第5話




 廃ビルの中を必死に逃げ惑う女性。そんな女性の姿を追い掛けるカメラに時折チラリと映り込むのは、斧を持った男性のものらしき右腕。

 転げながらも必死に逃げ惑う女性は、ついにその距離が縮まった事でハッキリと姿を現した。その刹那——。画面右側から、勢いよく振り下ろされた斧。


 劇場内に響き渡る、女性の泣き叫ぶ声。


 そんな緊迫した映像を前に、ドクドクと早鐘を打つ俺の心臓。その鼓動が、一際大きくドクンと跳ねた——その時。

 俺の口から、ポツリと小さな声が漏れ出た。



「……っ、え? み……ほ……?」



(なんで……、美穂が……?)



 今、俺の目の前のスクリーンに映し出されている女性は、間違いなく美穂で……。この状況がうまく飲み込めない俺は、小さく口元を震わせた。



(……何で……っ。美穂が、映画になんて出てるんだ?)



 そんな疑問と共に頭に浮かんできたのは、連絡のつかない携帯と、先程スクリーン上で見た見覚えのある建物。

 そう——あれは、美穂の家からそう遠くない場所にある建物なのだ。



【これは、実際の殺人映像である】



 毎回オープニングで流れる、そんな一文が頭を過ぎった。



「嘘……っ、だろ……?」



 ネットでまことしやかに囁かれる、これは紛れもなく本物の殺人映像なのだという噂。そんな噂を思い出した俺は、スクリーン上に映し出される美穂の姿を見つめたまま、ガタガタと大きく震え始めた。


 斬りつけられた背中は大きく切り裂かれ、ドロリとした赤黒い鮮血を流しながら泣き叫んでいる美穂。それでもなお、止まらない斧の動きはその小さな身体を次々と傷つけてゆく。



「やめ……って、くれ……っ」



 俺の口から溢れ出た声は、酷く震えて情けないものだった。

 スクリーンに映し出されているのは、血に塗れて泣き叫んでいる美穂の姿。そんな姿から、視線を逸らすことができない。



(お願いだから……っ。もう……っ、やめてくれ……)



 深傷ふかでを負いながらも、必死に逃れようとする美穂の姿を見つめる俺は、その耐えがたい光景に顔を歪めると涙を流した。



(やめ、ろ……っ。やめろ……! ヤメロ!!!)



「ヤメローーーーッッ!!!! 」



 スクリーンに向かって絶叫した——その時。


 力強く振り下ろされた斧は、美穂の頭に深くめりこんだ。


 グニャリと歪んだ顔からは眼球が飛び出し、ヒクつく口元からは『ァ゛ガッ……ガッ……』と声にならない空気が漏れる。

 俺は堪らず嘔吐すると、ドサリその場に崩れ落ちた。床についた吐瀉としゃ物まみれの手で、必死に上半身を支えながら床に向かって大きく泣き叫ぶ。



(嘘だ……っ。嘘だっ!! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……っっ!!!!!)



 まるで今しがた目にした信じ難い光景を払拭するかのように、狂ったように頭を掻きむしる。そんな俺の頭上にフッと突然影が差し、それに気付いた俺はゆっくりと顔を上げた。


 突然できた影の正体であるその見知らぬ男は、カメラ片手に無言でこちらを見つめると口元に弧を描いた。



「…………え?」



 俺の口から、小さくそんな声が溢れた——次の瞬間。

 右手に持った斧は、俺の頭めがけて勢いよく振り下ろされた。






 ———————-



 ——————







「……っ、あ〜! 今回のも、凄く良かったねぇ!」


「うん、そうだね! 斧でグシャッとなるのなんて……本当に、本物みたいだったよねっ!」


「……あっ! そうそう。あの噂、知ってる?」


「噂…… ?」


「実はね、この【スナッフフィルム】って映画。……本物の、殺人映像らしいよ」








 —完—


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る