第49話 映画のような

「……マ嬢、エマ嬢。寮に着いたよ?」


う……ん、寮に…?ふわふわ、気持ち良く寝て…って、


「きゃ、そ、その、で、殿下!すみません!」


慌てて起きる。


私ってば、帰りの馬車ですっかり寝入ってしまったらしい。しっかり、殿下の肩にもたれて。


「気にしないで。役得だったから。それよりごめんね?そのままだと倒れそうだったから、隣に移動したんだ」


うう…恥ずかしい。


「だ、大丈夫です。お手数を……」


「エマ嬢の可愛い寝顔を見れて、ラッキーだったよ」


ボッと顔が赤くなるのが分かる。ヨダレとか垂らさなかったかしら…心配。


「と、まだ話したいけど、降りよう。御者に悪いからね」


そうでした。



馬車を降りると、そこはいつもの女子寮前だった。すぐそこがもう、エントランスだ。


近いのに、ちゃんとエスコートしてくれる。


「エマ嬢、帰りはいつもこう、寝ちゃうの?」


「いえ、全く……今日は、やっぱり本調子ではなかったようです。ご迷惑をおかけしました」


私は素直に頭を下げる。


「そうか。ならいいけど。……毎回これじゃ、気が気じゃないしな」


後半部分は聞こえなかったけど、納得はしてくれたようだ。


「私のわがままにお付き合いいただいて、ありがとうございました。殿下がいて下さって、良かったです。今日はもう、しっかり早寝して、明日に備えます」


「……っつ、そうだね。そうして。でも俺も行って良かった。いろいろ気付けたよ。だから、そこは気にしないで?」


「ありがとう、ございます」


「うん」



何となく、二人でいつもよりゆっくりと歩く。でもすぐにエントランスに着いてしまう。


つ、着いてしまうって!思っ……思ってしまうのだから、仕方ない。


「……じゃあ、ここで。少し早いけど、おやすみ、エマ嬢。……で…あ、の、さ。また、朝……迎えに来ても、いい、かな?」


う、うわっ、その、何、その顔!もうっ、もうっ!


「は、はい……その、よろしく、お願い、します…」


恥ずかしくて、俯いてしまう。


「良かった。…エマ嬢、顔を上げて?」


私は恐る恐る顔を上げると、ラインハルト様の蕩けるような笑顔が目に映る。心臓が、これでもかというくらい騒ぐ。


「うん、可愛い顔を見れて良かった」


ラインハルト様はそう言って、私の額にさらっとキスをする。


「~~~~~!!」


私は額を押さえて、パクパクするしかない。


「本当に可愛い。ごめんね?また明日」


ごめんと言いながら、嬉しそうに去っていくラインハルト様。


もう、もう!!また寝不足になっちゃうでしょーがー!!



と、しどろもどろな心を抱えながら、靴を室内用のスリッパに履き替えてごそごそしていると。


「あら、エマ。お帰りなさい」


ちょうどローズが通りがかり、声をかけてくれた。


「ローズ。ただいま……」


「?元気ないわね?体調おかしい?ちょっと、顔も赤いわ。もしかして、熱があるんじゃない?」


「ち、違うの!大丈夫なの!」


「本当に?」


「うん。……それでね。夜、ちょっとだけ、ローズの部屋にお邪魔してもいい、かな?」


私は伺うようにローズを見る。


「……もちろんよ」


優しい笑顔で答えてくれる。


「ありがとう」


「ふふ。どういたしまして。何時頃にする?」


「うんと、課題とか終わらせてだと……」


この学園が、全員寮生活で良かったな。



◇◇◇



トントンと、ローズの部屋のドアをノックする。


「ローズ。エマでーす」


「はーい、ちょっと待ってね」


カチャリと鍵を外し、ドアが開けられる。


「どうぞ」


「お邪魔します」


広さは皆と同じだが、上品な家具が揃っている。


「お茶、淹れるわね。そこに座って」


「ありがとう」


勧められるまま、ソファーに座る。前には小さなテーブル。かわいらしい。



「どうぞ」


「ありがとう。いただきます」


お茶を一口いただく。ローズのお茶も、変わらず美味しい。私はほっと息をつく。


……何から話そう。ローズに話を聞いてほしくてお邪魔しておきながら、なかなか言葉が出てこない。


「あのね、ローズ」


「うん」


「あの……」


「うん」


「………………」


何してるんだ、私。前世を合わせたらいい歳だろうに、情けない。


「…ハルトの事かな?」


顔が赤くなるのが分かる。つい、俯いてしまう。


「ふふ。当たりね?それにしても、ハルトったら好きな子ができたらあんなに動くだなんて。ちょっとびっくりよ。それで?エマは困っちゃってるの?」


ローズが本当のお姉さんのように笑う。


「ち、違うの……あの、ローズの言うように、ラインハルト様は……私を、す、好き、なのかな?」


「え?」


怪訝な顔をするローズ。


「だ、だって、気に入ったとか、口説くとか、婚約者とか、か、可愛いとか言ってくれるけど、す、き、は言われて……ないもの……」


「は…………?そうなの……?」


「う、うん。だ、だからね、本気で婚約者に…って思ってくれてるのは分かるんだけど……聖女としてなのかな、とか、ただ面白いだけだからなのかな、とか……。

前世でいい大人だったのに、情けないよね……」


と、ローズを見ると、正しく苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ブツブツ一人言っている。聞こえないけど、ちょっと怖い。


「何あいつ、あれだけ勝手に動いて、外堀をガシガシ埋めて、周りを威嚇して、肝心なところがヘタレなの……?きっと無意識に避けてるのね……」



「ろ、ローズ?」


「ああ、ごめんなさい。でもエマ。前世は関係ないでしょう?自分でもエマはエマとして、って言ってたじゃない」


「そう、なんだけど」


「……前世って、映画みたいな感じじゃない?」


「…映画」


「うん。まあ前世だから、自分だった認識はあるものの、何て言うの?他人の人生を観て、なるほどなあって知識みたいのはあるけど、今の自分が実際に経験すると、やっぱり観ただけと経験は違うな、みたいな?」


「あ……何か、分かるかも」


「ね!!時間が経つと、そんな感じになるよね?」


「……確かに」


忘れた訳ではないのだ。自分だったとも理解している。でもどこかで、他人になるような感覚。


「映画、か。ローズ、上手いこと言うなあ」


「ふふ~、そうでしょう?」


得意げに、えっへん、とする。可愛すぎる。


「……だから、エマは初恋に戸惑っているのよね?」


「う……!!」


また、さらっと爆弾を落とされる。そしてきっとまた、私は顔が赤い。


……でもローズは、いつも私に気付きをくれる。


「ローズ、本当にお姉ちゃんみたい」


「あら?私はもう、そのつもりだけど?」


「!違っ、そうじゃなくて!」


「ふふ、分かってるわよ。でも、エマはハルトのことが好きなのよね?」


「っっっ!……うん、そう、みたい……」


いたたまれずに、下を向いてぼそっと認めると、ローズに力いっぱい抱き締められる。


「~~~!もう、エマ、可愛い!可愛すぎる!!私が貰いたい!」


相思相愛で嬉しいです。



「あとは、あのヘタレか」



ローズの怖い一人言は、顔をぎゅうぎゅうされている私には聞こえなかった。

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