第44話 聖女の不養生
剣術、魔術訓練の担当の先生は、スラン先生とカーラ先生だ。お二人とも剣術も魔術も凄腕で、まだ未熟な生徒たちに危険がないように、二人体制で授業をしてくれる。スラン先生もイケメンで人気だけれど、カーラ先生も女性ながら剣術も騎士団に入れるほどで、宝塚のように女生徒からの人気が高い。
贅沢な教師陣なのだ。
とはいえ、もちろん生徒全員が魔法剣士を目指す訳ではないので、授業では大まかなグループ分けがされている。
その1、ガッチリ魔法剣士を目指すグループ。
その2、護身術程度の剣術と、魔術を使いたいグループ。
その3、剣術はひとかじりして、魔術に力を入れたいグループ。
と、そんな感じ。
ローズと私は3つ目の魔術グループだけど、レイチェルとカリンは何と、2つ目のグループだ。二人いわく、魔力がそこそこなので、護身術程度に剣も使いたいと。カッコいい。
もちろん、ガッチリ魔法剣士のグループにも、女生徒がいる。カッコいい。
「魔法剣士も憧れるけど、私、運動神経からっきしなのよね……」
「エマ。地がでてるわよ」
「は、しまった」
ローズの言葉にハッと我に返る。
「こちらのグループも始まるわ。行きましょう」
「ええ」
今日は、防御魔法の練習です。どの属性でも、使い方によっては防御に使えるもんね。魔法壁を作ったりして。
「では、こちらのグループは、今日は予定通り防御魔法の訓練をします。まずは自分の周りに魔法壁を纏わせる練習をしましょう」
カーラ先生がよく通る声で話される。
「じゃあ、エマ。見本を見せてくれる?」
「はい」
光を纏うイメージで……自分の周りだけなので、軽く念じる。私の周りにキラキラした光が集まり、そしてその光の中に包まれるような形になる。
おお~、と、感嘆の声が上がる。こそばゆい。
「うん、さすがね。エマ、どんな風に念じてる?」
「自分が、魔力に包まれるように……ですかね」
「うん、そうね。慣れるまで調整が難しいと思うけど、しっかりやっていきましょう!」
先生の言葉に、皆で「はい!」と返事をして、それぞれ練習を始める。
その時だった。
「危ない!!」
スラン先生の声が響く。その声に振り返ると、ガッチリ魔法剣士のグループの生徒が、魔力を暴走させてしまっている。やっかいな事に、火魔法だ。まあ、どの魔法でも暴走したら大変だけど。とか言ってる場合じゃなくて。
どうやら、剣に魔法を纏わせる練習中だったようだ。強く念じ過ぎたのかな。見ると、本人はもう、大パニックだ。ああ、彼はリック=カートン伯爵令息だ。魔力量も結構あるせいか、自信過剰なところがある人だった。
「落ち着いて深呼吸だ!」
スラン先生は水魔法を使えるので、緩く水の鎖で抑えようとしている。万が一があると大変だし、直接生徒に大きな魔法をぶつける訳にもいかない。本人が落ち着ければいいけど、…って、ダメだ、余計に大大パニックだ!彼の周りに火柱が立ち、四方八方に炎の塊が飛び始めてしまった。
周りの生徒もパニックだ。
「エリアシールド!」
私はこの場にいる全員に光の防御壁をつける。光の結界が、全ての火を弾く。でも、それだけではダメだ。暴走している本人が力尽きて、最悪燃え尽きてしまう。
「ローズ、お願い、リック様を鎮めて!きっとできる!」
「はっ、分かったわ、やってみる!」
ローズが両手を広げる。その手から、美しいオーロラの夜のような魔力が出現し、暴走している彼を包み込んだ。
10秒くらいは経っただろうか。火柱は収まり、暴走させた本人が地面に倒れ込む。…のを、ローズの魔力がそっと包む。
「できた……!」
「さすがローズ!後は私が!」
すぐにリック様の元に行く。火傷が思ったより重度だ。これはかなりの魔力を使ってのヒールじゃないと!私は集中して彼の身体に手をかざす。治癒の光が彼を包み込む。少しすると爛れていた皮膚も元に戻り、呼吸も落ち着いて来た。
「良かった……」
彼を含めた全員が助かった安心感と共に、寝不足、朝食抜きの上に魔力を全開で使った私は、気力体力を使い切り、そのまま気を失ってしまった。
……やっぱり休養と食事は大切、だ。反、省、しない、と……
◇◇◇
ああ、温かい魔力が流れ込んでくる……
ここは……
「エマ!」
「ローズ……?あれ?私……」
「エマ!済まなかった…!大丈夫か?」
「?スラン先生……」
はっ、思い出した!学園だ!ここは保健室だ!
「目が覚めたかい?良かったよ。まさか聖女様にヒールを使う日が来るとは思ってなかったわ」
「うっ、サーラ先生……ありがとうございました」
サーラ先生は、長年学園にお勤めのいわゆる保健室の先生だ。平民出だけれど、とても優秀なお医者さまなのだ。光魔法も使える。厳しくも優しい方で、時々治療院で一緒にお手伝いもしたりする。
「で?」
「はい?」
「何があったんだい?確かに普通には難しい魔法だが、エマがあれだけで倒れるわけが無いだろう?」
「あ、ははははは……」
「ははは、じゃない。不養生したね」
「いやっ、そこまででは!」
じっ、と見つめられる。サーラ先生のこの目には弱いのだ。
「昨日……あまり眠れなくて…朝もその、食欲がなくてですね、朝食を抜きました……」
もごもごと言い訳をする。
はーっ、とため息を吐かれる。おば、お母さんに怒られている気持ちです。
「全く!そんなこったろうと思ったよ!そんなガス欠の状態であんな魔法を使えばぶっ倒れるさ!」
「すみません……」
「午前中はここで寝てな!何か食べられるかい?」
言葉は雑だけど、温かい。下町の懐かしさを感じる。
「まだ、食欲は……」
「じゃあ、まだ寝てるんだ」
サーラ先生にベッドに押し付けられる。
「サーラ先生……エマと少し話をしても?」
スラン先生が恐る恐るという感じで、サーラ先生にお伺いを立てる。
「スラン。少しならね!そうだね、エマも状況が気になるか」
「はい、それは」
「仕方ないね。少しだけだよ」
「ありがとうございます。……エマは、大丈夫か?」
「はい。ご心配をおかけしました」
「いや……今回のことは、全てこちらの責任だ。生徒も危険な目に遭わせ……申し開きもない」
スラン先生は今までに見たことの無いような、険しい顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます