第2話

「広臣君さぁ、ご飯っていつもどうしてるの?」


 昼休みになるやいなや、浅野さんか俺の机に手をついて話しかけてくる。


「あ……コ、コンビニ」


「一緒だね。じゃ買いに行こっか」


 浅野さんにつられて二人で教室を出る。


 明らかに釣り合っていない二人組なことと、片割れがあの浅野さんなのですれ違う人達が皆振り返る。


 これが彼女の見ている世界なのかと驚き、羨ましくなる。


 浅野さんは知り合いも多いようで、話しかけられるたびに歩みを止めずに素早く対応を終わらせている。


 そんなこんなで校門を出て、そこから目と鼻の先に位置するコンビニに到着。


 俺の向かう先は菓子パンのコーナーだ。


 最近のブームは大福パン。大福を思わせるほどにもちもちなパン生地とあんこのコンビネーション。それを緑茶で流し込むのが至福だ。


 パンの棚にはいつもの真っ白な大福パンのパッケージが見えて一安心する。


 そこに手を伸ばすと、大福よりも柔らかそうな何かに触れた。


「おろ……広臣君もこれ好きなの?」


 浅野さんも俺の真後ろをついて菓子パンコーナーに来ていたみたいだ。同じパンを狙っていたため手がかち合ったらしい。


「あ……うん」


 俺の返事を聞くと浅野さんは目じりを下げてニッコリと笑う。


「だよねぇ! 広臣君、分かってるなぁ! これ美味しいんだよね。パンなのに緑茶と合うんだ。知ってた?」


「も、もちろん! 俺もここのところは毎日そうやって食べてるんだ」


「ふふ。でも、どうしよう。一つしかないみたい」


 浅野さんがひょいっとパッケージを掴んで持ち上げると、その後ろは何もない空間が広がっていた。ラスト一個だったみたいだ。


「あ……あげるよ」


「うーん……一緒に食べるんだし、半分こしよっか。広臣君、このパン好きそうだし。これは私の奢りだからね」


 浅野さんのような美少女が微笑みながらそんな提案をしてくるので、危うく大福パン以上に浅野さんに心を射抜かれそうになる。


 だが、浅野さんのようなスクールカーストの最上位に位置する人が、俺のようなカースト最底辺に話しかけてくるなんて気まぐれか、何かの狙いがあるに違いない。


 顔が熱くなっていくのを隠しながら頷くと、浅野さんは鼻歌を歌いながら飲み物のコーナーへ俺を誘導する。


 耳馴染みのある曲が店内のBGMとして流れている事に気付く。俺が作曲したものだから、知っているのは当然だった。


「この曲良いよねぇ。このグループ、カップリングの方が良い曲多いんだよなぁ」


 二本の緑茶のペットボトルを胸で抱える浅野さんはvTuberにも三次元のアイドルにも造詣が深いみたいだ。


 何を隠そう、浅野さんがべた褒めしているカップリングの方は俺が担当している。メインの方は大人の事情で有名な作曲家が起用されるため回ってくることは少ない。


 だが、そんな事をここでひけらかしたところで、冗談だと思われるだけだし、虚言癖のある痛い奴だと思われかねないので、無言で頷いてペットボトルを受け取り、同意だけに済ませておく。


「ようし! お腹空いちゃった。早く行こ!」


 浅野さんはパンと緑茶を抱えてレジへ向かう。俺も追加でおにぎりをいくつか手に取り、会計を済ませて学校へ戻った。


 ◆


 学校に戻ると、またすれ違う人達が浅野さんに絡んでくる。


 いい加減疲れそうなものだが、浅野さんは選挙前の政治家のように笑顔を崩さずに歩みを進める。


 屋上と聞いていたのだが、連れてこられたのは部活のための部屋が集まっている部室棟。


「ここ? 屋上って、教室棟じゃないのか?」


「うん、あっちは人が多いからね。こっちは穴場なんだ」


 浅野さんの先導で階段を登っていく。


 さりげなくパンの入ったビニール袋でお尻の辺りを抑えていて、まるで俺が後ろからスカートの中を覗こうとしていると言わんばかりの態度だ。


 覗くつもりがないと指摘をすると、それはそれで意識していると思われそうだ。だが、思いっきり下を向くとそれはそれでまた意識していると思われかねない。


 正解が分からないまま、浅野さんの膝裏をがん見しながら部室棟の屋上まで向う。


「ふぅ、ついたぁ!」


 浅野さんが屋上に向かう扉を開ける。


 穴場というだけあって部室棟の中は昼練をしている吹奏楽部くらいしか人気が無いし、屋上はすっからかんだった。


 誘導に従って、小さな段差に横に並んで腰かける。


 浅野さんはガサガサと袋を漁ると、大福パンを取り出し、半分に割る。だがもちもちの生地のせいでうまく割れなかったようで、三割と七割に分かれた。


 二つを交互に見比べながら浅野さんは申し訳無さそうに眉尻を下げて三割の方を俺に差し出してくる。


「う、うん……そっちで大丈夫」


 浅野さんはニパァと満面の笑みを浮かべる。


「ありがと! 明日、もしあったら二つ買ってくるよ!」


「いや……そもそも奢ってもらってるし」


「気にしなくていいよ。広臣君にはたくさん仕事をしてもらわないといけないし」


「仕事?」


 浅野さんは「うん」と頷くと、何度か咳ばらいをして喉をチューニングし始めた。


「あのね……五条(ごじょう)アイリスって知ってる……よね?」


 いつもの声より少し高めの声。そして、それは九十九サクラと同じグループvHolicに所属している五条アイリスの声そのもの。


 サクラちゃんが配信していない時はよく見ているので、耳が覚えているから良く分かる。


「え……は……ほっ、本物!?」


 目の前にいるのは浅野さんなのか、アイリスなのか分からなくなる。


「そうだよ。あのね、広臣君に曲を作って欲しいんだ。私の曲。アイリスの曲をね」


 浅野さんはアイリスの声で、真剣な眼差しのままそう言った。

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