第2.4話 共同作業
先に弱い方の敵が描けた。そう通知が来たのは朝の7時頃。
ボスをメドゥーサ、弱い敵を羽の生えた蛇。そう決めたのは昨日の放課後のことである。
通知が来たことに気づいたのはすぐだが、確認したのはバスに乗り込んでからだ。緊急を要するものなら、電話を掛けてくるだろうと思ったのだ。
夜に作業をして朝になってから連絡をしたのか、朝に作業して出来次第連絡してきたのかはわからないが、とりあえず返信をする。
「お疲れ様です。ちゃんと寝ましたか?」
同級生に敬語はいらないだろうと思いながらも送信ボタンを押した。バスの揺れを感じながら調べ物をしていると、すぐに返信が来た。
「寝ましたよ」
ダウト。なんとなく嘘をつかれている気がする。感が当たるなんてのは、ただの当てずっぽうでしかないが。
睡眠は大事ですよ。そう送ろうとしたがやめた。そんなことは相手もわかっている。知り合って間もない俺に諭されたくないだろう。
第二コンピュータ室で確認しますと送り、最後にもう一文送った。
「放課後楽しみにしてます。俺もプログラムのほう頑張ります!」
最初からこれでよかったのだ。
最近は家族を省けば、隆也以外とメッセージのやりとりをすることが滅多にない。中学の頃は数人でしていたこともあるが、それも遠い昔に感じる。返信に戸惑うのは、こういうのに不慣れだからか、それとも疲れが出てる信号か。
校舎が見えてきたので、スマホをポケットに突っ込む。暇な時に考えすぎるのは悪い癖だ。
今日も最後に降りようと思ったのだが、別の乗客に譲られた。同志だろうか。譲り合いをするくらいなら先に行かせてもらおう。どうしてもというほどのこだわりでもない。
教室に着き自分の席に座ると、前の席の人が振り向いてきた。黒髪は短く、襟足を刈り上げている。肌は白く細身だが、姿勢がまっすぐだからだろうか、体の軸がしっかりしているような気がする。
「新城君だっけ、俺昨日休んだからさ、ノート見してくんない?」
話しかけてきたのは、芝竹君という名前の人だ。読みは確か、しばたけ、だったはずだ。さすがに前の席の人なので、先生に呼ばれているのを覚えている。しかし、もし間違えていたらという不安は全くないわけではない。名前を呼ばない会話を心掛けよう。
「これでいいか」
基本的に授業が全くない時を省けは、全教科のノートを持ってきている。別に今みたいに人に貸すためではない。時間割に合わせて用意するのが面倒なのだ。教科書は全部机の中に置きっぱなしにしている。テストの時は、範囲の部分だけをスマホのカメラで撮る。中学の時はそうしていた。
必要な分のノートをスクールバッグから取り出し、芝竹君に渡す。
「さんきゅ」
芝竹君は、俺からノートを受け取ると、自分のノートにせっせと書き写しを始めた。
ホームルームが始まると同時に、一冊返ってきた。殴り書きをしているのだろう、このペースなら、一時間目の授業が始まるまでには全部返ってきそうだ。
ホームルームはつつがなく終わり、ノートも二冊目が返ってくる。と同時に、芝竹君が振り向いてくる。
「新城君は入る部活決まった?」
ゲーム制作部は今のところ人数が足りておらず、部活として成立していない。よって同好会という形になる。
「同好会に入ることになっている」
「へー、同好会なんてあるのか」
ノートを写す手は完全に止まっている。返してもらったノートに、一時間目の教科も入っているので、特に急ぐ理由も無い。今日の一時間目を担当する先生もまだ来ておらず、談話が始まった。
「同好会って何するんだ?」
芝竹君が右ひじを、俺の机に乗せながら聞いてきた。
「俺のところはゲームを作ってる。元々あったゲーム制作部が縮小してな」
今は二人しかいないと苦笑してみる。
「へー、でもなんかそういうの、楽しそうだな。少ないほうが自分のやりたいこと出来そうだし」
確かに、作り始めているゲームは、誰かの指示で作っているわけじゃない。もし部活としてやれるだけの人数がいれば、顧問なり部長なりが色々と決めるんだろう。まぁ、それならそれで俺が入る必要が無かったのだが。
「顧問もあまり来ない。楽ではある。でも、欲を言えばもう少し人手が欲しいな」
デザイナーが一人では負担が大きい。プログラマーも多ければ多いほどいいというわけではないが、一人だと作れるものに限りがある。
「そういえば、ゲームって大人数で作ってるって聞いたことあるな。二人だとどれくらいのもんが出来るんだ?」
結局こういうのは、大人数だろうが少人数だろうが、そこにいる人達の能力次第になる。
例えば、平均的な学力の小学生を何人集めようが、高校生レベルの問題を解くことはすぐにはできないだろう。そして、何を勉強すれば解けるようになるかも、すぐにはわからないだろう。高校生なら一人でもすぐに解ける、もしくはすぐに解けなくても、何を勉強すれば解くことができるか検討がつくだろう。ということで、俺達の現状から予想を立てる。
「そうだな、今は簡単なシューティングゲームを作ってるんだが、一か月あれば最低限ゲームと呼べるものができると思う」
秋晴さんの描くペースが思ったよりも早かったが、あれは飛ばしすぎているだけだろう。学業と私生活に影響が出ない程度にやってもらわなければ。
ほえーと、芝竹君が頷き、話題を次の段階へと進める。おそらくこっちが本命だろう。
「同好会ってことは兼部出来るよな、山とか興味ない?肩が凝ったとか、アイデアが出ないとか、そういうときに顔出すだけでもいいからさ」
なるほど、勧誘が目的か。もしや俺にノートを借りたのもそのため!
