。

 そしてミルファは以外にも危なげなく小鬼ゴブリンの武器を盾で裁きながら、その手のメイスで的確に頭を叩き潰していた。

 魔術攻撃の手を休めずに周りを見渡していたルミナスはそんなミルファを見て、普段の遠慮は生き物相手であるという精神的なものが邪魔しているんだと悟った。

「どうだったみんなは?」

 最初の戦闘が終わりフィリスはみんなに感触を聞いてみた。

「まったく違和感がない、正直怖いくらい」

「私はいつもと違って躊躇なく戦えました、やっぱり相手が作りものだとわかっていると違うんですね」

「二人とも大丈夫そうね、私もいつも通り思いっきり動けるわ」

 しかしその事実にルミナスは驚きを隠せない。

「ほんっととんでもない仕掛けね、この箱庭と人形は」

 フィリスとミルファも同感だった。

「まあそれを考えるのは後にしましょう」

 そう言いながら三人は次の二階を目指した。


「ここには何もいないのかしら?」

 索敵魔術を使うルミナスにはこの階にはさっきのような雑魚が居ないと判断した、しかし⋯⋯

「いや大物が一匹いるみたいね」

 そのルミナスの宣言にフィリスとミルファはこの二階の奥にうずくまる巨大な人影に気付いた。

 そしてその人影もこちらを見つけたようで動き始める、それは一つ目巨人サイクロプスだった。

「強敵登場ね」

「ふふん、腕が鳴るじゃない」

「私はあまりお役には立てそうもありません、お二人ともお気を付けて」

 ミルファは見ただけで相手と自分の相性の悪さを感じ取る、あの剛腕から繰り出されるであろう巨大な棍棒の一撃をたとえこの盾であっても受け止められるとは思えず、そして自分の細腕で振るうメイスの一撃などあの筋肉の塊にはとても歯が立ちそうも無かったからだ。

「ミルファあんたは下がってて! なるべく奴の注意を引かない様に、そして私達が攻撃を受けたらすぐ治療して!」

「わかりました」

「じゃあいくわよ!」

 その掛け声とともにフィリスは前に、ミルファは後ろに下がる。

 一つ目巨人サイクロプスに近づいたフィリスはまずは様子を見るため先には仕掛けない、そしてそんなフィリスに向かって棍棒の一撃が振り下ろされた。

 それをフィリスは冷静にギリギリまで引き付けて躱す、そして反撃。

「よし通じる!」

 そのフィリスの斬撃は一つ目巨人サイクロプスへ傷を負わせることに成功した。

「『真紅の極炎鳥クリムゾン・イーグレット』!」

 その瞬間を見計らいルミナスは魔術を解き放つ、そしてそれは一つ目巨人サイクロプス顔面を強襲した。

 苦しむ一つ目巨人サイクロプスだったが今は隙だらけだった、そしてそれをフィリスは見逃さずさらに追撃した。

 さらに傷を負った一つ目巨人サイクロプスは視界が無いためか闇雲に棍棒を振り回した。

 それをフィリスは余裕をもって回避し、その棍棒は床に叩きつけられるのだった。

「フィリス様、まだ目は無事みたいです!」

 下がった位置から戦況を観察していたミルファは一つ目巨人サイクロプスの目が潰れていない事を伝える。

「ありがとうミルファちゃん!」

「たく、タフな奴ね!」

 これは持久戦になりそうだとルミナスは思った、さっきの攻防はどれもこちらの最大限の攻撃に近い、それを食らってまだあの一つ目巨人サイクロプスはピンピンしているのだから。

 そしてルミナスの読み通り長い戦いになった。

 フィリスもルミナスも瞬間的に無理をしても倒し切れない相手だと悟ると安全に相手の攻撃をさばき、その隙に攻撃するカウンター主体の戦法へと変わった。

 しかしその似たような攻防が十回を超えた辺りで異変が起こった。

 ――ピシッ⋯⋯

「お二人とも床が!」

 最初に異変に気付いたのはミルファだった。

「やばい! フィリスその縦振りを誘うのやめなさい!」

「そ、そんなこと言われても!」

 これまでの戦いでこの一つ目巨人サイクロプスが棍棒を縦に叩きつけた後は一瞬硬直があり、その隙をつく事が容易だとフィリスが見破ってからはむしろその縦振りを誘うようになっていたのだ。

 なぜなら横振りの時にはジャンプなどで避けなければならず、次を避けられない危険が増すからだ。

 フィリスは素早く分析する、一つ目巨人サイクロプスのダメージの蓄積床の損傷具合、そして自分の力量と勘を。

「あと一回だけ縦振りを誘う、それで決める!」

 ルミナスはそれを信じたフィリスが後一回だけなら大丈夫と言った勘を、後はその一瞬に備えて魔力を高めるのみ。

「わかった! やりなさいフィリス!」

「え!?」

 フィリスを信じているルミナスと客観的に戦局を見ているミルファの反応は違った。

 次の攻撃の為に今まで以上の集中をしていたそんなフィリスに巨大な棍棒が振り下ろされる。

 これまでフィリスは棍棒が床に叩きつけられてからカウンターを取っていたが、このラストアタックはそれよりも早く動く。

 フィリスは一瞬で間合いを詰め、振り下ろされる巨人の腕にすくい上げる様な斬撃を合わせた。

 そしてその一撃は一つ目巨人サイクロプスの腕を切り落とす事に成功し、その棍棒を握りしめたままの腕はむなしく床に叩きつけられたが床は無事だ。

「『降雷の破砕閃ライトニング・ブレイカー』!」

 その一瞬を逃さず追撃のルミナスの魔術が一つ目巨人サイクロプスの一つ目を打ち砕き、そして巨人はようやく崩れ落ちてゆく、しかし――

「「「あっ」」」

 一度床に叩きつけられた巨人の腕がその握りしめた棍棒ごとバウンドして、再び床の⋯⋯それも亀裂が集中している所に落ちた。

 当然の様にそのまま床が抜け崩れるのであった。

「やっぱりあんたを信じた私がバカだったわー!」

「なによ、ちゃんと一度は耐えたじゃない!」

「⋯⋯」

 そしてそのまま三人は落ちていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る