01-10 魔女と王の交渉の始まり

 アリシアと王との面会の当日、城下町は厳戒態勢にあった。

 しかし市民達に混乱は無い、なぜなら二日前から非常事態に備えた訓練を実施すると言う発表があった為である。

 正午の少し前、城門前にフィリスは陣取り、アリシアの到着を待っていた。

 すると目の前の広場の空間が歪みアリシアが現れ、その到着を確認したフィリスと周りの騎士達は最敬礼でそれを迎える。

「お待ちしておりました、魔女アリシア様!」

 その歓迎を受け、アリシアもまた礼を持って返す。

「ごきげんよう王女様、歓迎ありがとう」

 アリシアの今回の服装は前回よりも装飾多めの礼服仕様となっており色も黒で統一されている。

 その服装と洗練された所作が相まってフィリスは思わず心を奪われる。

「⋯⋯それではこれより、ご案内させていただきます魔女様、王がお待ちです」

 そのままフィリスは、予定されていた手順どうり進めようとする、しかしアリシアがそれに待ったをかける。

「王女様、その前に手土産を持って来たので先に渡しておきたい、なにぶん大きな物なので広い所へ先に案内して欲しいのだけど」

「大きい物とは何です?」

「竜一頭、丸ごとです」

「竜ですか!?」

 ここでフィリスは考える、まずこのタイミングで贈り物を先に見せたいという事は、それを使ってこの後の交渉を有利に進めたいということ、さらに竜というのも贈り物としては最高である、何せ捨てるところが無い、捨て値で売っても何億Gグリム相当になるし、自身の実力を示すにももってこいだ。

 そしてもう一つの考えに辿り着く、通常交渉時に切り札を先に見せはしない、しかし先に見せるという事はそれを切らせるなと言っているに等しいという事だ、つまりこの魔女は極力戦いを避けようとしている。

 フィリスは安堵する、自分と魔女の思いは同じなのだと。

「わかりました、では城の裏手に広場が有るのでそこへまずご案内します」


 フィリスは固まってしまっていた、アリシアが出した竜を見て。

 黒色、黒竜だ⋯⋯しかも大きい、フィリスはこれまで竜を五頭狩っている、赤竜が三頭、青竜が二頭、そしてエルフィード王国内でほぼ一人で討伐したのはその内の三頭であり後二頭はウィンザード帝国領内でそちらの皇女ルミナスとの共闘によるものだ。

 フィリスは初めて黒竜を見た、しかも今まで見てきた竜よりも二回りほど大きい、正直圧倒されていた。

「それではここに置いておきます、あと血抜きは既に済ませてこれに入れてあるので」

 そして瓶詰めの血が入った、魔法の袋を手渡す。

「それはお気づかい、ありがとうございます」

 フィリスは日々の訓練どうり表情を崩すことなく、声も震えなかった自分を誉めてやりたかった。

 この時フィリスはアリシアに気づかれないように、一人の騎士に先に王の所へ行き報告するよう指示サインを出す。

「それでは改めて、王の所へご案内します」

 こうしてフィリスは出来るだけ遠回りで時間をかけて、アリシアを王の場所まで案内した。

 元々フィリスは父や兄を信じては居た、しかしそれでも願わずにはいられない、自分の父と兄達がこの魔女と上手く話を纏めてくれるのを⋯⋯


 一人先行した騎士は、見たことをありのまま王に報告する。

「そうか、わかった⋯⋯下がってよいぞ」

 その騎士はここまでの全力疾走で、多少息が切れてはいたがそれでも最後まで毅然とした態度で、任務を遂行した。

 魔女がここへ来るまで、そんなに時間はかからないであろう、だから王は最小限の事だけを臣下達へと伝える。

「何が有ろうと、敵対的感情を誘発するような発言は禁ずる⋯⋯いいな」

 それは降伏宣言に等しかった、しかし臣下の誰も異議を挟まなかった。

 こうしてアリシアを迎え入れる体制は、整ったのである。


 フィリスの案内で王の元へと近付く、途中城の調度品の説明などしてもらったアリシアは気持ちが落ち着き、思いのほかリラックスした気分で臨めそうだと目の前の王女様の気遣いに内心感謝していた。

