第10話 エマ、油断する
レイチェル様とカリン様と、その後も仲良くしてもらい、お互いに敬称なしで呼ぶようになり、砕けた口調でも話せるようになった頃、それは始まってしまった。
「エマ嬢、この国の将来の展望を共に考えないか?意見を聞かせて欲しい。珍しい茶葉も手に入ったんだ、お茶でもしながら」
宰相閣下のご子息、トーマス=エルファイデ様。侯爵家。青い髪、紫色の瞳。知的な美形。メガネあり。
「エマ嬢、一緒に混合魔法理論を考察しないか?王都で人気の菓子もある」
魔法省長官のご子息、エトル=オルガーノ様。同じく侯爵家。緑の髪に、琥珀色の瞳。クール系美形。
「エマ嬢、今度騎士団を見学に来ないか?皆の士気も上がるし、俺も…」
騎士団長のご子息、アレン=ビートス様。伯爵家。赤髪に、オレンジ色の瞳。野生的な美形。
「エマ嬢は果物の方が好きだよね?今後の農産物の輸出入について研究しない?」
大商会長のご子息、ビル=マークス様。子爵家。橙色の髪に、グレーの瞳。ショタ系美形。
もちろん、全員婚約者持ち。
の方々から。
毎日のように、お誘いを受けるようになってしまった。この面子は……やっぱり噂のゲーム(仮)の強制力?
ーーーああ、油断大敵。他に言葉が見つからない。
そもそもみんな、クラスメートだ。いわゆる、クラスのお友達、くらいの距離だったのだが、授業が進み、日が経つにつれ、だんだんと近づいて来られた…感じ。
『魔法理論の研究と実践』『歴史学』『剣術、魔術訓練』『経済学』それぞれでグループ課題のグループで一緒になってしまい、「へぇ、面白いね、エマ嬢って」と始まり、最初は議論も楽しいし、グループのみんなもいるし、聖女でもあるから邪険にもできないしで、当たり障りなく過ごしていたはず…だった。
だって、淑女教育も頑張って学園ではしっかり猫さんを10も20も被り、平民出の素朴さを必死に隠し!クッキーも魅了魔法(もちろん禁忌)も使ってないのに!!
「何でこうなった……」
思わず遠くを見てしまう。
「「「「エマ嬢?」」」」
「あ……、申し訳ありません、皆様。大変光栄なのですが……先日も申し上げましたが、放課後は毎日王立病院におりますし……休日も神殿にてお勤めがありますので、当分体が空きませんわ。クラスの他の方々も皆さん優秀ですし、私などより余程頼りになられてよろしいのではと」
暗に婚約者を大事にしろと言ってみる。
直接言うと、角が立つよね、きっと。難しい。
「病院は毎日行くの?1日くらい休んだらどう?」トーマス様。
「そうだ、まだ学生だぞ。神殿もエマ嬢を使い過ぎだ」エトル様。
「いえ、修行中ですので。大事にされておりますわ」
「真面目な所がまた好ましいが、休息は必要だぞ」アレン様。好ましいとか言わないで。あと、お前らいたら休めないわ。
「えー、じゃあ、いつなら空くの?」ビル様。
いや、そこに戻るの?話を聞いてー!!
無理だって言ってるよね?!
ああ、前世でモテる友人が、断っても断っても食い下がられると愚痴っていたけど、これ、きついわ。
当時は大変ね、とは相づちはしたけれど、ちょっと仕方なくない?って思ってしまう部分もあった。ビシッと言って、引かない人とかいる?って。どこかで思わせ振りなんじゃないのって。
「ですから、本当に無理なんです。先のお約束もできませんし…」
「えー、一日くらい、何とかなるでしょ」
ビル、しつこい。もう心の中では敬称止めよう。
子ども時代を過ぎての無邪気は、ただの悪意よ。
もう、どうすれば諦めてくれるか分からない。
言葉が通じないと、漫然とした怖ささえ感じる。前世の友人も、恐怖を感じていたかもしれない。もっと親身になってあげるべきだった。
クラスメートの視線も痛い。心配してくれている人達もいるように見えるけど、彼らは高位貴族だし有力貴族だ。口を出しにくい。
そして何より、彼らの婚約者の方々の顔が見られない。きっとこの何日か、ずっと嫌な思いをしている。申し訳ない。聖女の振る舞いとか考えず、怒鳴ってしまいたい。教会に迷惑がかかるかな。
さすがに顔を作れなくなってきた。
見ていられなくなったのか、レイチェルとカリンがこちらに向かおうとしているのが窺えた。彼女たちはずっと心配してくれているが、相手は主要貴族たちだ。二人のお家に迷惑をかけたくないので、関わらないようにお願いしていたのだが。
「失礼致します。皆様、このままですとお昼を食べ損ねますわ。そろそろ私たちにエマを返していただけます?」
レイチェルがそう言いながら、四人と私の間に入り込む。カリンもそれに続く。
そうだ、お昼休みだった。嬉しいやら心配やらで、もう、ぐちゃぐちゃだ。絶対二人は守る!聖女の権力でも権威でも何でも使う!
「レイチェル嬢、しかしまだ……」エトルが言いかけたところで、
「これは何の騒ぎなのかしら?」
凛とした声が教室中に響く。未来の王妃、ローズマリー様だ。その顔には、冷笑が浮かんでいた。
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