ヤメロ

第1話

※※※






「——ねぇ。今度の週末は久しぶりに遊園地にでも行かない?」



 晩酌しながらダラダラとテレビ画面を見ていた俺に向けて、隣に座った美穂がつまらなそうに話しかけてくる。



(遊園地か……。混んでそうだし、面倒だな)



 そんな事を思った俺は、酒のつまみにと美穂が用意してくれた枝豆を一莢ひとさや掴むと、自分の口へと運んだ。


 元来、俺はアウトドア全般を好まない。

 他者ひととの面倒な関わりを極力避けたいというのもあるが、単に、人混みが苦手だということも理由の一つだ。言ってしまえば、仕事以外の自由な時間は、全て自宅でゆっくりとしていたい。というのが本音だったりする。


 そんな根っからのインドア派である俺の趣味といえば、自宅でのんびりとホラー映画を鑑賞することで、まさに今、晩酌をしながらその趣味の真っ最中である。

 今日借りてきた映画は、どうやら失敗だったようだ。イマイチ盛り上がりに欠ける映像をボーッと眺めながら、再び枝豆に手を伸ばす。


 俺に付き合わされる形で興味なさ気に画面を流し見ていた美穂は、そんな俺の顔を覗き込むと口を開いた。



「……ねぇ。聞いてる?」



 不機嫌そうな声音にチラリと視線を向けてみれば、やはり不機嫌そうな顔をした美穂と視線がぶつかった。



(やばいな……。これは、そろそろキレられるかもしれない)



 焦った俺は、一度わざとらしい咳払いをすると、崩しきっていた体制を少しだけ正した。



「遊園地じゃなくてさ、映画でも見にいかない?」


「いつも見てるじゃない。遊園地がいい」



 俺の提案をあっさりと却下した美穂は、先程よりさらに不機嫌な表情をさせると頬を膨らませた。

 本人としては怒りを表現しているのだろうが、その表情はなんとも可愛らしい。思わずクスリと声を漏らすと、キッと俺を睨み付ける美穂。そんな顔ですら、可愛く思える。



「それがさ、普通の映画とは違うんだって。前に話したことあるだろ? めちゃくちゃ面白いから」



 最近のマイブームである、POV方式のホラー映画。少し前に流行った撮影方法で、今となっては決して珍しいわけではないのだが、俺が最近こんなにもハマっているのには、ちゃんとした理由わけがある。


【実際の殺人映像】との触れ込みで上映された、一つの作品との運命的な出会いがあったからだ。


 自宅が一番落ち着くから。という理由で、趣味である映画鑑賞でさえもっぱら自宅で済ませてしまう俺が、その日映画館の前で足を止めたのは、今にして思えばほんの偶然だったのかもしれない。

 何となく目に付いた。それだけだった。


 歩道に面した壁に貼られた、一枚のポスター。それは、一面が黒一色でその中央に白い文字で【スナッフフィルム】と書かれただけの、とてもシンプルなものだった。



(なんだ、これ……?)



 初めてそのポスターを目にした俺の感想は、そんなものだった。

 ポスターを貼り出しているビルをよくよく見てみれば、どうやらここは映画館らしい。ということは、ここで上映中の作品なのだろうか?



「聞いたことないな……」



 改めて目前にあるポスターを見つめた俺は、ポツリと小さく声を漏らした。


 知らないタイトルはない。というぐらいに、大のホラー映画好きであると自負している俺は、その見慣れないタイトルに至極興味をそそられた。

 勿論、【スナッフフィルム】という言葉の意味ぐらいは知っている。ホラー好きなら、誰しもが一度は聞いた事があるはずだ。


 娯楽用途に流通させる目的で撮影された、実際の殺人映像。そんなものが本当に実在するのかは定かではないが、あったとして、こうして映画として流通しているなんて事はまずないだろう。

 俺だって、はなからそんな期待はしていない。


(実際の殺人映像か……。きっと、POV方式だろうな)



 最近では、フェイクドキュメンタリー作品も少なくはなく、POV方式で撮影された映画も珍しくはなくなった。

 ただ単純に、俺は知らないタイトルに興味を惹かれただけだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る