 そして目の前に大きな扉が現れる、フィリスの命令によって騎士達がその扉を開く。

 この時アリシアは自分に言い聞かせる、偉大な師に誇れる魔女になる為にと、いざ⋯⋯


 部屋に入ったアリシアの目にまず入ったのは、威厳を感じさせる王の佇まいであった。

 そして次に大きな円卓があり、王の左右におそらく王の配下の者たちが座っている。

「よく来てくれたアリシア殿、あらためて儂がエルフィード王国、国王ラバン・エルフィードである」

 最初に口火を切ったのは王の方からである、それを見てアリシアは帽子を外し魔女式の礼で返す。

「我が名はアリシア、偉大なる森の魔女オズアリアの弟子にして⋯⋯以後お見知りおきを」

 今初めて師の後継者を名乗る、それはアリシアの決意表明だった。

 そして王に促され、アリシアは円卓へと着席する。

 それぞれの席順は円卓の頂点に王が、その右隣に王太子アレク、王の対極の席にアリシア、その左隣にフィリスが、そしてその間の左右の席を埋めるように王の臣下達が座っている。

「さてアリシア殿、話を始める前に聞いておきたい事がある」

「何でしょうか?」

「この国の恩人である森の魔女殿の最後についてだ、どうであった?」

「⋯⋯師の最後の半年は殆どベッドの上でした、体に力が入らなかったようですが最後は苦しむことなく逝かれました」

 アリシアは最後に、師を看取った時の事を端的に語った。

「そうか、アリシア殿感謝する、恩人を寂しく旅立たせず済んだことを⋯⋯」

「お礼を言われることではありません、師を看取るのは弟子として当然の事ですので」

 アリシアは内心では嬉しかった、この国の王に此処まで言って貰えたことが。

「ところで聞きにくい事なのだが、遺体はどうなった?」

「師の言いつけ通り灰にして森中に撒きました、アンデッド化の可能性はありません」

 森の魔女そのものが蘇ることは無いが、森の魔女の遺体を核に悪霊が取り付いたりして暴れまわる事は十分に可能性の有る事だ、だからアリシアは師の遺言通り念入りに処理しておいた。

 何者かに師の体を使われるのは不愉快であり、また師の体を破壊する様な事もしたくなかった、だから当然の処置である。

「⋯⋯そうか、此方の方でも国葬を執り行い慰霊碑を立てたいと思っているが、構わないか?」

「どうぞ、ご自由に」

「あとそれから、何やら大層な物を頂いた様だが、あれは何かね?」

「王への挨拶が遅れた事へのお詫びと、王の回復祝いと思っていただければ結構です」

「そうか、では有難く頂こう」

 こうして会話は始まり、やがて残された者達の今後へと話題が変わってゆく。


「今後の事を話す前に、一つ確認しなくてはならない事があります、王よ貴方は私が師の全てを受け継ぐ後継者として認めるのか? という事を」

「認めよう」

 あまりにもあっさりと認められた事により、返ってアリシアは用心深く念押しをする。

「⋯⋯私が受け継ぐ物の中には魔の森も含まれていますが、それも構いませんか?」

 ここでアリシアの住む、魔の森について解説する。

 魔の森は所謂いわゆる魔素溜まりである、様々な条件により自然界には魔素が発生している、しかしその発生した魔素が淀み辺りに拡散せずに濃度を上げていくという地形が至る所に存在する、魔の森はその中でもとりわけ大きい、この大陸一の魔素溜まりである。

 この魔素溜まりの中で、動物は魔獣と化し植物すら異常をきたす、それらは有用な素材で有り重宝されるが採取するのは命懸けになる、何故なら高濃度の魔素は人の精神を蝕むし、魔獣はとてつもなく狂暴だからだ。

 そんな素材の宝庫である魔の森を、この機に魔女アリシアから取り上げ国の管理下に置こうという意見が無かったわけではない、しかし魔女アリシアの怒りを間違いなく買う、しかも魔の森は広大すぎてとても管理しきれるものではない、適当に間引き切り開く事が仮に出来たとしてもそれは困難であり、そもそも森の価値が無くなってしまう。

 よって王の答えはあらかじめ決まって居たものだった。

「確かにこの国の領土ではあるが我々に有効活用する術はない、今後ともアリシア殿に使ってもらうと共にその管理を頼む」

 魔の森の管理を押し付けられるだけでも十分、しかも機嫌まで取れる、他の答えなど無い。

「他に何か有るかな?」

「いえ、ありません」

「では、話を始めよう」

 実はこの時点で、アリシアがここへ来た理由の大半が終了していた、何があろうと魔の森を手放すわけにはいかなかったからである、その為にはこの国と戦う破目になっても致し方ない⋯⋯そこまで思い詰めていたわけだが杞憂に終わる。

 アリシア以外のこの場にいる全ての者が感じていた、目の前の魔女がこの部屋へ入って来た時から放っていた威圧感が薄くなっていくのを⋯⋯

 すぐ隣りの魔女アリシアの雰囲気の変化を、敏感に察知したフィリスはこの時確信していた、この交渉は上手くいくと。


 ⋯⋯まさか、ここから思わぬ形で拗れるとは、誰もが予想だにしていなかった。

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