第47話 治療院へ その1

放課後になりました。3日ほど治療院に行けなかった私は、自分の中の予定通りに今日は向かうつもりなのですが。


「今日倒れたのに、何を言ってるの?」


と、冷たい微笑みのラインハルト殿下に行く手を阻まれております……。



午後の授業が終わり、ローズ、レイチェル、カリンと雑談をしながら、三人にも「今日は早く寝るのよ」と言われつつ、寝るけど、ちょっと治療院にも顔を出したいんだ、と言ったところで、授業終了後に真っ直ぐに来てくれた殿下の耳にも入ってしまった、と。


心配してくれて、ありがたいけれど。


「で、ですが。3日も行けておりませんので」


「気持ちは分からなくもないけど、また倒れたらどうするの?ねぇ?三人も思うよね?」


「心配ではありますが」


レイチェルが苦笑しつつ答える。


「し、しっかり休んだので大丈夫です!」


「そんなこと言って……また、誰かに抱かれて運ばれでもしたらどうするのさ」


「え、抱かれ?」


……言い方はあれだけど、確かに誰が保健室まで運んでくれたのかしら。



「ハルトは何でも知ってるのね」


クスクス笑いながら、ローズが言う。


「ローズ義姉さん」


じと、と殿下がローズを見る。


「そんな顔をしないの。エマ様、言い忘れていたけれど、スレン先生が横抱きをして運んで下さったのよ」


横抱きって……お姫様抱っこじゃん!


そんな、今ここで爆弾を落とされても!


「そ、そうでしたか……それは……謝り損ねてしまいました……」


しどろもどろになってしまう。


「緊急事態でしたし、仕方ないわ。心配は分かるけど、誰かさんが狭量すぎるのよ」


「……すみませんね、狭量で」


殿下がちょっと憮然とした顔で言う。かわいいし、私のせいなのは分かっているけれど、まだ人がたくさんいるのに…見せたくないなあ……とか!また、何を思って!


そしてそう、まだ教室内なのだ。恥ずかし過ぎる。



「あ、あの、殿下。本当に気をつけますので……」


何だか浮気の言い訳みたいで変な感じだけど。


「エマ嬢の気をつけるって……」


渋い顔でボソッと言う殿下。な、何か文句でも?!


「殿下のお気持ちも理解できますけどね」


ちょ、ちょっとカリン?どっちの味方ー!


「だよね、カリン嬢」


殿下、どや顔……ちょっとイラッとするわ……。


「親衛隊もできそうですしね…」


「え、何それレイチェル嬢。詳しく」


何だか三人で盛り上がり始めた。……抜け出して行ったら怒られるかしら。


「まあ、聖女、ってことならアリか……義姉上も一緒だし、むしろプラスか?」


何だかブツブツ言われてますけど。策士のブツブツは何だか怖いわ。



「申し訳ないけれど、私はそろそろお暇するわね。大神官様をお待たせ出来ないので」


あ、ローズずるい~!仕方ないけど。


「ハルト。心配なら、貴方も治療院に付いて行ったらよろしいのではなくて?…視察も必要な事ですし」


「!そうだ、そうする!視察も兼ねて!いいよね?エマ嬢!」


「……はい」


了解しないと、行けそうにないし。視察も兼ねてと言われたら、ますます断れないし。


でもやっぱり、どこかふわふわする気持ちに気づいたり。治療院に行くのだ、私、しっかりしないと。


「では、お先に失礼するわね。皆様、ごきげんよう」


「「「ごきげんよう、ローズ様」」」


私達は、ローズを見送る。


「じゃ、エマ嬢、俺らも行こう?時間無くなるよー」


そもそも誰の……まあ、仕方ない。


「…はい。レイチェル、カリン、また明日」


「ええ、エマ」


「また明日」


少し楽しそうな二人に挨拶をして、ようやく教室を出ることができた。



◇◇◇



学園の馬車に揺られて、治療院に向かう。学園の馬車は特殊な魔法も掛けられているし、御者さんも護衛を兼ねてくれているので、なかなか安全なのだ。



「ラインハルト様、お付き合いありがとうございます。ご公務に支障は出ませんか?」


「それは大丈夫。なるべく前倒ししてやっているから」


なんだかんだ、優秀なのよね。


「それより……エマ嬢、嫌じゃない?」


「はい?」


私は首を傾げる。


「いや…振り返ると、強引に進めたなあ…と……」


あ、一応思うのですね。ダメだ、もう、全部が可愛く見えてしまう。


「ふふ、大丈夫です。心配していただいて、ありがとうございます。…心強いですよ」


私は笑顔で答える。嬉しい部分は認めよう。まだ、ふわっとした気持ちではあるけれど。


「……っつ、そ、そう?それなら良かった」


殿下は口を手で押さえて横を向いてしまった。……耳が赤い。照れて……くれているのだろうか。


暫しの沈黙。何だかそわそわするような、でも居心地は悪くないような、そんな間が広がる。


……聞いてみても、いいだろうか。ただ、聖女を婚約者にしたいのか、…気持ちが、少しでもあるのか。そう思うものの、なかなか言葉が出て来ない。



「……エマ嬢、聞いても、いい…?」


ラインハルト様が、先に口を開く。


「は、はい」


「その、午前中さ、言ってた眠れなかった…って、考え事?教えて、貰える……?」


「……!っつっ、えっ、と……は…」


何だかお互い真っ赤になりながら、何とか心を決めようかと思った瞬間。


「エマ!!ちょっと久しぶりだ!3日顔を見ないと寂しいもんだな?!」


がはは、と言わんばかりの大声と共に、馬車の扉がバーンと開く。


「ちょうど手が空いたところでな!学園の馬車が見えたから、迎えに来たぞ!……って、あれ?ラインハルト殿下?!」


王立病院院長の、アドルフ=イアン様だ。……あっという間に20分位は経っていたらしい。もう、病院の前だ。



「……久し振りだ、イアン院長」


殿下がさらっと立て直して、院長に声をかける。


「これはご無礼を。申し訳ございません、こちらの認識不足でしたでしょうか。連絡が……」


「いや、こちらが急に来たのだ。今日、エマ嬢は体調が万全ではなくてな。それでも病院に顔を出したいとの事なので、連絡もせずに申し訳ないが視察も兼ねて同行させてもらった。……国の宝に何かあっても困るからな」


……国の宝……ありがたいけれど。


「左様でございましたか。エマ、大丈夫なのかい?」


「あ、はい!全く!大丈夫です!」


いけない、いけない。気を引き締めないと。


「無理はしないでくれよ。でもみんな、エマが来てくれたら喜ぶ。顔を出してやっておくれ」


「はい」


「ラインハルト殿下は……」


「うん、エマ嬢の診察に同行させてもらいながら勝手に見るよ。構わない?」


「もちろんです。皆の士気も上がるってもんです」


「ありがとう、では、そうさせてもらう」


「では、こちらに。エマ、いつも通りでいいね?」


「はい」



院長に先導され、私達は院内に入る。


人前で王子然するのは当然なのに……寂しく感じてしまう私は、ちょっとおかしくなっているのかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る