04-08 集う冒険者たち

 すっかりうなだれてしまったアリシアに、フィリスは原因を説明する。

「根本的な問題点は冒険者ギルドという組織が民間で、そこに所属する冒険者たちはただの民間人だって事なのよね」

「民間、つまり国からの命令は出来ないってことか⋯⋯そもそも何で民間組織なの?」

 アリシアはそういえばと思う、なぜ冒険者ギルドは民間組織なのかと、今まで当たり前すぎて気にも留めていなかった。

 そんなアリシアの疑問にルミナスが答える。

「元々冒険者ギルトという組織は私の祖先が作った物なの、当時の帝国は大戦争で敗退し、それまで侵略していた領土を全て返還して出来た現在の国境線のローグ山脈が問題だったのよ。そこは多くの竜の生息地になってて常に常備兵を駐在させていたんだけど、敗戦直後に国境付近に戦力を多く集中させ続ける事は、体面上難しかったのよ。そこでわが偉大なる先祖クロエ・ウィンザードは民間組織の冒険者ギルドを作り、ローグ山脈の警備に当てたのよ!」

「それで当時は上手くいってたの?」

「あー、まあ詭弁だなんのって言われていたようね、でも領地を取り戻した当時の小国群には、ローグ山脈を安定させる力なんて無くて、帝国に押し付けざるを得なかったというのが実情だったみたい、もしローグ山脈が無ければ今の帝国はもっと小さくなっていたでしょうね」

「つまりはそういう事なのよアリシア、冒険者ギルドは民間組織だから国家間の戦争には参加させませんってのが当時の建前だったんだけど、今現在でも国には冒険者に対して強制権はないままなのよ」

「つまりどこで戦って生活するか、全てが冒険者の皆さんの自由という事なんですよね」

 皆の説明にようやくアリシアにも全容がつかめてきた。

「つまり実力のある冒険者は既に確固たる地位や生活基盤があるから来ない、弱い人は来たがるけどすぐ死ぬってことか」

「ガーランドさんは冒険者を集めるって言ってたけど、よそのギルドだって優秀な人材を手放したくは無いでしょうしね」

 現実を受け入れたアリシアはここで、魔の森のギルド支部を作るという事をあきらめたのだった。


 現在のこの大陸における情報の伝達速度で最速なのは、各国の王同士の早馬便である、しかし毎日やり取りしている訳ではない為、常に最新情報という訳でもない。

 しかし最新情報を常に伝え合っている情報網がある、それが冒険者ギルド便だ、街から街へ常に物資は流動している、その護衛は冒険者の仕事の一つである。

 その斡旋料の値引と引き換えにギルド支部同士の手紙などの運搬を商人達は請け負うのだ、またギルドの配達依頼を請け負う冒険者もいる。

 こうしてギルドネットワークは高速でかつ頻繁に、最新情報を伝え合うのだ。

 なのでアリシアとガーランドが面会してから五日ほどで、各地のギルド支部にガーランドの支援要請が届き始めた。

 それを読んだ各地のギルドマスターは成程と感心する。

 しかしだからといって人材を派遣などはしない、こちらにだって都合があるからだ。

 それにこの支援要請をそのまま受け取る者もいなかった、上手い落とし所だと思うだけである。

 そもそも冒険者ギルド全体の意思は、魔の森になど貴重な人材を出したくはなかったのだ。

 ではなぜあんな要請をエルフィード王国代表ギルドマスターに送ったのか、それは商業ギルドや挑戦心にはやる若手の冒険者達にせっつかれて、仕方がなかっただけである。

 これまでは森の魔女様に断られたと言い続けてこれたが、銀の魔女へ代替わりしてしまった為そうもいかない、一度は断られたという実績を作る必要に迫られたにすぎないのだ。

 泥を一人で被らせることになったエルメニア支部のギルドマスターには申し訳なかったが、こうして責任をギルド全体へと分散させるように切り返すあたり、なかなかの切れ者のようだ。

 元々はエルメニア支部に今回のお詫びに何かしらの便宜を図って終わるつもりであったが、もうその必要もないだろう。

 こうして多くのギルドマスター達は思ったのだ、これでこの話は終わりだと。


 それから数日後。

「おい! ギルマス、どういうことだ! 何故言わなかった!」

 とあるギルド支部のギルドマスターに怒鳴り込んでくる若者が居た。

 彼はこのギルド支部でも期待のエース、Aランクの冒険者だった。

「言わなかったとは何の事だね?」

「とぼけるな! エルメニア支部のガーランドさんが助けを求めている事をだよ」

 どうやらどこかで情報が洩れてしまったらしい、そうギルドマスターは察した。

「あの話は⋯⋯」

「俺はガーランドさんに昔世話になった恩があるんだ! ここを辞めてでも俺は行くぞ!」

「え、ええーー!」

 こう言いだす冒険者は彼だけでは無かった、各地のギルド支部にも多く居たのである。

 かつてエルフィード王国出身のAランク冒険者に〝剛腕のガーランド〟と呼ばれた男がいた。

 若くして成功しついには竜の討伐まで成し遂げた彼は、Sランク入りも確実だと思われていた。

 しかし彼はほんの些細な仕事で、その右腕を失い冒険者を引退した。

 そして彼は借金こそなかったが博打や風俗そして駆け出し冒険者に奢ってやったりで貯金がほとんどなかったのだ。

 そんな彼が生きていくには、冒険者として培ってきたものにすがるよりなかった。

 彼は駆け出しの冒険者たちに、あれこれレクチャーするという仕事をモグリで始めた。

 はっきり言ってあまり褒められた商売ではない、言ってしまえば駆け出し冒険者に寄生しているのだから。

 しかしそんな彼の行動は冒険者ギルドから黙認されることになる、なぜなら彼が本当に真面目に誠実に指導を行っていたからだ。

 そしてこの頃はまだ〝剛腕のガーランド〟の名に憧れる駆け出し冒険者が多く、そんな彼らが憧れの男に指導してもらい、その失った右腕を見て真摯に学んだのである。

 ガーランドの行動はその地区の冒険者のレベルを大きく引き上げ、結果として冒険者ギルドへ貢献する事になった。

 その功績が認められその後ガーランドは冒険者ギルドの、正式な指導員として雇用されることになる。

 それから数年後ガーランドは地方の小さなギルド支部を任されるようになり、数年置きに転勤を繰り返してついに去年、エルフィード王国の代表ギルドのエルメニア支部長にまで上り詰めたのだった。

