04-20 月が再び満ちる時

 その日執務室で仕事をしていたラバンとアレクの所に、いつもよりやや遅くに戻って来たフィリスが連れ帰って来た人物を見て二人は固まってしまう。

「ずいぶん老けたなラバン、そして逞しくなったなアレク」

「セレナリーゼ⋯⋯お前なのか?」

「母上⋯⋯死んだはずでは?」

「あー父様兄様、驚いているのはわかるけど母様よ、間違いなく⋯⋯」

「⋯⋯一体どういう事か説明してくれ」

 ラバンは絞り出すような声で言うのが精一杯だった。


「――という訳だ」

 その長いセレナリーゼの話を聞き終えた反応は⋯⋯

「それで十年間、冒険者生活を満喫していたのか⋯⋯」

「母上が居ると何かが不都合だったと、森の魔女様が?」

 そんな頭を抱えるラバンとアレクに目もくれず、セレナリーゼは優雅に紅茶を飲んでいる。

「フィリス紅茶の淹れ方がなっていないぞ、茶葉が泣いている」

 現在人払いをしている為、その紅茶を淹れたのはフィリスであった。

「泣きたいのは私たちの方よ、母様!」

 わりと本気でフィリスはキレていた。

「⋯⋯しかし、この十年間お前が居るとこの国に良くないとは何だ?」

 ラバンは考える、十年前セレナリーゼが担当していたのは主に帝国との外交と軍事関連だ。

 ラバンと婚姻前のセレナリーゼは、帝国領と接した辺境伯家の令嬢であったが同時に優れた騎士でもあったのだ。

 そして帝国皇家の姫であった頃のアナスタシアとは、強いライバル関係でもあった。

 といっても国同士がいがみ合っている訳でもなく今のフィリスとルミナスのような関係だった、そのうち二人が同時期に婚姻してからは互いに国母として語り合う、善き関係を築いていた。

 そんなセレナリーゼが外交で帝国領から戻る途中に、時間短縮の為いつもは通らないローグ山脈越えのルートを通ったが為に、崖崩れに巻き込まれ死亡したと思われていた。

 当時は帝国側の暗殺疑惑もあったが、どう調査してもそんな証拠は出てこなかったのだ。

 そもそも早く帰りたかったからと強引にルートを変更したのは、セレナリーゼ本人だったことが生き残った同行者によって証言されていた。

 そんなセレナリーゼがその後十年間、このエルフィード王国にとって不利益になる存在だと森の魔女が言ったことが理解できない。

「⋯⋯わからん」

 そんなラバンをセレナリーゼは哀れに思う。

 そもそも前提が間違っているため、真相に辿り着ける訳がない。

 セレナリーゼをこの十年間排除したかったのは、森の魔女ではなく銀の魔女なのだからだ。

 おそらくあの時、銀の魔女が来なければ自分は死んで居なかったのだろうとセレナリーゼは考えている。

 十年前のあの日出会った銀の魔女は明らかに困惑していた、多分気まぐれか何かで時間を越えて辿り着いたのが、たまたまあの時あの場所だったからだ。

 本来救うべきではない、歴史に与える影響が強すぎる人物、しかも親友の母親⋯⋯そしてそれを救える自分。

 その結果が救うが死んだことにしろという契約だったのだろう、そして十年後のソルシエール村でというのも銀の魔女が過去に生きていたセレナリーゼと出会ったのが丁度その頃のあの村だったという事なのだろう。

 そしてこの真相は墓場まで持っていく覚悟がセレナリーゼにはある、あの聖女もそうだろう。

「そういえば森の魔女様は、母上の葬儀には来られませんでしたね」

 単にその頃の森の魔女はアリシアの育成に全てを賭けていただけなのだが、偶然にも説得力の補強になってしまっていた。

「母上が生きていたら何がどう変わっていたのか、可能性の一つなんだが」

「それは何なの兄様?」

「おまえだフィリス」

「私が?」

「母上を早くに亡くしたお前は自分を責めた、だが結果として強くなった」

 セレナリーゼが帝国からの帰還を早めようとした理由、それがフィリスの誕生日を祝う為だったのだ。

「もしかすると、森の魔女様は自分の亡き後この国を守っていくお前を強くする為に、お前がアリシア殿の良き競争相手になる事を画策していたのかもしれん」

「もしそうだとしたら私は⋯⋯いえ母様を救ってくれた森の魔女様に感謝しないと」

 一瞬その目に暗い物が浮かんだフィリスだったが、すぐさまそれを振り払った。

 限りなく真相に到達したアレク、怒りをこらえ感謝を言えるフィリス、二人の我が子の成長に嬉しく思う。

 だからこそ、この真実は誰にも明かす事は無いだろうそう改めて心に誓う、森の魔女様には悪いがこれも弟子の為と思って泥を被ってもらうしかない、そう思うセレナリーゼだった。


「さて、これからの事を決めなくてはな」

 そうラバンが話始める。

「ラバン、悪いけど私はこのまま死んだことにしておいて欲しい」

「何故だ?」

 確かに十年前に死んだ王妃が生きていたなど発表するのは面倒ではあるが、ラバンは後妻を取っているわけでもなく十分に出来る事だ。

「死んだはずの、そしてこの十年間冒険者をしてきた私でなければ出来ない事もある」

「もしかして母上、ギルドマスターになる気ですか?」

「そうだアレク、適任だろう」

 アレクは考える、確かに魔の森支部のギルドマスターの人選には細心の注意が必要だ。

 なにせその人物のその後の発言力と影響力が、大き過ぎるのだから当然のことだ。

 アリシアに口添えしてもらえるならば十分ねじ込める範囲だとアレクは考える、そしてその結果予想される面倒事の大半が事前に対処できてしまう、何せ本来王家といえど介入しづらいギルドの経営に、裏から手を出せるのだから。

「職員候補にも心当たりがある、決して裏切らない人材にな」

「母様それって⋯⋯」

 フィリスはアリシアの両親の事だとすぐに察しがついた。

「さて、今日の所はこの位でお開きにしよう、疲れただろう」

「ああ、全くそうだな」

 そして執務室を出ようとするセレナリーゼにフィリスが⋯⋯

「あの母様――」

「フィリス、私の部屋はもう無いのだろう、今夜は貴方の部屋に泊めて頂戴」

「はい! 母様!」

 そんな母娘を見てラバンとアレクはやっと微笑みあうのだった。


 しかしこの時のセレナリーゼは気づいていなかった。

 Bランク冒険者がギルドマスターになる事が、如何に大変な事なのかを。

 実務・交渉・人心掌握など様々な知識や技能が要求される、十年前なら軽くこなせていただろうが⋯⋯

 今のセレナリーゼに付いた錆を短期間で落とし切る事が出来る人物がこの王宮に居た事を思い出すのは翌朝の事であった。


 その頃ルミナスは自分の母に、セレナリーゼの生存を伝えていた。

「そう、生きていたの⋯⋯あのバカは」

 薄っすらと涙を浮かべて笑っている、こんな母をルミナスは初めて見るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る