02-03 帝国への旅路

 そして帝国へ行く日がやって来た。

 エルフィード王国の首都エルメニアは大陸の南東部の中央に位置する、そして帝国へ行くにはそのまま北上すれば国境を隔てる巨大な山脈に打ち当たり、小規模なキャラバンならともかく王族の移動する巨大な行軍では越えることは出来ない。

 なので西側の海岸線に沿って作られた大きな街道を北上するルートを選択する、国境を越えるまでに五日、そこからもしばらくは北上しそこから東へ、帝国の首都ドラッケンまではだいたい四日という距離である。

 エルフィード王国の一行は二日ほどの余裕を持たせて組まれた日程で出発した。


 これはその三日目の出来事である。


 王とアレクの乗った馬車は隊列の中央に配置され、そのすぐ後ろにアリシアとフィリスの乗った馬車が追走している。

「それにしてもこれは素晴らしいな、アレクよ」

「まったくです、父上」

 彼らが話にしている物は、今回アリシアが持って来た魔法具である。

 その形状は長さ二〜五メートルに伸縮する棒で、地面から十センチくらいの所で水平に浮かんでいる。

 その効果はその棒が通った場所の、地面が平らになるという物である。

 王族たちの使う高級馬車には、昔帝国で発明されたサスペンションという衝撃を吸収する装置が組み込まれている、しかし地面そのものがデコボコだと、衝撃は吸収されるが揺れまでは消しきれない。

 王都の中やその周囲の街道までなら、道の整備も行き届いているが、ここまで離れた場所になると大きな石が落ちていたり、雨などで地面がへこんでいたりなど、放置されているのが現状である。

 現在アリシアが持って来たこの魔法具は、隊列の先頭の馬から紐で引きづられながら、地面を整地し続けている。

「あれを譲って貰えないか後で、アリシア殿に聞いておいてくれ、アレクよ」

「分かりました、父上」

 以前にアリシアとアレクの間で話し合った、アリシアが作る魔法具に関する取り決めは、この様なものだった。

 1、魔法具とは「魔法の力を再現出来る道具」であり、魔石の交換や自然回復などで繰り返し使用できる物である。

 2、様々な理由により魔法具の製作を、アリシアは断っても良い。

 3、アリシアは無断で作成した魔法具を、許可なく第三者に譲渡や使用させてはならない。

 4、アリシアは無断で製作した物を、様々な理由により世に出さない事ができる。

 5、アリシアが作成した魔法具の値打ちは、アレクとその方面の専門家の見立てによって決定する。

 6、正式な手続きを経て譲渡された魔法具が、犯罪に使用されたとしても、その責任をアリシアが負うことは無い。

 とりあえず今の所は、こう取り決めがなされている。

 今回の場合は、アリシアが無断で作成した魔法具をアレクの許可の元、先頭の騎士に使用させているという形だ。

 ここからアレクたちがあの魔法具の相場を決めて、アリシアに譲渡して貰えないかという交渉を行うことになる。

 地面を平らにする魔法具の相場がどの程度のものか、王とアレクの話し合いが続けられるのであった。


 そんな王とアレクの馬車のすぐ後ろの馬車には、アリシアとフィリスが乗っていた。

「アリシア、今回は馬車を浮かべなくても平気なの?」

「ほとんど揺れないし、こうしてフィリスと話をしていると乗り物酔いも起きないみたいだし必要ないかな」

「そっかならよかった、でもアレ本当にすごいね、さっきから全然揺れない、きっと父様たち欲しがると思うけど、どうするの?」

 フィリスのその質問に対してアリシアは考える。

 アリシアは師から作った物が人の手に渡った場合、必ず想定外の使用方法や悪用されると思え、と言われている。

「フィリス、アレどんな悪用方法あるか思いつく?」

 アリシアは自分では思いつかず、フィリスに尋ねる。

「ああ、なるほど悪用か、うーん⋯⋯畑に使ったら台無しになる、くらいかな?」

「なるほど、まあその程度なら渡してもいいのかな?」

 アリシアはアレクが欲しいというなら、渡してもいいかと思った、どのみち手元に残しても使うことはないし⋯⋯と。

「それよりフィリス、帝国ってどんな所なの?」

「えーとここエルフィード王国よりも、全体的に標高が高くて山が多い、そして平地が少ない代わりに、鉱山や竜や魔物が多い国ってとこかな?」

「なるほど、ずいぶんエルフィード王国とは違いますね」

 エルフィード王国は比較的平地が多く、その為他国に比べて農業地が広めであった。

「場所によっては一年中雪が溶けない山とかもあってさ、アリシアは雪見たことある?」

「ありますよ、この前に黒竜を倒した遠くの島はずっと吹雪ですし」

「そんな島があるのか⋯⋯行ってみたいな」

「まあ、フィリスなら死なないから連れて行ってもいいけど⋯⋯後で怒られるんじゃ?」

「怒られるね⋯⋯間違いなく、でもいつか黒竜とか戦ってみたいなー」

「黒竜は腐食性のガスを吐くから、その対策をしておかないと服とか皮膚を持っていかれるよ」

 そんなアリシアの説明にフィリスはゾッとする。

「それはやだな、今度作ってくれる剣で戦えるかな?」

「そのくらいの性能は保証しますよ」

 アリシアとフィリスはこれからの事を楽しそうに話しながら、帝国への旅は続く。


 その後四日目の終了時に帝国との国境線に到達し、一日の休憩を挟みそこからは帝国兵たちの先導も加わり、予定より一日早く八日目には無事にウィンザード帝国の首都ドラッケンへとたどり着いた。


 エルフィード王国の馬車を出迎える帝国民の姿は明るいもので、両国のこれまでの関係がアリシアにもよくわかった。

 そんな中一際大きな歓声で迎えられたのは、フィリスの乗った馬車である。

「フィリス、すごい人気だね」

 アリシアは疑問を感じる、エルフィード王国内ならともかくなぜここ帝国でここまでフィリスの人気が有るのか、わからないからだ。

 フィリスは馬車の窓から帝国民たちに手を振りながら、アリシアに答える。

「この国の皇女のルミナスと一緒に、何度か竜や魔獣退治をして、その度にここで凱旋してたからじゃないかな?」

 アリシアはこれまで知らなかった、フィリスの事を知るのだった。


 ――その時だった。


 アリシアは今、自分がられていることに気づいた。

 周りの民衆たちではない、もっと遠くの⋯⋯それはこれから向かう帝国のお城からである。

 直接目で見られているわけではない、もっと別次元の感覚によってられている。

 アリシアがこれまで出会って来た、フィリスやエルフィード城の魔道士達はアリシアの魔力を感じる事は出来るが、こうしててくる事は無かった。

 魔女は魔力を魂の感覚で、目で見るようにて、耳で聞くようにく事が出来るが、普通の人にはせいぜい何かが在ると、漠然とした感覚しかないらしい。

 そういった差が、魔女と普通の人との境界線の一つであるとアリシアは理解している、そしてエルフィード王国には自分と同じ領域でたりいたり出来る人が居ないのだ、という事も理解していた。

 そしてそれが出来る人物がここ帝国には居た。

 その事に気づいた時アリシアには自然と笑みが浮かぶ。

「アリシア、どうしたの?」

「⋯⋯いえ、ここ帝国に来て本当によかったと思っただけです」

「そっか、ならよかった」

 フィリスは気づかなかった、アリシアの本当の目的を⋯⋯


 ――やっと同志に会える⋯⋯


 一行が帝城へと到着するまで、あと僅かである。

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