第34話 理想のご主人様

私は赤面したまま、部屋のドアの前に立ち竦んでいた。すると、優秀な侍女のリサがそっと声をかけてくれる。


「…エマ様、お部屋に入りませんと」


「っ!は、はい、そう、そうですね!」


まだ気が動転しているので、うっかり丁寧語が出てしまう。せっかく頑張っていたのに。


リサも普段は厳しく接してくれているが、今回は大目に見てくれたらしい。



ようやく部屋に入り、ソファーに座る。少し落ち着く。ああもう、結婚していた記憶はあっても今生は所詮16歳、動揺しますよ!聖女と言っても平民だしね!


「エマ様、湯浴みの準備が出来ております。入られますか?」


「は……ええ、そうね。お願い」


ひとまずサッパリしよう。


「では、ドレスを脱ぎましょう。お手伝いします」


「ありがとう」



「あの……リサさ、リサは、ラインハルト殿下を昔から知っているの?」


「はい。普段は私、殿下の専属侍女ですので」


「えっ、専属です…なの?こちらに来て大丈夫なの?」


「数日位は全く問題ないです。専属は他にも2名おりますので」


「……そう、良かった。でも優秀なリサを付けて頂けてありがたいけれど……何だか申し訳ないわ」


「エマ様はお気になさらず。殿下が心配性と申しますか、過保護なだけですから。『エマには、信頼出来る者を付けたい』と、王太子殿下にもお願いしておりました」


ええ……?そんなになの…?でも、


「今の王城…そんなに危険はないで…わよね?」


「ええ、全く。とはいえ、いろいろな方々がいらっしゃるのも事実ですので。…ふふっ、すみません、ラインハルト殿下がこれほど動くのは初めてですので、私達も驚いているのですよ」


「そ、そう……なの?」


「はい、昔から何にも拘らず執着せずに飄々と。私共から言わせて頂くと、それはもう歯痒いくらいに。あの方は本当に何でもできる方なんです。なのに能力を隠すようになさる」


「それは…何故?」


「……殿下は、ジークフリート王太子殿下と、ローズマリー公爵令嬢のことが大切で、大好きなのですよ」


「……ああ、そういう、こと……」



グリーク王国は平和だ。王太子も決まっている。けれど、同等の兄弟がいるとなると、担ぎ出してくる輩もいないとは言えない。少しでも可能性を潰したいのだろう。



「…なかなか、格好いいですね?」


「そう!そうなんです!分かりますか、エマ様?!是非、ラインハルト殿下をお考えになって下さいませ!女性に先程のようなことをされたのを、私もサムも初めて見たのです!」


「そ、そうなの?」


「そうですよ!……は、すみません!私ったらつい…」


リサがばつの悪そうに頭を下げる。


「いいのよ。…ちょっと恥ずかしいけれど。サムもリサもラインハルト殿下が大好きなのね?」


「はい。……私もサムも、聖エミ出身なのです。この国は平民にも広く門戸は開かれておりますが、やはり王城は厳しい。けれど殿下は、出自じゃなくて実力だよと、私達を採用に。殿下はまだ6歳でした」


「試験も人選も、殿下が?」


「はい。自分について来れる人、魔法の能力が高い人


……そして叱ってくれる人を」


「……すごいのね」


「はい、理想のご主人様です。お説教に忙しい日もたくさんありますが」


言いつつ、楽しそうだ。



「すみません、長話をしてしまいました。湯浴みにご案内致します」


「ううん、いろいろ知れて良かったわ。…では、湯浴みお願い」


「はい」


やっぱり表面だけ見ていても判らないよなあ。人生いろいろだあ。



私は普段、湯浴みのお手伝いは恥ずかしいので遠慮していたが、今回はまだまだリサと話がしたかったので、お手伝いをお願いした。恥ずかしいのを我慢すると、人に髪の毛を洗ってもらうのって気持ちいいよね。寝てしまいそう。じゃなくて。


「え、リサとサムは護衛も出来るの?凄いのね!」


「ありがとうございます。プロには及びませんが、粗方は。私は主に魔法ですね」


「へ~」


上級風魔法使いらしい。



「でもそうよね。聖エミで執事・侍女コースに入るのって、大変だもんね。そりゃあリサもサムも優秀よね」


「恐れ入ります」


「生き生きと仕事していて、格好いいし。憧れる」


「憧れ…ですか?」


「うん。変?」


「いえ……私共からすると、とても嬉しい言葉ですわ。でもお嬢様がそうおっしゃるのは珍しいと…」


「そう?私はバリバリ仕事したいの。目標もあってね。……だからこう、婚約者どうこうは、あまり考えてなくて」


肩をマッサージして洗ってくれながら、リサは静かに聞いてくれている。これも寝れそう。


「でも、向き合わないのも失礼だし。まずは相手を知ろうと思って」


「はい。大事な事だと思います」



「う、う~ん、でも知るほどに私じゃなくてもいい気がしてくる……婚約者、結婚する人…」


前世を思い出しているからだろうか。まだ早くないかとも思ってしまうので、余計に考えが及ばない。


「私共は殿下を押しますけれど、エマ様のお気持ちが整ってからでいいのでは?」


「……何も答えないって、卑怯ではないかしら?」


「卑怯…でしょうか?」


「うん…何かこう、相手を振り回してしまうというか…」


「殿下には、エマ様の方が振り回されていらっしゃるようにお見受けしますが」


た、確かに!!



うう…、と考え込む私をよそに、リサさんが微笑む。


「まあ、今エマ様に振られでもしたら、せっかくの殿下のやる気がまた無くなってしまいます!気の済むまで振り回してやってくださいませ!」


はい、終了です!と、肩を叩かれる。


「あ、ありがとう。とてもサッパリしたわ」


「ようございました」



まあね、確かにまだちゃんと話したの昨日が初めてだし。結論を出すのも早計かもしれない。それに、殿下の方が気のせいだったかも、って思うことだってあるわよね。むしろ、その可能性の方が高いかも。私は寝間着に着替えさせてもらいながら、ぶつぶつと思案する。



「エマ様?」


「リサ、ありがとう!自分らしく考えるわ!」


「…エマ様、お髪も乾かしますわ、こちらへ」


「ありがとう!魔法でできるのね?わあ、すごいすごい!やっぱりいろいろ使いたいなあ…」


やっぱり魔法楽しい!いろいろ試したい!明日思い切って、あの四人のご婚約者様のご令嬢に声をかけようかしら。わくわくするなあ。



などと、頭がすっかり方向転換してしまっていた私の横で、


「……あまり殿下にご協力できなかったかしら……」


と、少し苦笑気味に一人言るリサには、気づかなかった。

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