04-13 試験終了

「カンパーイ!」

 Sランクチームと深層エリアの魔物との戦いが終わり、すっかり日も落ちた頃に宴が始まった。

 ここ魔の森の外のベースキャンプは、ギルドが持ち込んだ酒や食料によって宴会という打ち上げが始まっていたのだった。

「そうあれは最初の夜のことだ、夜寝ていると地面から⋯⋯」

「アリが出てきたんだろ?」

「なんだそっちにも出たのか」

「えっ?マジで出たのか?」

 〝野営の時はアリに気を付けろ〟というのは冒険者の間ではいつの間にか広まっていたネタだった、しかしこの魔の森では本当に出たらしい。

「とにかく噛まれたらすげえ腫れて、あの解毒薬のおかげで助かったよ」

「なるほど⋯⋯」

 三日間戦い抜いた冒険者同士、酒を酌み交わしながら情報交換を行なっていた。

 こうした小さな積み重ねが彼らを、歴戦の冒険者たらしめているのである。


「フィリス、ルミナス、ミルファ、お疲れ様でした」

 そんな宴会の片隅で、今では変装をといたフィリス達をアリシアは労う。

「詳しい話は後でまた、今はゆっくり休んでくださいね」

「ええ、そうさせてもらうわ」

「あー、早くお風呂入りたい」

「疲れました⋯⋯」


「やはりな⋯⋯」

 そんなアリシア達を遠目で見ながら、訳知り顔で話すSランク冒険者たち。

「どういうことです?」

「あそこにいる姫様たちが〝スリースター〟の正体って事だ」

「えっ?ウソマジで!?」

 気づいていなかった冒険者はフィリス達を、マジマジと見つめる。

「髪の色とか全然違ってるんだけど?」

「そら魔女様がなんかの魔法具か薬でも使ったんだろ、そもそも俺たちでさえ〝スリースター〟なんてパーティー聞いた事ないからな」

「まあ確かに⋯⋯あんなに強くて若い子たちの噂くらい聞かない方がおかしいよな」

「ホントに強かったんだな、あの姫様たち⋯⋯」

 冒険者の中にはフィリスやルミナスが何度も魔獣や竜を狩って凱旋するのは、ただの政治的なパフォーマンスだと思っていた者もいたようだ。

 今回の冒険者レイドの中には単独行動のスリースターを見守るべく、近くで待機していた組も居たのである。

 しかし彼らが見たものは、あの魔の森の魔物や魔獣を苦もなく倒していく少女たちの姿だったのだ。

 若い女の子達のピンチに駆けつけて、あわよくばという彼らの計画は無駄に終わっていたのだった。

「あれが〝黄金の姫騎士〟と〝魔導皇女〟か⋯⋯もう一人は?」

「おそらく最近帝国で噂の〝片翼かたよくの聖女〟だろう」

「え、あの子が!? 俺治療してもらったぜ」

「マジか⋯⋯うらやましい」

 こんな馬鹿な話で盛り上がれるのも全て、全員無事にこの試験を終える事ができたからこそだ。

「なあカイン、お前はここに来たいか?」

「⋯⋯ああ、お前もだろザナック」

 正直魔の森は厳しい、しかしだからこそ挑戦したい、そんな野心に燃える冒険者は多かった。

 やるだけのことはやった、後は結果を待つのみと皆が思いながらこの宴を満喫しているのだった。

 そんな冒険者たちの給仕をしているのは、ガーランドが連れてきたギルドの職員たちである。

 そんなギルド職員たちはさりげなく、冒険者たちの会話を聞きながら魔の森の情報収集や冒険者同士の相性など観察している。

 そう、三日目はまだ終わっていないからだ。

 これはガーランドの発案だった、試験が終わったと気を抜き酒も入る、こういったときこそ人間性が現れると。

 しかしトラブルを起こす様な者は現れず、むしろ過酷な環境を乗り越えて強い結束が生まれている様にも見えた。

 この中から二十名くらいを選ばなくてはならないのかと、ガーランドは贅沢な悩みを抱えてしまったようだった。


 そして一夜明け、四日目の朝が来た。

 そこには二日酔いでつぶれるような愚かな冒険者はいなかった、多少は昨夜の酒が残りふらついてはいたが、意識ははっきりと持って整列している。

 今回アリシアにとっての合格者の基準は、まず死なない強さをもっている事、そして森を荒らさないマナーのある者だった。

「みなさんおはようございます、この三日間ご苦労様でした、みなさんの森の中での様子は使い魔を通じて観察させていただきましたが特に問題になる行動もなく模範的だったと思います、なのでこの中からなら誰が選ばれても問題ないと思います」

