短な恐怖

邪神 白猫

真夜中の訪問者

第1話

※※※




 それはある日、突然のことだった。




 ———ドンドンドンドンドン!!




 草木も眠る真夜中。

 私はその突然の轟音によって眠りから叩き起こされた。


 枕元に置いてあった携帯を掴んで画面を開くと、そこには02時23分と表示されている。一体、こんな真夜中になんだというのか。


 どうやら、隣に煩い住人でも越してきたようだ。いくらマンションとはいえ、築30年にもなるこの物件は壁も薄く、防音に関してはお世辞にも整っているとは言えなかった。


 仕事で不在の日中や夕方ならともかく、こんな時間帯に毎日のように煩くされたんじゃ堪ったもんじゃない。

 明日以降も続くようならクレームでもいれようと、眠い瞼を擦りながら大きく欠伸をする。


 それにしても、さっきのアレは一体何だったのだろうか……。静まり返った暗闇の中でボンヤリと壁を見つめながら、先程聞いた音のことを思い返す。


 激しく壁を叩いていたように聞こえたが、なにせ直前まで寝ていたのだからよくわからない。とにかく、凄まじい音だったことだけは確かだ。

 連日の残業と寝不足でクタクタだった私が、その音で飛び起きたくらいなのだから。



(頼むから、もう音は立てないでよね……)



 疲れの取れきれていない身体をもう一度ベッドへと沈めると、私はそのまま深く考えることもなく眠りについた。



 ——その翌日。


 残業を終えて深夜に帰宅した私がやっと眠りについた頃、再びあの轟音によって叩き起こされた。

 携帯で時刻を確認してみると、昨日と全く同じ02時23分を表示している。ただ一つ昨日と違ったことは、その音が再び私の部屋で鳴り響いたことだ。




 ———ドンドンドンドンドン!!



 ———!!




 あまりの音量にビクリと身体を跳ねさせた私は、手元の携帯をギュッと握りしめた。

 先程までと違って起きている時に鳴り響いたことで、確かな所在を突き止めることができた。けれど、その事実が私を震えさせた。



「壁じゃ、ない……」



 間違いなく、その音は玄関の方から聞こえたのだ。


 これが日中の話しなら、煩い音に顔をしかめるだけで済んだのかもしれない。けれど、今の時刻は真夜中の2時過ぎなのだ。

 私には、こんな時間に訪ねてくるような知人に心当たりはない。とすれば、まず真っ先に浮かんだのは強盗だった。


 けれど、よくよく考えてみれば、強盗がわざわざ音を出してそこにいる住人を叩き起こすわけがない。



(もしかして……、隣の人?)



 そう考えてみても、面識のない人が夜中に急に訪ねてくるなんてことは非常識すぎる。百歩譲って、チャイムを鳴らすでもなく騒音を立てたことを許したとしても、やはり恐怖の対象であることには変わりない。


 意を決して立ち上がった私は、静まり返った玄関へとゆっくりと歩み寄った。

 モニターでも付いていれば良かったのだが、古すぎる物件には生憎とそんなハイテク技術は備わっていない。


 私はそっと玄関扉に手を着くと、覗き穴から外の様子を伺った。



「……誰もいない」



 小さくポツリと呟いた——その時。




 ———ドンドンドンドンドン!!

 



「ヒ……ッ!!」



 再び大きく鳴り響いたその音に驚き、私はドスリとその場に尻もちをついた。

 確かに誰も居ないと確認したばかりだというのに、覗いていた扉が激しく叩かれたのだ。


 私はガクガクと震える身体で懸命に室内を這いずると、まだ微かな温もりの残っているベッドへと戻ると頭から布団を被った。

 震える身体で携帯を開くと、助けを求めようと通話ボタンを開く。けれど、一体どこへ掛ければいいのだろうか……? 


 警察に掛けたとして、一体何て説明をすればいいのかわからなかった。

 はたして、幽霊がいるので助けてくれと言って、それで来てくれるのだろうか?

 かと言って、こんな時間に同僚や友達に電話をかけるなんて非常識すぎる。ましてや、幽霊がいるから助けてくれだなんて……そんな、にわかには信じがたい理由で。


 こんな時でさえ妙に冷静な考えが頭を過ぎった私は、通話ボタンを閉じると携帯を握りしめた。

 


(お願い……っ。悪い夢なら、早く覚めて……)

 


 一人でこの状況に耐えるという選択をした私は、ベッドの中でカタカタと震えながらひたすらに祈った。

 その後、あの騒音が再び鳴り響くことはなかったが、その日は一睡もできずに夜を明かしたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る