 しかし現場を離れ、慣れないデスクワーク中心のギルドマスターになってからのガーランドは忘れていたのである、教え子達がその後どうなったのかを。

 エルフィード王国では魔の森だけが飛びぬけて過酷なため、実力を付けた冒険者たちはやがて他国の実力に見合った場所へと巣立っていく。

 そしてそこで磨かれAランクやSランクにまで、登り詰めた者まで居たのだった。

 彼らはみなガーランドへの恩を忘れてなどいなかった、そして今こそ恩を返す時だと。

 もちろんあの魔の森への挑戦という野心も無くは無かったが、それだけでは今の安定した生活を捨てたりはしない者たちが大半であったのだ。

 多くの冒険者たちが魔の森へ旅立つ、それを冒険者ギルドの各支部には完全には止められない。

 なぜならそれが〝冒険者〟だからだ。


 それからさらに数日たった頃、エルフィード城でアリシアとガーランドの面会が再び行われた。

「結果から申し上げます、多くの冒険者たちが魔の森へ集める事に成功しました」

「え?」

 一瞬アリシアは何を言われたのかわからない、隣のフィリスに目を向けてもそちらも同様のようだった。

「あの、ガーランドさん集まったんですか冒険者が?」

「はい、その通りでございますフィリス様」

「⋯⋯あのガーランドさんあの後私たちが魔の森の調査を行った所、Bランク以下の人は無駄死にするだけだという結論になったので、その人達は返してあげてください」

「ご心配には及びません、彼らはSランクAランクそして特Bランクの者たちばかりです」

「特Bランク?」

 SとAはわかるが、特Bが何なのかアリシアは知らなかった。

「ええ、冒険者の中にはAランク以上に上がってしまうと緊急事態に参加する義務が生じたりするので、Bランクで止めて自由を優先する者も居るのです、その中にはAランク以上の力量の者もいてそれをギルドでは非公式ですが特Bランクと呼んでいるのです」

「⋯⋯そんな人達まで集めてくれたのですか」

「いえ私だけの力ではありません、各支部の協力があればこそですよ」

 そう語るガーランド自身もなぜこうなったのか、その真の理由にはまだ気づいてはいなかった。

 そんなガーランドを見つめるアリシアの目には、敬意といったものが生まれ始めていた。

 こうして頓挫するかに思われた計画は大きく動き出す。

「現状では二十パーティ、六十人ほどの志願者がこちらは向かっています。 最終的には三十パーティ百人以上ぐらいの規模になると予想されます」

「そんなに⋯⋯でも多すぎるよね」

 アリシアはチラリと隣のいるフィリスやアレクへと、意見を求めた。

「そうだな、魔の森の規模からすればそれほど多くも無いが、まだ今の時点ではもう少し人数を絞った方が安全だろう」

「そうね、まずは少人数で試行錯誤して、安全性を重視すべきだと思うわ」

 二人の意見を受けたアリシアはガーランドに自分の考えを話す。

「ガーランドさん、魔の森の深層エリアは魔女にとって大切な場所、だから最初から立ち入らせる気は無かったしフィリス達の調査で非常に過酷すぎることが判明したので、冒険者ギルドへ解放の許可を出すのは表層エリアと中層エリアの一部までにしようかと、そしてAランク級なら表層エリアでは通用するのでは、と言うのが私達の結論です」

「なるほどよくわかりました、今こちらへ向かって来ている百人規模の冒険者全員を引き抜くのは、流石にギルド全体のバランス的にも厳しかったので、都合がいいかもしれません」

「では何かテストでもして、さらに人数を絞るべきですね」

「それが良いと思います、私の考えになりますが最初は五パーティ二十人くらいの規模での調査活動くらいから始めるのが無難だと、これ位なら他の冒険者ギルドへの影響もあまり出ないでしょう」

 ガーランドの提案にアリシアは素直に従う事にする。

「ではどんなテストを実施するのかですが⋯⋯」

 その後、この場の四人によって様々な意見や提案が出され、勇敢なる冒険者たちの運命は弄ばれてゆくのであった。


 アリシア達によって決められた事柄はフィリス達の協力によって世界中のギルド支部へと通達された。

 それによって冒険者の募集は一旦終了し、彼らが集まるであろう十五日後にテストを行う手筈となる。

 その期間アリシアは必要な魔法具を創り続け、ガーランド達も多くの冒険者を迎え受ける準備に追われるのだった。

 数多くの歴戦の冒険者たちが魔の森へ挑戦する為に、ここエルフィード王国首都エルメニアを目指す。

 彼らはいずれ知る事になる、魔女が住む魔の森の真実を⋯⋯


 一方多くの人材を失った他の支部では。

「大勢のAランクを失ってこれからどうすればいいんだ⋯⋯そうだ、うちにはまだ特Bランクのセレナが居るじゃないか!」

 そんなギルドマスターに受付嬢の一人が、

「セレナさんも行っちゃいましたよ、魔の森へ」

「何だって!?」

 各支部の怨嗟の声は続く、どうしてこうなったのだと⋯⋯

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