 そのアリシアの言葉に冒険者一同ホッと胸をなでおろす、今回彼らは特に肩ひじ張ってお行儀よくしていた、というわけでは無かったからだ。

 そういう態度でたとえ合格したとしても、いずれはボロが出て魔女を怒らせるだけだから普段通りに行動するようにと、ギルドの方から強く言い聞かせられていたのだった。

 むろんギルドも普段通りで問題ないと自信がある冒険者しか推薦しなかったわけだが、それでもこの場でのギルドの代表であるガーランドもホッと一安心だった。

「これで試験は終了となるが、今回はひとまず解散し元の所属していたギルドへ戻ってもらいたい、そして今後の予定ではあるが今回の合格者二十名ほどは二か月後ぐらいに、各ギルドを経由して君たちのいずれかのパーティーへと通達される、そして選ばれなかった者達は一年後ぐらいを予定している増員のさいの、最有力候補であると自覚して今後も精進して欲しい」

 ガーランドは周りを見渡しながら、万感の思いを込めて宣言する。

「ではこれにて、魔の森の冒険者試験は終了である!」

 その後、大きな歓声が収まった後アリシアは支給していた転移の魔法具の回収を行った、しかし。

「魔法の袋の方はそのまま持って帰って構いません、中身に関してはギルドの方の指示に従ってください」

 これには冒険者一同大喜びだった、正直この魔法の袋だけでここへ来た価値が十分にあったからだ。

「エルフィード王国のエルメニア、ウィンザード帝国のドラッケン、アクエリア共和国のローシャの大聖堂の前に行きたい人は、転移で送って差し上げますが?」

 このアリシアの発言は冒険者たちの為というより、各地のギルド支部へ一刻も早く冒険者たちを送り返してあげたい、という気配りである。

 これにも冒険者たちは大喜びだった、Aランク以上の者は元の所属の近くへ送ってもらい、特Bランクの者は別の拠点を求めて、あえて来た場所以外へと旅立つ者もいた。

 こうして集まった冒険者は、誰一人欠けることなく帰っていったのだった。

「じゃあガーランドさん、後の事はよろしくお願いいたします」

「ええ、任せてください」

 今後の魔の森へ配属になる冒険者の選別は、ガーランドや他の代表ギルドマスター達の合議によって決まることになる。

 アリシアにとっては今回集まった者たちの中からなら誰でも良いが、ギルド全体のバランスなどはわからないのでその辺りの事は全部丸投げである。

 こうして無事に、冒険者の選抜試験は終了したのだった。


 しかし、この選抜試験のあった頃世界中のギルド支部で、奇妙な事件が起きていたのだった。


 各ギルドがエース級の冒険者を送り出し戻ってこない可能性を考慮し、これまでBランク以下でくすぶっていた者達に昇格の機会を与えるべく仕事を斡旋していた。

 しかし、その任務の最中に消息を絶つ者達が居たのである。

 それも一人や二人ではなく、もっと大勢色んな場所で同時に。

 最初は実力に見合わない依頼で死亡したと考えられていたが、どうにもおかしい。

 現場には遺留品もなく、依頼の失敗報告をしたところそんな依頼は出していないと、依頼人に言いかえされる始末。

 こうして同時期に姿を消した冒険者の数は、実に三十人を超えた。

 何かが起こっている、そう冒険者ギルドは判断したが手掛かりは何もなく、真相は闇の中だった。


 それはどこかの秘密の研究所だった、そこに三人の黒ずくめの男たちが集まっていた。

「サンプルの確保は出来たのか?」

「だめだめザコば~か」

「こっちもカスばかりである」

「そうか⋯⋯どうやらサンプルにふさわしい、めぼしい冒険者は全員魔の森へ行って居なかったようだ」

 その言葉にのこる二人の男たちが、怒りを露にした。

「なに、またあのクソ魔女の弟子の仕業なの?」

「またしても邪魔をするのか、あのムカつく魔女にそっくりだな」

「どうやらまた計画の修正が必要だ」

「もういっそアレ使わない?」

「しかしあれは吾輩たちにも制御は出来んぞ」

「⋯⋯それに関しては保留だな、それよりもマテリアルの候補は見つかったか?」

「それに関しては目星はつけている、まったく計画通りなら魔導皇女を使えばすむ話だったんだがな」

「それを言うならサンプルだって、黄金の姫騎士を使えば手っ取り早かったんだよ」

「しかしどちらもあの銀の魔女の庇護下に入りもう手が出せん、どちらも代用品で済ます他ない⋯⋯では準備が済み次第、計画を次の段階に移行する」

 誰も気がつかない闇の中で静かに、だが確実に『世界』を破滅させる悪意が、胎動を始めていたのだった。

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