04-07 魔の森の洗礼
冒険者ギルドマスターとの会見の次の日、アリシアはフィリスに魔の森で狩りをしてみたいと頼まれた。
アリシアはそれが、ギルド支部の設立に関わる事なんだと思い許可する。
まあ別にそうでなくとも、フィリス達ならいくらでも許可したであろうが。
「魔の森での狩り、胸が躍る血が騒ぐ! よく言ったフィリスよ!」
今日のルミナスは、いつもよりテンション高めの絶好調である。
「ミルファちゃんは無理しなくていいからね」
「はい、お気遣いありがとうございます、でも私も皆さんと一緒がいいんです」
なんとミルファも参加を決意した、しかし彼女の攻撃手段は低ランクの攻撃魔術ぐらいしかなく、実戦経験もない。
「ミルファは無理しないで自分の身を守る事だけ考えて、魔の森での雰囲気に慣れるくらいの気持ちでね」
「はいアリシア様、わかってます」
そうミルファは答えながらアリシアが創って渡した盾を構えている。
一応ミルファも戦場の後方支援には出ていた、その為護身術程度にはフレイル等の鈍器の扱いは心得ているが、あきらかにこの魔の森では力不足の為、いっそ武器は持たない方がいいとの判断に従っている。
「では今から森に入ります」
そうアリシアが宣言し説明を始めた。
「この魔の森は大きく分けて三つに分類されます」
「三つ?」
「ええ、まず表層エリア、中層エリア、最後に深層エリアの三段階に、それぞれ地理的な条件によって魔素の濃度が違う、その為そのエリア毎の植物や生物の特性が変わってくる」
「変わるって?」
「植物に関しては成分が濃くなったり毒性を帯びる事も、生物に関しては深層に近づくほど強く狂暴になる傾向がある」
「この魔女の家は、どの辺りになるんですか?」
「この魔女の庵は深層エリアの中心、でも結界も張ってあるし何より深層エリアの生物は、縄張りがきっちりしているからここへは来ようとはしないよ」
その説明を聞き、魔の森の生物ですら魔女を避けているのだと、皆が理解する。
「まずはこの森の外周からゆっくりここを目指す、無理だと思ったら少しでも嫌な予感がしたらすぐ言って、ここまで転移するから」
そのアリシアの言葉に全員がうなずく。
そして四人は森の外へと転移した。
外周より森へ入ったアリシア以外の皆は緊張が走る、これまで結界に守られていた時とは違いこの魔の森の、魔素の濃さを実感する。
「これは⋯⋯くるモノがあるね」
「ええ、そうね」
「でもそこまできつくはないです」
そう三人には結界で守られた魔女の庵で滞在経験があるため、そこの魔素濃度に比べればここ表層エリアは問題ではない。
しかし森全体から感じられる、殺気の様な気配がある事だけが違っていたのだ。
「なるほど、この雰囲気を感じ続けていれば、気がふれるのもなっとくね」
こうして四人は進み始めた、森の中心を目指して。
フィリスとルミナスにとっては、表層エリアの魔物も魔獣も問題なかった。
それぞれ単独で何度か戦って、問題ない相手だと判断する。
中層エリアへと踏み込むと、魔素濃度がグンと上がったのがはっきりとわかる。
「ルミナス⋯⋯」
「⋯⋯ええ、わかってるわ」
ミルファも無言でついていく。
このあたりから、襲ってくる魔物たちの性質が変わるのが、はっきりとわかる。
より狂暴に、より狡猾に、ルミナスは探査系の魔術を使いっぱなしで警戒する。
敵の強さに関してもこのあたりから、フィリスやルミナスといえども一人ではキツくなってきた。
開けた場所ならそう問題にならないが、この森という環境が足を引っ張るのだ、自由な立ち回りが出来ない、森を傷つける火の魔術を禁止されている等が理由だ。
互いに枷をはめられた二人は共に、強引には相手を倒せなくなってきていた。
それでも数体の魔物や魔獣を狩るのはさすがであった。
「どうする、ここまでにしておく?」
アリシアはみんなに問う。
「いえ、このまま深層エリアへ行きましょう」
「そうこなくっちゃ」
「お供します」
そう宣言して一同は進む、この世の地獄へと。
アリシアも万が一に備え、全員をいつでも転移できるようにしておく。
こうして地獄が始まった。
「フィリス様!」
ミルファは叫ぶことしかできない。
「ミルファ! 動いちゃダメ」
現在交戦中の凶悪な陸竜種の魔獣に対し前衛のフィリスは、これまでの様な味方を守る位置取りがしたくても出来ない事が増えて来た。
そうするとルミナスは援護よりも防御を優先しなくてはならない分、どうしても手数が減る。
今ではルミナスはミルファを盾にせざるを得ない場面が多々あった。
