30.チェルシーにできること
トランクから魔法のように次々と取り出される品は、一貫して今朝からの不調に関係していると気付き、居たたまれなくなったチェルシーであった。が、しかし夫の好意を無下にできるわけもなく。
「チェルシーが快適に過ごせるように努力は一切怠らない」
キッパリとそう言い切るフレッドは、いっそ聖職者か何かのようだ。妻の調子が悪いからと言って、ここまで思いやれる人はなかなかいないだろう。彼は純粋な好意で、知識とこれらの品物を集めてくれたのだ。居たたまれなくなった自分をチェルシーは恥じた。
この部屋には夫婦しかおらず、フレッドの暴走を止めてくれるような人物は残念ながら存在しない。
「……というわけで、血行を良くする効果がある。さぁ、足を出してごらん」
「あの、さすがにそれは……。申し訳ないですから……」
それでも香油を片手に足のマッサージを施されそうになると、恥ずかしいやら申し訳ないやら色んな気持ちでぐちゃぐちゃになって、ちょっぴり抵抗をした。
「少しだけ試して合わなかったらすぐに止めよう」
人の好意を断ることは難しい。例えそれが夫婦であっても。だからフレッドの言うとおり、少しだけ試したら止めてもらおうと、チェルシーは足を差し出した。
「やはり多少浮腫んでいるようだ」
チェルシーから見ればいつもと変わらないように思える足の甲に、恭しくキスを落としたフレッドは、香油を自分の手の平に垂らした。ふんわりと花のような香りが包み込む。
「…………ふぁ」
しかし何でも卒なくこなしてしまうフレッドの技術はとても素晴らしく、途中からはあまりの心地よさに、まぁいいか、と受け入れることにした。順応性が高いところはチェルシーの長所であり、フレッドの重すぎる愛を受け入れられる所以である。
マッサージの後、さらにフレッド自ら淹れてくれたハーブティーを飲み終えたチェルシーは胸がいっぱいだった。身体も芯からポカポカと温かく、それだけで下腹部の鈍痛は随分と改善されていた。
自分の身体だというのに、あまりにも無知だったとを思い知る。
「私、恥ずかしいです。自分のことを何も知ろうとしなかったんですもの……」
しょんぼりと目に見えて落ち込むチェルシーにフレッドは胸が痛んだ。
チェルシーに対して優位に立ちたいなんて微塵も思ってなんかいない。辛そうな彼女が心配で、少しでも改善してあげられたら……と、いう純粋な好意が殆どではあるが、あとの少しは自らの行動や知識で以ってチェルシーの調子を整えたいという歪んだ独占欲。だから礼を言われれば役に立てたのだと思えて擽ったいが、恐縮されるのは違う。
「どうか、そんなふうに思わないでほしい。チェルシーのことなら何でも知りたくて仕方がない私の我儘なのだから」
執事や母がいれば、「物は言い様だ」と言われそうだ。我儘だなんて可愛いらしいものではない。ドロドロと纏わりついて、雁字搦めにするような執着だというのに。
ティーカップを持つ彼女の手を優しく包む。逃げてしまわないよう願いも込めて。
「フレッド様と結婚して本当に良かったです。私をこんなにも大切にしてくれてありがとうございます」
そんなことを知らないチェルシーは、頬を上気させて隣に座るフレッドに抱き着く。腕に力を込め、フレッドの肩に顔を埋めた。そうでもしないと、こみ上げたものが目から溢れそうになってしまうから。
「君と結婚できて良かったのは私のほうだ。それこそが私の目標だったが、それが叶った今はどうやって幸せに過ごしてもらうか、ずっと傍にいてくれるかが次の目標になっている」
そんな甘い台詞とともに頭に優しくキスを落とされてしまえば、堪えていたものがフレッドの夜着に染み込んだ。
何でも先回りしてくれるフレッドには敵わないかもしれないけれど、少しでも同じように愛を返せたら。
「さぁ、せっかくだから身体が温まっているうちに寝よう」
しがみついたままのチェルシーをフレッドはベッドへと運ぶ。優しく寝かせると、いそいそと湯を入れた陶器を抱えて戻ってきた。
――そしてチェルシーはベッドの中で前から後から、温められることになったのだが……。
「あの……」
「……す、すまない」
実は少し前から気付いていた。チェルシーのお尻に当たっている存在が確かなものになっていることに。それが何なのか分からないほど、もう初心ではない。
しかし行為自体は無理だけれど、こんなにも気を掛けてくれるフレッドに何かしてあげられないだろうか?
「……あ。そうだわ」
「チェルシー?」
チェルシーは起き上がると、腹を温めていた物を突然サイドテーブルに置いた。その行動に、背後からフレッドが不思議そうに名を呼んだ。もしかして熱すぎたのだろうか?
心配しつつも愛しの妻と密着したことで、すぐに聞き分けがなくなる自身の熱をその隙に少しでも抑えようと試みる。それでも半分はまだまだやる気を見せているが……。
いい加減にしてくれ、暫く控えるんだ、とフレッドは心の中で自分に言い聞かせる。
「チェルシー!?」
しかし次に名を呼んだその声は、驚きに満ちていた。
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