後ろの人の邪魔にならない程度にもたれかかり、山を登る自分を想像してみる。
何時間も坂道を歩き、トイレも風呂もエアコンも無いジメジメした場所にテントを張り寝る。他の人の睡眠の邪魔になるからと灯りは付けられず、本を読むことさえ出来ない。暗い中、足の痛みと戦うように、必死に睡魔を手繰り寄せる。虫が寝袋に侵入してくる気配を感じながら。うむ、俺とは無縁の生き方だ。
「なんか今、泊りがけを想像しただろ」
した。
「虫とか想像しただろ」
全くそのとおりである。
「確かにそういうのもあるけど、それは嫌なら参加しなくてもいい。半日で帰ってこれる低い山も十分に気持ちいいからさ。冬だと虫もほとんどいないし。それに登山部は山だけじゃなく、クライミングもある。近くのクライミングジムに毎週行くんだ」
実は高所恐怖症なんだと言おうと思ったがやめた。高所恐怖症かどうかわかるような高い場所には元から行かないし、小さい頃登ったジャングルジムも、怖かったのは高さではなく、一緒に登ったガキ大将だ。
「登山部に誘うなら俺よりもいい奴がいる。松本隆也っていうんだけどな」
言いながら隆也の方を見る。席は名簿順に並んでいて、窓側に近いのが俺、廊下側に近いのが隆也だ。
隆也は近くの女子二人と喋っていた。声が大きく、会話がこっちまで聞こえてくる。占いがどうだの、日焼けがどうだの。何がそんなに面白いのか、笑い声に至っては隣のクラスに聞こえるんじゃないかと思えるほどである。箸が転んでもおかしいということわざがあるが、あれは隆也の先祖が発端に違いない。もしくは、発端になったやつの生まれ変わりが隆也なのか。
「あの一番うるさい奴か?」
芝竹君が、一番うるさい奴の方を見る。
「あいつは色んな事に興味を持つからな。登山もクライミングも喜んでやると思うぞ」
すぐに飽きる、っていうのは言わなくてもわかるだろう。
「ああいうのはダメだ、すぐにケガする」
なるほど、山で動けなくなれば、誰かが背負わなければならない。人選びは大事だなと思っていると、芝竹君がこっちを向いて真剣な顔になる。
「中学の頃、長野にある北アルプスに登ってな。頂上にテントを張って寝たんだが、一人が夜遅くに電波を探してくると言ってどこかに行ったんだ。朝になっても帰ってこなくて、探したら崖になってるとこで血を流して倒れてた」
死んでたよ、と言いながら俯く。
まさかこういう話が出てくるとは思わなかった。でも、ああ見えて隆也は、本当に信じられないかもしれないけど、大事な時は真面目になる。
なんて言おうか悩んでいると、芝竹君がクククと笑い始めた。
「冗談だ。電波を探しに行った奴はスマホを落として帰ってきた」
冗談、良かったと思うべきか、この野郎と思うべきか。
「松本君か、誘ってみるよ。仲良くなれそうだ」
本当にな。ずっと二人で高いところ目指してろ。
結局一時間目の授業は10分ほど遅れて始まった。芝竹君はノートの写しを再開し、隆也達も大人しくなる。見た限りでは、まだクスクスと話しているようだが。
弱い敵が先に描けたとメッセージがきた。つまり俺が次にプログラムを組むのは弱い敵である。
10分の遅れを取り戻すために、先生は急いで板書をしていた。しばらくはノートに書き写すという作業だけになりそうなので、ゲームの方を考える。プログラムは組む前から決まっているのである。
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