これまでの道中でミルファは何度がそのアリシアの創った盾で攻撃を防ぎ、その性能への信頼が出来上がっている。
だから冷静に攻撃を防ぐことに、迷いは無かった。
魔獣の尾が鋭く振られた、その瞬間をルミナスは見逃さない。
「『
魔獣が立つ大地が凍てつく、尾を振った魔獣を支える軸足のグリップが消失し激しく転倒した。
その時すでにフィリスは宙に舞い、木を蹴って魔獣の急所を目指す。
フィリスの渾身の一振りは、魔獣の無防備になった首へと吸い込まれた。
しかし、切断には至らない、フィリスは即座に剣を手放し距離を取った。
魔獣はその力強い生命力で起き上がる。
もし剣を手放すのが遅れていれば、フィリスはやられていたかもしれない。
その瞬間にルミナスの次の魔術が完成した。
「『
荒れ狂う稲光が刺さったままのフィリスの剣に落ち、その威力が魔獣の体内へと伝わる。
やがて魔獣は力尽き倒れ、起き上がる事は無かった。
「勝った⋯⋯」
さすがにフィリスもへとへとだった。
「アリシアさま帰還します! すぐ転移を!」
議論もせずルミナスは宣言し、アリシアもすぐさま転移魔法を使った。
「つ、疲れた」
「何なのよあの化け物は!」
「怖かったです⋯⋯」
ミルファも戦いの最中は無心だったが、こうして安全なみんなの家まで戻ると、恐怖を感じずにはいられなかった。
そして反省会が始まった。
「中層までは問題なかった、でも深層はケタ違いよ!」
珍しくフィリスが取り乱している。
それもそうだろう、フィリスはこれまで兄から借りっぱなしのこの剣が完璧にとらえて、両断出来なかったことなど無かったからだ。
ルミナスにしても心中穏やかではない、彼女の魔術一発ではどうやっても致命打にはならない、何発も積み重ねてやっと倒せるだろうが、そのスキをそう簡単には与えてはくれないだろう。
「どうだった私の森は?」
「どうもこうも無いわアリシア! ギルドを作るのは無理よ!」
「なにそのギルドって?」
「ルミナスには言ってなかったけど、この魔の森で冒険者ギルドの支部を作る話が進んでるのよ!」
「なにその面白い話は! もっと早く言ってよ!」
「あーごめんルミナス、昨日始まったばっかりの事だから、⋯⋯そして多分実現しないし」
「えっ?」
フィリスのその言葉にアリシアは戸惑う。
「私達が手こずる相手に、普通の冒険者が敵うわけないじゃ無い」
「え、いや、でもSランクなら⋯⋯」
そんなアリシアにフィリスは真実を告げる。
「夢見てるアリシアには悪いけど、単純な戦闘力なら私達はSランク以上よ、もちろんこの森の環境に慣れていなくて力が出し切れていないけど」
「こういった原生林に慣れている現役の冒険者なら、搦手込みで善戦するかもしれないけど、それを日常とし戦い続けるには命がいくつあっても足りないわね」
ルミナスもフィリスの意見には同意だった。
「Sランク冒険者パーティーでも深層エリアなら、十回戦って三回は全滅ってとこじゃ無いかしら」
「⋯⋯えっと、元々深層エリアには立ち入らせる気は無くて表層エリアだけ、もしくは中層も一部許可ぐらいのつもりだったんだけど⋯⋯それでも駄目かな?」
そのアリシアの考えはフィリスも初耳だったが検討してみる。
「うーん、表層ならBランクでギリギリってとこかな?」
「中層もSランクくらいで安定するか? ってとこよね⋯⋯」
その分析結果にアリシアはひとまず安心する。
「ならAランクには表層エリアだけ、Sランクに中層まで開放するでいけるんじゃ?」
そのアリシアの淡い希望をフィリスとルミナスは⋯⋯
「来てくれるかな?」
「無理じゃ無いかしら、Aランク以上なんてしっかりした拠点を持った連中ばっかりよ、今更命賭けてまで安定した地元を捨ててまで来ないでしょ」
「だよね、来たがるのはBランク以下の決まった拠点を持たないような人達でしょうしね」
強い人達は来ない、弱い人達だけが来たがる、八方ふさがりである。
「じゃあガーランドさんは嘘ついたの?」
「嘘とは言えないわ、彼はこの魔の森をよく理解していただけで、実際あの方法くらいしか無いって思ったんでしょ」
「Aランク以上の選抜チームとか、確かにそれぐらいでないとね⋯⋯」
「じゃあアリシア様の望みは叶わないのですか?」
「そういう事になるわね」
そうフィリスは結論を下す。
こうして魔の森の冒険者ギルド計画は大きく暗礁に乗り上げたのだった。
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